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一条春都の料理帖  作者: 藤里 侑
日常
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第八十八話 焼餅

 図書館に行くときにつかう駅とは別の駅までバスで行き、そこから数駅。

 その駅、というか町は雰囲気がなんだか不思議だ。吹く風が少し古めかしいというか、まるで過去の空気がこぼれてきているような感じがする。細い路地に入ったら別の時代、別の場所に迷い込んでしまいそうだ。

 大きな石鳥居、その先に延びるのは長い参道。両脇にはこれまた老舗がずらりと並び、心地よい空気で満たされている。

 昼間は観光客でにぎわうそこも、朝早い今では開店前の店ばかりで静かなものだ。

「気持ちいいな」

 ここは天満宮。今日はお参りした後、行こうと思っている場所がある。それは天満宮の敷地内にある宝物殿だ。そこにはいつもいろいろと展示されているのだが、期間限定で、俺がいつもやっているゲームとコラボしているのだ。

 グッズもいろいろあるらしいし、だいぶ楽しみだ。

 たくさんの人に撫でられて金ぴかになった牛の銅像、コイが泳ぐ立派な池にかけられた赤い太鼓橋。社務所もでかいし、猿回しや企画展示が行われることもある広場もある。

 手水舎で手を洗い、三つぐらい通り道がある鳥居を抜けると、堂々たる風格の本殿が鎮座している。お守りとかを売っている場所や、おみくじを引くところもある。そして本殿の脇には梅が植わっているのだ。

 ……。

 さて、参拝したら、宝物殿へ向かう。そういえば反対側には幼稚園もあったなあ。

 本殿の裏、というのだろうか。その表現が正しいのか分からないが、本殿の横に設けられたいくつかの通り道を抜けると、立派な建物とは打って変わって、静かな自然が広がっている。神様も祀られていて、スッと空気が澄んでいる。

 さらさらと葉がこすれる音が心地いい。ちょっと肌寒いくらいのわずかに湿気を含んだ空気が余計に、古めかしい雰囲気を際立たせる。

「お、さっそく」

 宝物殿は最近改修工事があったらしく、ずいぶん新しくなっていた。そして入り口にはゲームのキャラクターのパネルが飾ってある。そして、宝物殿の横には地下につながる階段がある。収蔵庫らしいので一般の人は当然立ち入り禁止なわけだが、ものすごく気になる。

 パネルの写真を何枚か撮って、さっそく中へ。

 優しく明るい雰囲気のエントランスにはお土産物が売ってある。あ、あった。コラボ商品。帰りに買って行こう。

 受付で入場券を買って、薄暗い展示室へ入る。

 休日ではあるが人は少ない。これから増えるのだろうな。

 達筆過ぎて読めない書には、ちゃんと説明が付されている。えーっと……うん、内容もなかなかに難しいな。

 さて、ゲームとコラボしている展示コーナーにたどり着いた。展示されているのはゲーム中に出てくるキャラクターのモチーフとなったものだ。はやる気持ちを抑え、一つずつじっくり見ていく。

 こうやって実際に見ると、否が応にもテンションが上がるなあ。え、うそ。これ写真オッケーなんだ。ありがたく撮らせてもらおう。

 いやあ、スマホの容量、空けててよかった。


 はーっ、すごい満足感だった。なんていうか、こう、ぐわーってワクワクとかドキドキがせりあがってくる感じ。まだ見ていたいのは山々だったが人も増えてきたことだし、外に出よう。

 決して強い日差しではないのだが、薄暗い中から出てくると外はとてもまぶしい。

 グッズも買えたことだし、そうだなあ。参道をゆっくり歩くのもいいだろう。なかなか来ることも少ないし、それに、店も開き始めたし。せっかくだから見て回ろう。

 朝に比べて行きかう人の数がずいぶん増えたものだ。途中すれ違った団体からは日本語じゃない言語の会話が聞こえてきた。ここは観光客も多い。たまに日本ではない場所と錯覚してしまいそうになる。

