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一条春都の料理帖  作者: 藤里 侑
日常
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第九十一話 おにぎり

 今日の昼飯はもう決めてある。おにぎりだ。

 具はもちろん明太子。そして高菜だ。それもばあちゃんお手製の高菜炒め。これがうまくて、たくあん炒めといい勝負なのだ。

 明太子はグリルで焼く。ぱちぱちといういい音と香ばしい香りがたまらない。なんかもうこれだけで飯が食えそうだ。焦げないように気を付けて、ちゃんと火が通ったら良しとする。

 焼かれてはじけた明太子。これをうまいこと分けてご飯で包む。残ったやつは朝飯にしよう。そしてこれだけではない。普通のやつと、あとはマヨも加えたやつも作る。明太子とマヨネーズはいいコンビなのだ。

 高菜炒めはたっぷり入れたい。あ、やべ、割れた。いいや。海苔で包んじゃえ。当然、マヨ入りも作る。

 よーし、いい感じだ。大きめのが四つ。これだけで満足できそうだな。


 今日もいい天気だ。それに、ずいぶん冷え込むようになってきた。そろそろ鍋もいいなあ。

 コンビニにはおでんが出てくる頃か。あれって、買う前のワクワク感がすごいんだよな。当然食べてもうまいわけだが。コンビニのおでんで好きなのは厚焼き玉子。柚子胡椒つけて食うのが気に入っている。

 それに肉まん。酢醤油かけて食うのがいい。冬になったら買おう。そういえばプレミアム肉まんと普通の肉まんってやっぱ味が違うのかな。普通のしか食ったことないからよく分かんねえ。結構高いんだよ、プレミアム。

 あとは……鍋か。今年は一人鍋があるからいろいろ楽しむつもりである。キムチ、水炊き、寄せ鍋……あ、もつ鍋もいいなあ。

「冬の味覚も楽しみだ」

 吐く息はまだ白くない。突き刺すような寒さというよりしっとりと肌になじむような冷たさ。朝露に触れた時の感覚が全身にめぐるような、そんな感じだ。

「春都。おはよー」

「おー、おはよう」

 校門のところでちょうど咲良と会った。挨拶当番の先生の横を通り過ぎてから、咲良は両手をポケットに突っ込み、眉を下げて笑った。

「今朝はちょっと冷えるなあ」

「そうだな」

「昼間はだいぶぬくいけど。温度差激しすぎ」

「風邪引かないようにしないとなあ」

 もう少ししたら制服に悩む季節になる。学ランだと暑いし、半袖だと寒い、みたいな季節だ。どうやらよその学校には中間服なるものがあるらしい。

「そういやさあ、昨日見た夢がやばかったんだよなー。話したっけ?」

「いや、聞いてねえな」

「なんか物語になっててさー。まず俺、つぶれたショッピングモールみたいなとこにいてなあ……」

 こいつの夢の話は結構長い。一度、朝から放課後までかかったことがある。でも結構小説っぽくて面白い。

 特に今日は焦るような用事もない。久々にのんびり聞くことにしよう。


「――で、そこで目が覚めたってわけ」

 朝課外までまだ時間があったので、一度荷物を教室においてから廊下で話す。

「なんだ。意外と短かったな」

「そうそう、今回の夢はなんか疾走感があってさ」

 寝たのに疲れた、と咲良はロッカーにもたれかかった。

「夢かー、俺、なんか最近見たかなあ」

 夢を見た気はするけど、内容が思い出せないというあの現象はいったい何なんだろう。たとえ覚えていたとしてもそれを子細に話すのは結構難しい。

「お前すげぇよな。ここまで夢の内容を詳しく話せるとか」

「そうかなあ。こういうことだけは覚えられるんだよねー」

「英単語はさっぱりなのにな」

 そういうこと言うなよぉ、と咲良は笑った。

「今日は小テストないから……ん?」

「どうした」

 咲良が何かに気づいて言葉を止める。その視線の先には漆原先生がいた。

「あれ、珍しいな。教室に来るとか」

 漆原先生もこちらに気づいて、右手をひらひらさせながらやってきた。

「おはようございまーす」

「やあ、おはよう」

「どうかしたんですか」

 咲良が聞くと、先生はげんなりした様子で、左手に持ったいくつかの小さな紙きれを揺らして見せた。

「延滞者への督促状だよ。委員に渡しても、クラスの配布物の棚に入れても、一向に延滞者に渡らないらしい。返却に来ないんだ」

「それで直々に、ってわけですか」

 借りたら借りっぱなし、というやつは結構いる。中には「委員会の時に返しといて!」などと押し付けてくるのもいるらしい。俺は経験ないけど、一個下の学年が嘆いていた。

「君たちは何の話をしていたんだい?」

「昨日見た夢の話です」

「ほお、それはまた興味深いね」

 いったいどんな夢を見たんだ? と先生が聞けば、咲良は嬉々として話し始めた。

 同じ話を何度もするのは骨が折れるだろうに。

 ……まあ、俺も、好きなものの話は何度しても、聞いても飽きないけどな。


 それはまた食事も然り。

 好きな食べ物はいつ何度食ってもうまい。

「おー、今日はおにぎりか」

「ん」

 咲良も今日は弁当らしい。

「いただきます」

 あ、どれがどれだっけ。えーっと、このはみ出してんのが高菜、こっちがマヨ入り。うーん、やっぱここは明太子だな。シンプルなのから食う。

 塩の効いたご飯にごろっとした焼き明太子。食感が生のものよりもあって、香ばしくてうまい。プチプチ、というよりプヂッとしたのがいっぱいある感じ。

 マヨ入りはやっぱりまろやかでご飯となじみやすい。海苔の風味もよく合うのだ。

 高菜炒めはもうはみ出している。こぼれないように一口。はじけるゴマの風味、ピリッと引き締まる辛さ、茎の部分からはじわ~っと味が染み出す。葉の部分はちょっとのどに詰まりそうになるので、しっかり噛まなければ。

 ほんの少し濃い味付けは、マヨネーズによく合う。

 この高菜、焼き飯にしてもうまいんだよなあ。今度作ろう。

「うまそうに食うな」

「んあ?」

「なんかほんとに楽しんで食ってるなーって感じするわ」

 そりゃあまあ、うまいからな。飯を食う時に飯を楽しまなくてどうする。

 食事っつーのはそういうもんだろ。


「ごちそうさまでした」


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