第八十七話 串揚げ
身近であるのに、知らないことがある。そういうのは案外珍しいことではないのかもしれない。
「……こんな店あったんだ」
それは小ぢんまりとした古い店。アーケードを抜けた先を右に行き、お寺や駄菓子屋を横目に進む。しばらく行くと十字路に差し掛かるのでそれを左へ行く。細い道で車なんかは通らないような道だ。
そこにその店はあった。今はまだ開店前かあるいは定休日らしく、シャッターが閉まっているが、何の店だろう。
たまたまこっちの方に用事があったので、大通りではなく裏道を通っていこうとしたら見つけたのだが……いやでも何回かこの辺通ったんだけどなあ。
まあいいや。今度開いてるときにまた来よう。
「おーい、春都。どうした~?」
先を歩く咲良がこちらを振り返る。
「いや、なんでもない」
「あ、そう」
自転車が一台、ゆったりと俺たちの横を通り過ぎる。
「でさ、今日は漢字のテストがあったのをすっかり忘れててさあ。朝課外の間に必死こいて覚えたわけよ」
「また忘れてたのか」
「でもさ、満点だったんだぜ? すごくねえ?」
「……そうか。それはすごいな」
歩いていくと大通りに出る。そのすぐ右手に目的の場所がある。
ちょっと大きめの文具屋。昔からある店で、品ぞろえはなかなかだ。近くにはあのかき氷屋と高校もあって、雨の日にはここで雨宿りする人が多い。
「ここかー」
ちなみに咲良は特に用もないのについてきたというわけだ。
入り口付近のショーウィンドウにはなぜか立派な家具が値札付きで飾ってある。これ、買う人いるのかなあ。
中に入ると古くなった紙のようなにおいがまず鼻につく。
最近発売されたようなものが入ってすぐの棚にあって、その後ろには階段がある。それを上ったことは一度もない。右手はちょっと本格的な画材やラッピング用品なんかがあって、もっぱら用があるのは左の方だ。
ボールペンやシャーペン、ファイル、ノート。原稿用紙やレターセットなんかもある。
「で、何買うって?」
「シャーペン。今日、ぶっ壊れた」
様々な種類のシャーペンが並ぶ棚は、見ていてなんか楽しい。
予備というか、他にもシャーペンはあるのだが、少々数が心もとないのだ。
「なんで? 落としたとか?」
「いや、なんかさあ、こう……」
その時のことを再現しようと手で示す。
「字ぃ書こうとして、ノックしたら、こう……っぱぁーん! って」
「え、なに。破裂したの」
「破裂……そうだな、部品が吹き飛んだ。ロケットみたいに」
いやほんとに。めっちゃびっくりして一瞬何が起きたか分かんなかったもんな。授業中じゃなかったのが不幸中の幸いだった。部品集め、大変だった。
「中一の頃から使ってたから、もう古くなってたんだろ」
「その瞬間見たかったわー」
俺もなんか買おう、と咲良はふらふらっと別の棚を見に行った。
何色にしようかな。最近、黄緑とか気になってるけどオレンジ好きなんだよな。でもこないだ買ったシャーペンがオレンジと黒だから、違うやつにするか。紺色もいい。あ、柄もいろいろあるなあ。
んー、よし、決めた。スケルトンタイプのこれにしよう。色はぶっ壊れたやつと同じ紫。
「おい、咲良。何買うか決まったか」
「筆箱が結構ぼろいからさあ、買い替えようかなーって」
チャックの部分がちぎれそうでな、と咲良はつぶやく。
無地のポーチタイプものから缶ペンケースまである中で、咲良が手に取っているのは結構派手な柄のペンポーチだった。
「トランプ柄だって」
「へー、結構いいじゃん」
「かっこいいよなー。よし、買うか」
見ればキーホルダーもついている。なるほど、キーホルダーの柄はジョーカーで、本体にはその他の柄が印刷されているらしい。
会計を済ませて外に出る。近くの高校も下校時間らしく、ぞろぞろと生徒が校門から出てきていた。
俺たちは人が少ない道――行きと同じ道をたどって帰ることにした。
再びあの店の前を通ると、今度はシャッターが開いて、営業中の札が上がっていた。
「お、やった」
どうやらその店は総菜屋らしい。夕方から開く店だったのか。
卵焼きや煮物、天ぷらに菜っ葉の炒め物。おお、いい香りがする。
「買ってくのか?」
「おう」
「いらっしゃいませ」
へえ、色々あるんだなあ。ん? これは……。
串揚げか。いろいろ種類がある。七種類か。揚げたてみたいだし、いいかも。
「あの、これ。二本ずつください。それと、卵焼き」
「はーい。ありがとうございます」
値段も結構いい感じだ。安い。晩飯にしよう。
「なんか俺も腹減った。あの、このコロッケ、一つください!」
「ありがとうございます」
咲良はでかでかと丸いコロッケを買った。
「バス停で食おーっと」
コロッケもうまそうだ。よし、今度買うことにしようかな。
「おぉ」
パックに入った卵焼き。フワッフワなのが見ただけでわかる。串揚げは……えび、アスパラ、玉ねぎ、豚、プチトマト、ウズラの卵、あと、これは何だ。
……食べれば分かるか。
「いただきます」
まずはえび。ソースをつけて一口。サクッとした衣と、噛み応えのあるえび。じんわりと染み出す味がおいしい。
アスパラはシャクッと青い。玉ねぎは甘くていい。プチトマトは揚げたてだとやけどするだろう。甘さが増し、酸味がちょうどいい。
ウズラの卵はプチッとした食感。黄身が甘い。
「で、これが……」
……ん、酸っぱい? シャキッとしていて、スキッとしているというか。
「ショウガだ!」
紅ショウガだ。へえ、初めて食べたけどうまいな。さっぱりしてる。
卵焼きはふわふわでプルプルだ。味は上品に甘い。ほんと、卵焼きって作る人で変わるよなあ。
さて、串揚げは一巡したわけだが、まだ一通り残っている。
えびは最後に取っておくとして、今度はからしもつけて食べてみよう。
串揚げって、楽しいな。今度家でできないかなあ。串揚げ屋さんとかも行ってみたいな。
「ごちそうさまでした」