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一条春都の料理帖  作者: 藤里 侑
日常
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第九十二話 豚骨スープごはん

「……お」

 土曜日、威勢のいい声が遠くから聞こえてくる。

 ベランダに出て眺めてみれば、小学校の校庭が見えた。そこでは小さな点がせわしなく動きまわっている。

 反響するマイクの音声は聞き取りづらいが、合間合間にはっきり聞こえる掛け声は「やーっ!」という元気いっぱいのものだ。たぶん、運動会の予行練習だろうな。お、運動会おなじみの音楽が聞こえてきた。

「小学校は運動会まだだったか」

 天気はどうなるのかな。

 まあ、雨が降りそうな空ではないけど、基本的に運動会の時ってすっきり晴れることってないよなあ。

 室内に戻り、居間のソファに座る。

 そういや運動会で勝ったことあるっけ、俺。

「ん~」

 ゴロン、とソファに横になったら、うめずが目の前を通り過ぎて行った。

 なんだかすごく眠い。少し昼寝でもするか……。


 昼休みになって真っ先に向かうのは図書館だ。

 ブックカバーを持って、まだチャイムの余韻が残る校内を突っ走る。先生も生徒もいないから思いっきり走れるんだ。

 五年生の教室から図書館はちょっと遠い。廊下を駆け抜け、ホールを突き抜け、階段だけは慎重に下りる。こないだ思いっきり全速力で駆け下りたらずっこけて痛かった。今でも青あざが残る左ひざが痛む。

 一階に降りたら左に曲がる。そしたら体育館につながる長い廊下……廊下だろうか? 中庭とかにそのまま出られる長い通路があって、その途中、左側に図書館はある。

 図書館の中を走ると追い出されるので、少し気持ちを落ち着けて入る。

「やった、一番乗り!」

 まだ誰もいない図書館はすごく静かだ。上靴を脱いで上がる。

「一条君、こんにちは」

「こんにちは!」

 カウンターで事務作業をしていた司書の先生がにこりと笑う。

 図書館の中はとても広い。学年別に分けられた本棚が右側にあって、そこには低い机がたくさんあるので座って読める。奥にはちょっと難しい本とか図鑑がある。そっちには四人掛けのテーブルの席がある。

 とりあえず借りていた本を返して、俺はお気に入りの場所に行く。

 読み聞かせとかがある和室や家庭科室につながる扉の横を通り抜け、非常階段の扉を横目に、やってきたのは背の高い本棚と本棚の間。

 ここにある本は主に外国の本が翻訳されたやつだ。面白い本はたくさんあるのにみんなあんまり読まないらしい。もったいないなあ。分厚くて古い匂いがする本はとても魅力的なのに。

 でも、俺一人で読めるのはすごくいいから、誰も読まないでほしいという気持ちもある。この魅力を知っているのは俺だけでいい。うーん、なんか難しいなあ。

 まあいいや。今日はどれを借りようかな。

「これ、もっかい読もう」

 何度読んでも面白い、お気に入りの本がある。分厚くて、表紙は簡単なイラストで、ちょっと不思議な物語。そして何より、ご飯の描写が好きなんだ。

 話のメインではないけど、時折挟まれる調理シーンや食事シーンはすごくいい。給食を食べたばかりだというのにお腹が空いてくる。

 少しずつ人が増えてきて騒がしくなってきた。出入り口の扉が開閉するたびに外で遊んでいるやつらの騒ぎ立てる声が流れ込んでくる。たぶん、一輪車に乗っているんだ。俺は乗れないからもうずっと前に諦めた。

 本はいい。本の中は自由だ。一輪車にも乗れるし、すごいスピードで走れるし、なんなら、空だって飛べる。

 さて、今日もここで読もう。ここは読書スペースではないけど、誰にも見つからない、読書にはもってこいの場所。

 これに出てくる飯の名前は知らないものも多い。だから家でたくさん調べた。食べてもみた。あんまりおいしいと思えないものもあったけど、本に出てくるご飯を食べられるのはとても楽しい。

 缶詰を開けて直接火にかけたり、豆がいっぱい出てきたり。こういう本に出てくる弁当はいつもパンだ。パンと、ピーナッツクリーム。ジャムもあって、それはたいてい市販のものじゃなくてお手製だ。バスケットに詰め込んで、リンゴも一緒に入れて。そういえばこの間はアップルパイもあったような。

 明るい森を歩けばサクサクと草の音がする。風が吹いて、小鳥のさえずりが聞こえる。耳をすませばどこかで水が流れている音だって聞こえてくるんだ。

 動物の鳴き声も聞こえてきたぞ。これは……どこかで聞いたことのあるような……。


「ん……?」

 重いまぶたを上げれば、うめずが目に入った。

「わふっ!」

「……うめずか」

 どうやら夢を見ていたらしい。小学生のころの夢。

 あの頃はそういや図書館に入り浸ってたなあ。今度、図書館であの頃読んでた本、探してみるか。学校にはないだろうから、来週あたり電車で行こう。

 眠気覚ましにテレビをつける。そういや昼飯どうしよう……。

『今日の特集は、ラーメン!』

 お、ラーメンか。いいなあ。俺は豚骨が好き。

 醤油も味噌も塩も魅力的だけど、一番は豚骨かなあ。あのスープが好き。こってりのようでその実スッと飲んでしまう。うま味がいいんだよ。

 あーなんか食いたくなってきた。

「確かインスタントがあったはず……」

 お店で食べるものを再現できるわけではないが、インスタントの豚骨ラーメンもいいものだ。紅ショウガとゴマもついている。お、チャーシューとネギもあるじゃん。これは先にのせとかないとな。

 お湯を注いで待つのは九十秒。三分ではないのだ。実際、パッケージにもそう書いてある。

「よし、時間だ。いただきます」

 調味油とゴマ、紅しょうがを入れて食べる。

 ズズッとすすった麺はかため。これがいい。うどんは柔らかく、ラーメンはバリカタ。いろいろな好みがあるのは認めるが、譲れないものの一つだ。

 豚骨の味にゴマが合う。紅しょうがの酸味も爽やかだ。チャーシューも意外とジューシーなんだなあ。

 麺を食べ終わった。うーん、まだなんか物足りないなあ……そうだ、ご飯入れるか。ちょうど冷ご飯が残ってたんだ。

 これはスプーンで食べよう。スープの中でご飯をほぐす。

 スープと一緒に食えば、麺とはまた違ったおいしさが楽しめる。ご飯の食感もまた豚骨に合うのだ。残ったゴマと、紅しょうが、そしてネギもしっかり食べたいものである。

 この楽しみ方はインスタントならではだな。お店ではやらないもんなあ。

 そういえば最近、ラーメン屋行ってないな。ちょっと遠いけど、久々に食べに行きたいものだ。


「ごちそうさまでした」


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