辺境の集落
カマキリの魔物を倒し、ホッとしていると突然脳内で軽快な音が鳴り響いた。
戦闘後に流れる、こういう音に心当たりがあった俺はスタータスの表示されるプレートに触れてみる。
名前 アマシキ ツカサ
LV2
種族 人族
性別 男
職業【魔法使い(転職師)】 ジョブLV1
HP 53
MP 470/540
STR 39
INT 47
AGI 32
DEX 29
ステータスを確認してみると、予想通りレベルが上がっていた。
「さっきの魔物を倒した影響か……」
魔物を倒したことにより経験値がもらえ、自らのステータスに反映される。
つくづくこの世界はゲームのようだ。
しかし、ゲームのようなものはシステムだけ。カマキリの鎌のような腕が振るわれて、毛先がちょっと切れているし、魔法を発動した時に熱気だって感じた。
視覚、聴覚といった感覚がこの上ないほどに現実なのだと伝えてくる。
ゲームのような世界だからと舐めていると死んでしまうだろう。
「冗談じゃない。俺はたくさんのキャリアを積んで、よりよい生活を目指す——って、あれ? こんな世界でどうやってキャリアを積むんだ? そもそも今まで俺が獲得してきたキャリアなんて役立つのか?」
前世では科学が発達し、仕事のほとんどはネットやパソコンに依存していた。
見たところここは剣と魔法のファンタジー世界だ。そんなものがあるとは思えない。
俺が日本で獲得してきた数々の資格、専門スキルの数々が役に立つというのだろうか?
役に立つはずがない。
その結論に達した瞬間、今まで築き上げたものが一気に崩れ落ちるような感覚に見舞われた。
「いや、でも俺には今から積み上げることのできるキャリアがある!」
転職師の力。望めば、どのような職業にもなることができる。
この不思議な異世界で職業の力がどれだけ大きいかは、先ほどの戦闘で明らかだ。
レベルを上げ、数多の職業のレベルを上げれば、どこでだって活躍できるだろう。
「決めた! 俺はこの世界ですべての職業を極めてやる!」
そう。俺はジョブホッパーだ。高待遇、キャリアップを目指して転職を繰り返す者。
異世界にやってこようがやることに変わりはない。
念のために俺はもう一度ステータスを確認する。
特に成長の幅が大きいのはMP。
数値を確認してみるとMPが大きく減っているのがわかる。
これは転職師から魔法使いに転職した際の魔力消費と、カマキリに放った攻撃魔法が原因だろう。
転職にかかった消費MPが二十。火炎球の消費で十といった塩梅。
この消費MPであれば、転職をケチる必要はなさそうだ。
魔法使いのパッシブスキルのお陰かゆっくりとではあるがMPも回復していることだしな。
自らの状況を整理したところで俺は歩き出す。
まずはきちんとした生活基盤を整えないことにははじまらない。
食料を見つけながら、人里のある場所に向かわないと。
とはいっても、まったくの土地勘のない場所だ。進むべき方向もわからない以上、運頼みで歩いていくしかない。
だだっ広い平原から森の中に入り、ひたすらに歩いていく。
そうやって歩き続けること三時間。いい加減に喉が渇いた。
バッグに収納していたペットボトルの水は飲みきってしまったので魔法を使う。
「水球」
小さな水球をそのまま口の中に入れると、冷たい水が喉を潤してくれた。
追加で水を生成すると、空になったペットボトルに注いでいく。これで満タンだ。
幸いにして魔法使いの能力のお陰で、魔力の続く限り水は無限に出すことができる。
水が豊富にあるお陰で最低限は生き延びることができるが、いい加減誰か人に会いたいものだ。
とはいえ、ここは広大な森の中。道標もないままに進むのは明らかに効率が悪い。
こういった時に頼りなる職業はないだろうか?
