虎猫亭
依頼書を一通り確認した俺は、冒険者ギルドの近くにある宿に向かった。
ジゼルにオススメされた宿屋で、俺は言われた言葉を思い出すように歩いていく。
すると、程なくして『虎猫亭』という看板のついた三階建ての木造建築を見つけた。
一階は受付の他に食堂が併設されており、ここでは食事ができるようだ。
清潔感があり、可愛らしい従業員がいるとジゼルにオススメされてやってきたのだが、果たしてどのような従業員がいるのやら。
ルイサのような綺麗な女性だろうか? あるいは胸が大きく、とてもスタイルのいい色気のある女性が出てくるのか。
「いらっしゃいませ!」
などと考えながら中で待っていると、十歳にも満たない猫耳を生やした少女が出迎えてくれた。
……なるほど。これは確かに可愛らしい従業員だ。
「ここで泊まることはできるかい?」
「できるよ! 食事無しで一泊六百ゴル! 食事が欲しかったら食堂でその時に注文する感じ!」
「わかった。まずは七日分お願いするよ」
「えーと、七日だから四千二百ゴルだね!」
少女に言われ、俺は七日分の宿賃を先払いで払った。
元の世界の宿賃に比べるとかなり安いな。そこらで家を借りるよりも、宿暮らしの方が安く暮らせるかもしれない。
「ここに名前を書いてね! 文字が書けないなら代わりに書くよ!」
「大丈夫。自分で書けるから」
異世界の言葉や文字を学んだわけではないが、不思議とそれらを自然と扱うことができる。
俺は名簿に自分の名前を書いた。
すると、ノーラが俺の名前を見ながら部屋の鍵を渡してくれる。
「ツカサさんだね!」
「ツカサでいいよ」
「わかった。私はノーラ! よろしくね!」
「よろしくノーラ」
無邪気な笑みを浮かべるノーラに釣られ、自然と俺の頬も緩んだ。
しかし、俺にそっちの趣味はない。イエスロリータ、ノータッチだ。
「ところで、ツカサはどうやってここを知ったの?」
「ジゼルさんっていう行商人に紹介されてやってきたんだ」
「ジゼルおじちゃんの紹介なんだ! なら百ゴルまけておくね!」
「ありがとう」
ジゼルさん、そんな風に呼ばれているんだ。
彼が激推ししていた理由がわかってしまった気がする。
こんな可愛らしい獣人の少女に、そのように呼ばれてしまってはおじさんは見事に陥落することだろう。
想像していたのと方向性は違ったが、これはこれで悪くない。
ノーラから百ゴルを貰うと、階段を上がって部屋へ案内される。
「ここがツカサの部屋だよ」
二階の一番奥の扉をノーラが開けて言う。
中に入ってみると、シングルサイズのベッドやテーブル、イス、棚などが並んでいた。
日本で若い頃に住んでいたアパートよりも普通に広いな。
初めての宿暮らしだが、これなら快適に暮らせそうだ。
「とても綺麗な部屋だね」
「えへへ、毎日ちゃんと掃除してるからね! 汚かったり、変な匂いがする部屋は嫌だもん!」
ノーラが誇らしげに胸を張る。
褒められて嬉しいのか尻尾がフリフリと揺れていた。
なるほど。鼻が利く獣人だけあって汚い部屋や、臭い部屋は嫌なのだろう。
この宿が清潔な理由がわかった気がする。
匂いの話をして、俺ははたと思う。今の俺は臭くないだろうか?
