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一条春都の料理帖  作者: 藤里 侑
日常
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第八十六話 すき焼き

 新車を組み立てる様子を椅子に座ってぼんやり見る。

 ハンドルもかごも、前輪すらついていない状態から、みるみる組み上げられていく様子はすごいと思う。昔からこれを見るのが好きだ。

「は~……すごいなあ」

「ん? そうか?」

 じいちゃんは笑う。

「春都も組めるようになりたいと思うか?」

「うん。すげー思う。だってなんか、かっこいいし」

 かっこいいか~、とじいちゃんは声を上げて笑った。

「免許いるんでしょ」

「そうだな。でも、春都は賢いしすぐ取れるよ」

「そうかなあ……」

 ふと外に視線をやる。

 店の周辺にはなぜか病院が集中していて、平日は車の出入りが激しい。でも休みになる日曜や祝祭日は昼間でも本当に静かだ。

「じいちゃんたちは休みたいと思わんの?」

 俺の何気ない問いに、じいちゃんは「そうだなあ……」とつぶやいた。

「俺は仕事してる時が一番元気だからなあ」

「あー……」

 確かに、仕事をしているじいちゃんは元気というか、生き生きしている。ばあちゃんも同じで、なんだか楽しそうだ。それはしっかり遺伝していて、母さんも仕事をつらいと思ったことはないらしい。

「ちょっと買い物行ってくるね」

 と、ばあちゃんが来た。いつも使っているバッグを肩にかけ、エプロンは外している。

「あっちこっち行くから、ちょっと時間かかるかも」

「おう、分かった」

「あ、そんならついてこーか。荷物持ちするよ」

 そう提案すると、ばあちゃんは嬉しそうに笑った。

「あら、そう? ありがとう、助かる~」

 椅子を片付けてスマホをポケットに突っ込む。

 ばあちゃんはいまだに現役で車を運転している。というか、運転できなければこの田舎町では生活していけない。それなりに公共の交通機関は整ってはいるが、車の方が便利なのだ。

 俺は助手席に乗る。軽自動車の後ろは席が畳まれている。自転車の配達にも使うのだ。

「まず花丸に行って、そのあと洗剤とか買いに行こうかな」

「分かった」

 初夏にも似た温かい日差しに目を細める。

 店の前を通ったとき、じいちゃんがこちらを向いていたので手を振ると、じいちゃんも笑って振り返してくれた。


「あ、こんにちは~」

 買い物をしていると、ばあちゃんがすれ違った人に声をかけた。どうやらうちのお客さんだったらしい。

「いつもお世話になってます」

「こちらこそ、この間はありがとうね。おかげで快適に乗ってるわ」

 俺はその隣で、カートに手をかけたまま控える。

「お孫さん?」

「はい」

 視線がこちらに向いたので、会釈する。

「こんにちは」

「一緒にお買い物? 優しいお孫さんね」

「そう、一緒に行こうって言ってくれたんです」

「あらあら、いいわねえ~」

 そう言って二人分の穏やかな視線が俺に向けられる。

 こういうとき、いったいどうすりゃいいんだ。

「それじゃ、また」

 それから少し話してから、買い物を再開した。

「昔から来てくれているお客さんでね。娘さんも、お孫さんもうちで自転車買ってくれたんよ」

「へぇ、そうなんだ」

「二番目のお孫さんが、今度中学生じゃなかったかな」

 通学車のパンフレットがそろそろ来るかな、とつぶやいている。どこへ行っても仕事のことが頭から離れないらしい。

「仕事大変だね」

 なんとなく気になって聞くと、ばあちゃんは一瞬きょとんとしたがすぐに笑って見せた。

「大丈夫、時間があるときにちゃんと休んでるから。それにこうやって春都と話す時間も、私にとってはうれしいものだから」

 ね、とこちらをのぞき込む。

「そんなもん?」

「そうよー。あなたと話すと元気が出るの」

 その表情は、確かにごまかしているようには見えなかった。

「何か食べたいものない? 好きなの買っていいよ」

 と、ばあちゃんは俺をお菓子コーナーに連れていく。

 じいちゃんやばあちゃんと一緒にいるのはすごく楽しいのだが、こういう時、たまに自分の年齢が分からなくなる。

 いつまでも子ども気分でいられるというか、ちょっとわがままになってしまうのだった。


 さて、待ちに待った晩飯だ。

 肉が豚でも鶏でもなく、牛である。しかも赤身のいいやつ。値段がふと目に入ったのだが、変な声が出た。

 味付けは醤油と砂糖と酒のみ。肉の他にも豆腐、しらたき、長ネギ、白菜、シイタケ、えのきも入れるのだとか。すっげえ豪華。

 鍋に牛脂を溶かし、肉を何枚か入れる。その上に砂糖と醤油と酒を入れて沸騰させ、肉に火が通ったら、まず、食べる。

「いただきます」

 しっかり溶いた卵にくぐらせて、一口で食べる。

「!」

 柔らかい食感。卵のまろやかさと醤油の香ばしさ、そして砂糖の甘味。すべてが肉に合う。口いっぱいに広がる肉の味がすげえ幸せだ。

「どう?」

「うっま……」

「そう、よかった」

 ご飯も一緒に食べるともう最高だ。

 次は野菜とか残りの肉を入れ、砂糖と醤油もつぎ足す。

 白菜は程よくシャキッと食感が残っていていい。長ネギはトロッと甘い。えのきにはしっかり色も染みて、風味が立っている。シイタケも肉に負けず劣らずうま味がある。

 豆腐の表面はすっかり色づいているが、箸で切ると白い部分が現れる。ほんの少し弾力のある木綿豆腐。豆の風味がいい。そんでもってしらたき。つるんとした口当たりと、ギュっギュッとした食感が面白い。

「ほら、春都。肉食え肉」

「ん、いいの?」

「あなたのために買ってきたんだからどんどん食べなさい」

 その言葉に素直に甘えることにして、再び肉を食う。

 トロッとした口当たりだけでなく、赤身ならではの食感もいい。卵にくぐらせなくても、これはこれでうまい。

 うちじゃ滅多にしないような豪華な飯。

 味も当然最高だ。それに、俺のためにじいちゃんやばあちゃんが前もって準備してくれていたというのがなんだかうれしい。

 昨日からずっと続いている温かさは、空気を冷やし始めた今の季節に、心地よかった。


「ごちそうさまでした」


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