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一条春都の料理帖  作者: 藤里 侑
日常
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第九十三話 水炊き

 昨日にもまして賑やかな小学校。太鼓の振動すら伝わってくる。

「元気だなあ~……あ、やべ。財政破綻した」

 ソファに寝転がり、パワフルな小学生の歓声を聞きながら、俺は最近ダウンロードしたゲームをしていた。ダウンロード版のゲームは初めてだから、買うときはちょっとドキドキした。

 街を発展させていくシミュレーションゲームなのだが、これが難しい。

 もともと割り振られた資金があって、それがマイナスになったとしてもゲーム自体は進むのだが、その代わり建設とかインフラ整備とかができなくなる。

 要するにあれだ。財政破綻してもゲームは進むが、ゲームとしての醍醐味はないのだ。いや、財政状況を回復するためにしなきゃいけないこともあるのだが、それにもまた金がかかることもあって、進まない。

「もういっそ荒廃させてやろうか」

 資金の桁は増えていく一方だ。ただし、その先頭にはマイナスがついているが。

「もーいいや」

 とりあえずセーブして電源を切る。

 なんか攻略法とかのってねえかなあ。検索してみよ。

「んー……あ、あった」

 なんでも、このゲームは難易度が高いものだったらしい。面白そうだという理由で手を出していいものではなかったか。ま、気長にやるかあ。

 と、唐突に画面が暗転し、スマホが震え始めた。

 一瞬ビビったが、すぐに通知画面が現れたので安堵する。父さんからの電話だ。

「もしもしー」

『ああ、春都。今大丈夫?』

「大丈夫。何~?」

 着信音を聞きつけたうめずが、ふんふんと鼻を鳴らしながら近づいてきた。

『明日、帰れそうだから』

「あ、そうなんだ」

 じゃあ、明日から何日か分の飯考えとかなきゃなあ。

「何時頃帰ってくる? 俺、学校だから昼間はいないけど」

『父さんは昼過ぎに帰ってくるけど、鍵はあるからね。母さんは少し遅いみたい』

「あ、一緒じゃないんだ」

『うん。母さんは夜には帰ってくると思うよ』

 帰る時間が違うなら、何がいいかな。準備しといて、さっと食べられるやつがいい。明日は少し冷え込むっていうし……。

「ね、鍋なら何食べたい?」

『鍋? 明日は鍋かあ』

 うーん、と楽しげに悩む声が聞こえる。

『キムチとか、豆乳もいいけど。ここはやっぱり……水炊きかな!』

「了解。水炊きね」

 じゃあ鶏肉買ってこなきゃな。野菜もたっぷり入れることにしよう。


「あ」

 翌日の放課後、買うものと家にあるものを考えていたのだが、ふと思い出した。

「ん?」

 教室に来ていた咲良が聞き返す。

「いや、うちにカセットボンベあったかなーって」

「あーあの、あれか。カセットコンロの」

 なくなっていることを忘れがちなものの一つだ。カセットコンロを使うには必要不可欠だが、まあ、そうしょっちゅう使うものでもないからなあ。

「あれってさ、はめるの結構難しくない?」

「まあ、初めてやったときはちょっとビビったな」

「だろー? 爆発しそう」

 いいや。三本セットのやつを買っとくか。スーパーにあったかなあ。なかったらドラッグストアに寄ればいいや。

「あー、腹減った~。なんかコンビニで買って帰ろうかな」

「そろそろ肉まんとかが出始めるんじゃないか」

「俺、ピザまん好き」

「食ったことねえなあ、そういや」

 カレーまんとかもあるけど、結局は普通の肉まんを買ってしまうんだよな。チョコまんとかスイーツ系もあったような。

「まじ? あ、そういや今年の冬は動物まんってのが出るらしいぜ。犬とか猫の顔してんの。何味だったかな~」

「それは……食べづらそうだな」

 少なくとも、犬の形をしたやつはうめずの前では食べられないかな。

 ああいう動物の姿を模した食べ物は、どうやって食べるのが正解なのだろう。いまだにその答えが見つからない。


「ただいまー」

「あ、おかえり~」

 ひょっこりと居間からうめずと一緒に顔を出したのは父さんだ。にこにこ笑って、なんか楽しそうだ。

「こうやって春都を待つのは久しぶりだなあ」

「んー、そうだね」

「お疲れ様」

 確かに、誰かが待ってくれているって気分が違う。音はないけどにぎやかで、暖房はついていないけどあったかくて、照明がなくても明るい。

「父さんもお疲れ様」

 さて、それじゃあさっそく仕込みますか。

 家族で飯を食う時に使う大きめの土鍋をコンロに置く。水に鶏ガラスープの素を溶かし、鶏肉を入れて火にかける。

 他の具材は白菜、えのき、しいたけ、豆腐、水菜だ。

 キノコ類は石づきを取り、白菜はザクザク切る。豆腐はみそ汁とは違い大きめに……半分に切って、四等分ぐらいだろうか。水菜は最後にのせる。

「カセットコンロ、出しとくよ~」

「あ、ありがと」

 鶏肉に火が通ったら野菜、キノコ、豆腐を入れる。

「はーっ、ただいまー!」

 お、いいタイミング。母さんが帰ってきたようだ。

「おかえり。お疲れ様。意外と早かったね」

「あー、春都ただいま。も~早く帰りたかったからダッシュしたのよ。あー、いい匂い~」

 あとはカセットコンロで温めよう。

「お風呂沸いてるよ」

 俺が飯の準備をしている間に父さんが準備してくれたらしい。

「先に入ってきていいよ」

「じゃ、お言葉に甘えて」

「あ、そういえばー」

 どん、と母さんがテーブルに何かを置いた。これは……。

「……芋焼酎?」

「そ、帰りに買ってきた。水炊きと聞いて!」

 満面の笑みを浮かべる父さんと母さん。

 ……これは、お湯を沸かしておいた方がよさそうだな。


 ポン酢と、あとは柚子胡椒。

 三人分の食器を並べて、準備完了だ。

「いただきます」

 くつくつといっている鍋。そうだなあ、まずは鶏肉から。

 ポン酢の酸味と鶏肉はよく合う。噛めばうま味が染み出すし、何よりこの舌触りが好きだ。ほろっとしているようで、しっかり噛み応えもある。柚子胡椒をつけると鶏の風味が抑えめになって食べやすくなるのだ。

 白菜もしゃきっとしている。豆腐に巻いて食べるのがいい。豆腐はだいぶ熱々なので気を付けて食べなければ。

「お湯割りと鍋がおいしい季節かあ。いいねえ」

 ちみちみと酒を飲みながら満足げに鍋をつつく父さんと母さん。俺はご飯で食べる。

 エノキもいい味。シイタケは本来持っているうま味と、鶏の味がじゅわ~っとあふれ出す。水菜もいい。ポン酢とよく合う。シャキッとみずみずしい。

 出汁も染みわたるようにおいしい。

 一人鍋も気楽でいいが、こうやって囲む鍋は温かさが増していい。

 今年は鍋のレパートリー増やして、できるだけこんなふうに囲めるといいな。


「ごちそうさまでした」


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