一応、旅をしている時、魔法でお湯を出して身体を拭いていたがそれだけだ。
臭くないと言い張れる保証がどこにもない。そう考えると、ノーラの傍にいるのが途端に不安になってきた。
「……ねえ、この街にはお風呂に入れるような場所はあるかな?」
「近くに大衆浴場があるよ」
なんとなく今の俺の気持ちを察したのだろう。ノーラが苦笑しながら教えてくれた。
ベッドに寝転がって休憩するよりも先に、お風呂に入って綺麗になりたい。
「ありがとう。早速行ってみることにするよ」
ノーラに大衆浴場までの道順を教えてもらうと、大衆浴場に向かった。
●
ノーラに言われた通りに進んでいくと、十分もしないうちに大衆浴場にたどり着いた。
清潔感のある白い建物の中に入ると、男女別に分かれている。
異世界であろうと基本的な入浴システムに変わりはないらしい。
番頭に入浴料を支払って進むと、脱衣所にたどり着いた。
衣服を脱ぎ、鍵つきロッカーに放り込むと、タオル片手に準備万端だ。
扉を開けると、暖かい湯気に視界が覆われる。
やがて、湯気が晴れると、視界には広々とした浴場が広がっていた。
「おー! 想像よりも広いな!」
真っ先に目につくのは中央に鎮座している巨大な湯船だろう。
五十、いや百人は一気に浸かれるのではないかと思えるくらいに広い。
天井を支える柱には装飾が施されており、湯船の傍には雄々しい男性像が鎮座している。
巨大な湯船の他には中風呂、小風呂といくつも分かれている様子。
身体の大きなリザードマンもしっかりと疲れるように深い湯船があったり、身体の小さなドワーフなんかが溺れないように浅い湯船なんかも用意されていた。
異種族もお風呂を楽しめるように配慮がなされているらしい。
異世界でのはじめての浴場にはしゃぎたくなるが、浴場では静かにが暗黙のルールだ。
手前にある洗い場に座ると、蛇口みたいなものが設置されていた。
妙なボタンがついているのでボタンを押してみると、そこからお湯が出てきた。
蛇口に微かに魔力が感じられるので、内部に魔法陣が刻まれており、そこでお湯へと変換されるのだろう。
こういう道具を確か魔道具と言っていたな。科学文明が劣っているので生活レベルが心配だったが、こういった道具が発達しているのであれば、異世界での街暮らしも意外と快適そうだ。
桶にお湯を注ぐと、バシャッと身体にかけた。
やはりお湯を浴びるのは気持ちがいい。
お湯を含ませたタオルで拭くのとでは、爽快感が段違いだ。
そのままバシャバシャとお湯をかけると、目の前にボトルのようなものが鎮座しているのが見えた。
シャンプーやボディソープの類は設置されていると、案内版に書いてあったが、もしかしてこれらがそれなのだろうか?
シャンプーはピンク色の液体をしているし、ボディソープは緑色の液体だ。
人間の身体に使っても大丈夫なのだろうか?
『ミルキィシャンプー』
ミルキィの体液を使って配合されたシャンプー。
香りが良く、泡立ちがとても良い。洗浄力が高く、全体的にまとまりがいい。
『ウォシュラボディソープ』
錬金術師によってウォシュランの実を使って配合されたボディソープ。
肌に優しく、ふんわりしっとりと仕上がる。人間族にオススメ。
思わず心配になって鑑定してみると、シャンプーとボディソープの情報が出てきた。
どちらもきちんとした素材を使っており、成分もいいみたいだ。
というか、錬金術師ってこういった身近な道具なんかも作ったりするんだな。
ミルキィの体液というのが非常に気になるが、鑑定ではどんな生き物なのかは辿ることができない。
まあ、効果は鑑定がしっかりと保証してくれているので、深く考えないことにして使おう。
ミルキィシャンプーを手に取ってみると、柔らかい花の香りがした。
きつい匂いをしているわけでもないので男から漂っても、嫌みがない香りだった。
お湯を加えていくと泡立ちが良く、洗い流すと俺の黒髪はすっかりとツヤを取り戻したような感じがした。原料はよくわからないが効果はしっかりとあるようだ。
ボディソープも色こそグロテスクなものの、しっかりとした洗浄力はあり、洗い流した後にはしっとりとした肌に生まれ変わっていた。
さすがは錬金術師の作った道具といったところか。
大衆浴場で設置されているものでこのレベルなので、本腰を入れて作ったものはもっとすごいのかもしれないな。
洗い場でしっかりと身体を洗い終わると、俺はいよいよ巨大湯船へと足を入れた。
深く身体を沈めると、ほぼ全身がお湯に包まれた。
「はぁ~、気持ちいい」
思わず漏れてしまう感嘆の声。
旅の疲れが一気に流れ出していくようだった。
体内の血管が拡張して、しっかりと血流が循環しているような気がする。
やっぱり、ちゃんとお風呂に入らないとな。
周囲を眺めると、俺以外にもお湯に浸かってほっこりとしている人たちがいる。
表情がよくわからないリザードマンなんかも、ここではどこか弛緩した表情をしているように見えた。
ところで、リザードマンの身体ってどうなっているのだろう? 妙な好奇心が湧いてきたが、同性とはいえまじまじと裸を見るのは失礼だ。さすがに自重しよう。
久し振りのお風呂は、控えめに言って最高だった。
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