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一条春都の料理帖  作者: 藤里 侑
日常
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第九十話 明太子

 頬杖ついて眺める外は夕暮れ。聞こえてくるのは吹奏楽部の合奏と運動部特有の掛け声。教室には俺一人、風に揺れるカーテン、少し埃っぽい空気。

 いかにも放課後、というような雰囲気だ。

 いや、いやいや。そんな感傷に浸っている場合ではない。さっさと学級日誌を仕上げて担任に提出しないと。


 今日は散々だった。朝、学校に行ったらまず、もう一人の日直はまだ来ていなかった。だからとりあえず俺は職員室前に向かった。そこにはクラスごとに分けられた棚があって、プリント類はそこに振り分けられる。

「今日はプリントなしか」

 ラッキー、と思い学級日誌だけ持って帰ろうと思ったのだが、視界の端に何やら映るものがあった。

 職員室前には自習スペースがあって、多くの席が設けられている。その机の上に、先日提出したワークがクラス別に山積みにされていたのだ。見れば「日直は返却お願いします」と張り紙がされている。

「うへぇ」

 見てしまったからには持って帰らないわけにはいかない。一冊一冊が分厚いので、往復しなければいけないだろう。

 とりあえず第一陣。うっ、重い。とりあえず教卓に置くか。もう一人のやつ、来てないか? ……来てないか。

 ちょっと頑張ったので二往復で済んだ。あ、これ配らなきゃいけないのか。

 何とか配り終えて、時計を見れば朝課外が始まる十分前だった。その頃になってようやくもう一人の日直が来た。

 その後朝課外が終わって学級日誌を開く。

 とりあえず日直の名前を書いておく。で、今日の天気は晴れ……他のやつは絵で描いているが文字で良し。

 たぶん、もう一人の日直は忘れているか、あるいは気づいていてわざとスルーしているのだろう。釈然としないが、他のやつと盛り上がっているところにわざわざ言いに行っても面倒なので放っておく。ああ、黒板も消さないと。

 結局そいつが一応断りには来たのは昼休みが終わって五時間目が始まる直前のことだった。しかしまあ、今更することもないし、そいつもする気がないみたいだったので、特にやることは変わらない。とりあえず日誌の一番下、日直の感想だけ書いてもらうことにした。二人分書かないといけないし、こればっかりはごまかせない。

 にしても今日は移動教室が多かったので全然日誌が書けていない。放課後にまとめて書くしかないな。


 で、今に至るというわけだ。

 クルクルクルッとペンを回す。時間割と授業の内容はまあどうにかなるとして、あれだ。日直の感想。特に書くことないけど、ちゃんとしとかないともう一日、日直させられるからなあ。

「うーん……」

 他の日直が書いたやつを参考にしてみるが、到底俺がまねできるようなものではない。なんというか全体的にテンションが高い。

 移動教室が多くて大変だったとでも書いとくか。

「よし、終わり」

 さっさと出しに行こう。

 教室から職員室まで近いのが、せめてもの救いだ。


「失礼します。二年二組の一条です。山田先生に用があって来ました」

 担任の名前を呼ぶことって意外と少ない気がするから、変な感じだ。

「山田先生? 今はいないよ」

「えっ」

 通りがかった別学年の先生が怪訝そうにこちらを見てきた。用事のある先生が職員室にいないとき、どうして他の先生たちはそんな顔をするんだろう。ま、先生全員に当てはまる話じゃないし、色々あるんだろうけど。

「どこにいらっしゃる……」

「さぁ~、僕も先生全員の動向を逐一チェックしているわけじゃないからね! あはは!」

 ちくしょう、なんかいちいち引っかかる言い方してくるな。

「あ、そうですか」

 学級日誌は一応手渡しじゃないといけない。職員室に担任がいなかった場合、何回か机の上に提出させていたらしいが、机を間違えたり提出したはずなのになかったということがあったり、とにかくトラブルが続いたとかでだめになった。

 副担任もいないし、探すしかないか。

 担当教科は英語で、確か進路も担当してたから……とりあえず進路相談室行くか。

 しかしそこにもいなかった。というか、進路指導室はとっくに施錠されていた。えぇ、どうしよう。

 日が落ちて、ひんやりしてきた廊下を歩く。人の気配も声もない。ちょっと不気味だ。確かアニメで見たなあ、気づいたら先生たちもいなくて昇降口も施錠されていて閉じ込められた、みたいな。そのアニメじゃ結局、問題解決して外に出られてたけど。

 ……何で今それ思い出しちゃったかなー。

 あの先生、何部の顧問してたっけなあ。とっとと見つけて、提出して帰ろう。


 運動場もちらっと探して、いなくて、結局見つけたのは職員室だった。だめもとで戻ってきたら、いた。入れ違いだったか。こんなことなら職員室の前で待ってりゃよかった。

 今日はどっと疲れた。腹も減った。

 料理作る元気はないし、でもがっつりご飯は食べたいし、どうしようかなあ。

「ふー……」

 風呂から上がって冷蔵庫を見てみる。うーん、卵かけごはんでいいか……。

「あ」

 そうだ。そういえばいいものがあった。

 明太子。こないだばあちゃんからもらったんだった。やった、なんかめっちゃうれしい。あてにしていなかった場所に宝物があった気分だ。

 よし、それじゃみそ汁だけ作ろう。

 具はなめことねぎ。なめこは水で洗う。粉末だしを溶かした鍋に味噌を溶き入れ、なめこを入れる。ねぎを散らして完成だ。

 ご飯は……大盛りで。

「いただきます」

 明太子は三等分にしている。薄い皮の部分に箸を入れる感覚が気持ちいい。ぷつっというわずかな触感の後、細かい粒に触れる。

 まずは明太子だけで。ピリッと程よい辛さと塩気。プチプチとした食感、いや舌触りがたまらない。あ、そうだ。マヨネーズ。混ぜるとまろやかになってまた違うおいしさが味わえるのだ。

 さてさて、待ちに待ったご飯と一緒に……あー、これこれ。おいしいなあ。あったかいご飯と一緒に食べると磯っぽい香りが際立つのだ。

 明太マヨもまたいい。ご飯とよくなじむ。

 みそ汁もほっとするなあ。プチッとはじけるなめこがいい。キノコの香りをとても感じる。

 口いっぱいにご飯と明太子。いい食感、いい風味。これはご飯がいくらでも進む。おかわりしよ。

 まあ、色々あったけど、無事に家に帰りついてうまい飯が食えた。

 これで良しとしよう。ほら、あれだ。終わり良ければすべて良しってやつだ。


「ごちそうさまでした」


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