そう思ってステータスウインドウを開き、転職可能な職業リストを眺めていると、打開できそうな職業があった。
「転職、【狩人】」
狩人は山や森といった自然の中で高い索敵力と隠密性を発揮する職業だ。弓や短剣を扱うこともでき、戦闘もこなすことができる。
狩人になった瞬間、自らの感覚がより研ぎ澄まされたような感じがした。
空気の流れや動植物の匂い。それらが鮮明に感じられる。
今、俺が求めているのは人の痕跡だ。
狩人の鋭敏な感覚と観察眼を使って歩きながら人の痕跡を探していく。
「あった」
そうやって歩き続けていると、地面に人の足跡が残っているのを見つけた。
それ以外にも狼と思わしき足跡や血痕のようなものも残っている。
時間はおよそ二日前。ここで誰か魔物と戦ったのか、あるいは狩りでもしていたのか。
「どちらにせよこの足跡をたどっていけば、村にたどり着くことができるな」
進むべき方向さえわかれば、何とかなる。
俺は狩人の能力で痕跡を追いつつ進んでいく。
すると、いつの間にか森を抜け、開けた平地のような場所にやってきていた。
そこにはいくつもの民家が立ち並んでおり、遠目には人らしき存在も確認できた。
もう痕跡を追う必要はない。俺は職業を狩人から魔法使いに戻しておく。
建物の数からして村というより集落といったところか。でも、そんなことはどうでもいい。
ようやく人に会えた。今はそのことが嬉しくて堪らない。
集落の入り口には槍を持った男性らしき人が立っている。
集落に不審な人物や魔物が入ってこないように見張っているのだろう。
視線が合った俺は、相手に好印象を与えるために前世で培った営業スマイルを浮かべる。
「こんにちは」
だけど、すんごく怪しい者を見る目をされた。なぜだ。
「奇妙な格好をしているが何者だ?」
「はじまして、アマシキツカサと申します。何者かと言われると流れの魔法使いでしょうか?」
「魔法使い? こんな辺境にそんな固有職持ちがやってくるわけがないだろう?」
「いえいえ、本当ですよ」
そう答えるも男は疑いの眼差しを向けてくる。
「なら、ステータスプレートを見せてみろ」
「どうぞ」
訝しむ男に俺はステータスプレートを見せてみる。
「なっ! 本当に魔法使いなのか!?」
「だからそう言ってるじゃないですか」
「す、すまん。固有職持ちがこんな辺境にくることなんてあり得ないものだから」
「そうなんですか?」
「固有職を持っている奴等は国や貴族に抱えられたりする者が多い。そうじゃなかったとしても大きな街に行って冒険者として活動するのがほとんどだ。仕事がまるでない辺境にはまずいないんだがな」
特別なキャリアを持っている奴は、より自らが能力を発揮し、稼げる場所に移動する。
日本でも異世界でも人の働き方に変わりはないな。
とはいえ、都会にいるはずの固有職持ちが辺境の集落にやってくれば訝しむのも当然か。
「ずっと山に籠って魔法を磨いていましたが、そろそろ人里での暮らしが恋しいと思いまして」
「なるほど。道理で常識に疎いはずだぜ」
なんか常識がない認定をされているが、ここは甘んじて受け入れるしかない。
今は早急にこの世界の情報が欲しいから。
なんて会話をしていると、急に男がソワソワしはじめた。
「なあ、アマシキツカサ」
「ツカサで結構ですよ」
苗字としての区切りがないせいか、続けてフルネームで呼ばれるとかなり違和感がある。
「固有職持ちのツカサに頼みがある! ちょっと俺に付いてきてくれ!」
「ええ、付いていくってどこにです?」
「長の家だ。そこで詳しく話すから付いてきてくれ」
男は突然走り出したので、俺も付いていくことにする。
何を頼まれるかはわからないし、引き受けるかも内容次第だが、集落の中に入るという目的は達成された。
ひとまずそれを良しとしよう。
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