 こうやってたくさんの人とすれ違うと、なんだか不思議な気分になる。すれ違う人にも生活があって、長いことここに滞在する人もいればさっさと帰ってしまう人もいる。何か大きな想いを抱えている人もいるだろうし、ただ旅行を楽しむ人も当然いるのだろう。何ならここに住居を構えている人かもしれない。

 たった一瞬すれ違うだけだけで、これまでの事情もこれからのことも知らないし知ることもない人だけど、確かに自分とは違う時間を刻んでいる。うーん、うまくは言えないけど、こういう感覚は、少し恐怖にも似ているかもしれないなあ。

 普段なんとなく過ぎている時間の流れを明確に自覚してしまうというか。

 ……ああ、いけない。せっかく気持ちのいい時間を過ごしたというのに、ちょっと湿っぽくなってしまった。こんなに面白い景色が広がっているのだ。楽しまなければ無粋というものだ。

 ここにはいくつか名物があって、そのうちの一つに焼餅がある。簡単に言えばあんこが入った餅を型に入れて焼いたものだ。参道にもその専門店がいくつも軒を連ねている。店ごとに味が少しずつ違うんだよな。

 人によってはお気に入りの店があって、時々論争になる。

 もちろんお土産用にパック詰めされたものもある。冷凍で販売している店もあるぐらいだ。レンジでチンすればトロッとした餅と甘いあんこがうまいことなじんでおいしいんだ。

 しかしまあ、焼きたても味わいたいわけで。当然、店先で頼めば、たった今焼けましたという熱々のものが食べられる。

 そしてカフェを併設している店もある。また、軒先にベンチを設けている店もあって、お茶とか出してくれる。

 俺が行く目的の店は決まっている。ここに来ると大抵寄る店だ。あんこの甘さがちょうどよくて好きなんだ。

「おしゃれな店も増えたもんだなあ」

 有名チェーンのコーヒー店や、ジェラート屋もある。確か参道の入り口にいい雰囲気の喫茶店もあったよな。それはだいぶ老舗だったような。他にも扇子屋とか箸屋とかもあったし……そうそう、せんべい屋もあるんだ。帰りに寄ろう。

 さて、着いた。まだ行列はできていないみたいだ。ここ、いっつも人が多いんだよ。時々あきらめて帰ることもあったなあ。

 焼いている様子がガラス張りの向こうに見える。もっちもちの白い生地が型に押し込められ、ふたをされ、焼き台の上をゆっくりと移動しながら焼かれていく。焼けたもののふたが開けば、それを取り出して型に軽く油を塗って新しい生地を押し込める。動かし、ふたを開けているのは機械だが、そのほかの工程は人がしている。あんこを餅で包む様子も、生地を押し込め焼けたものを取り出す様子も流れるようにきれいだ。

 こうやって見ていると時間はあっという間に過ぎていくので、行列も楽しいわけだ。

「いらっしゃいませ」

「持ち帰り用に十個入りをひと箱ください。あと、焼きたてのを一つ」

「ありがとうございます」

 持ち帰り用のものは目の前で包んでくれるのだが、この手さばきも見事なものだ。俺は絶対にこのバイトはできないと思う。

「お待たせいたしました」

 焼きたてのものは、おしゃれな和柄が印刷された紙にはさんで手渡ししてくれる。ちょっと熱いが、これがいい。

 せっかくだし、ベンチに座って食べよう。

「お茶をお持ちしますね」

 座ったら店員さんがそう声をかけてくれたので、ありがたくもらうことにする。まだ暑さの残る季節、出されたのは冷たい緑茶だ。

「いただきます」

 パリッと焼けた表面は香ばしく、これは焼きたてでないと味わえない食感だ。餅もやわらかく、粒あんがすっきりとした甘さでおいしい。

 確かこしあんの店もあるらしい。一度食べてみたいな。

 少し時間が経ってやわらかさが増したのもまたいい。最後の方は紙にくっついてくるのでちょっと大変だが、余すことなく食べたいものである。

 冷たい緑茶の渋みと、あんこの甘さがこれ以上なく合うんだなあ。すげーほっとする。

 これ食い終わったら昼飯食う場所探そう。どっかいい店がないかなあ。


「ごちそうさまでした」


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