第八十三話 野球飯
試合が始まる、まだずっと前。ドーム周辺の人影はまばらだ。
空は抜けるように青く、海辺ということもあって風が冷たい。上着もってきて正解だった。
「さて、まずはどこに行く?」
「グッズ売り場だな」
百瀬の問いに間髪入れず答えたのは咲良だった。
「えらく食い気味だな」
「いやだってそうでしょ」
そう言って咲良は俺と百瀬を指さした。
「お前らだけなに完全装備してんの」
「は?」
「ユニフォーム、帽子、果ては応援グッズまで! 俺も欲しい!」
確かに、俺と百瀬は咲良の言う通りのものを装備していた。白地に黄色のラインが入ったホーム使用のユニフォーム。帽子は黒と黄色で、チームのロゴが刺繍されている。
「あ、百瀬のユニフォーム、もしかして去年の?」
「そ~、実はチケット取れてさー」
「毎年激戦だろ、よく取れたな」
百瀬が来ているユニフォームは毎年一定期間行われているチームのイベントデー限定のものだった。一見すると俺が持っているものと変わらないように見えるが、ラインが黄色ではなく金だ。咲良はくるりと回って見せる。
「来場者特典ももらったんだぞ」
「それなら俺も、日本シリーズ優勝した次の年の開幕戦の一試合目行ったぜ」
「えー! じゃあ優勝リングのレプリカもらったのか!」
「お前らだけで盛り上がるなよ~」
と、咲良の情けない声にハッと我に返る。見れば朝比奈も少しうずうずしているようだった。
「ああ、悪いな」
「で、なんだっけ。グッズ? じゃああっちだ」
グッズ売り場は結構でかい建物だ。今はまだ店内も空いているが、もう少しするとえげつない人数がすし詰め状態になる。
「俺、朝比奈とユニフォーム見てくる!」
そう言って咲良はにこにこしながら朝比奈とともにユニフォームエリアに行ってしまった。
「じゃ、俺たちはそれぞれでほしいもの探すか」
「そうだな」
前に行った時と比べて多少内装は変わっているが、勝手は分かっている。えーっと、風船は確か百瀬が持ってきたって言ってたし、買わなくていいか。
なんだこれ。ペンライトとかあるのか。あ、タオル。めっちゃカラフルだ。一枚買おう。えーっと、あ、そうか。俺が好きな選手、コーチになったからグッズはないのか。うーん、じゃあ今年の限定デザインのタオルにしよう。
「あ、そうだ」
今度父さんと母さんが帰ってくるって言ってたし、なんかお菓子でも買おう。せっかくだから野球場に行ったってわかるやつを……。うん、このクッキーにしよう。選手のデフォルメイラストがプリントされたクッキー。いいじゃん。じいちゃんとばあちゃんにも買おう。
「なんかあった~?」
百瀬は百瀬でかごいっぱいにグッズを抱えている。どうやら弟妹に頼まれたらしい。軍資金は親からもらってきたのだとか。
「コーチのグッズとかないのかね」
「あ、向こうにあったぞ」
「まじかよ、どこ」
選手のグッズほど展開はないが充分だ。下敷きと、キーホルダーを買おう。
会計を終えて外で待っていると、さっそくユニフォームを身に着けた咲良と朝比奈が来た。帽子もちゃっかりかぶってるし。
「高いなー、一式。ワッペンまでは余裕ねえわ」
「まあな」
「二人とも似合ってる」
そろそろ周辺もにぎわってきた。
なんかだんだん実感わいてきたぞ。
ドーム内には様々な店がある。どっしりと設備を構えている店からワゴンまで。売られているものもバラエティ豊かで、がっつりご飯もスイーツもある。
それにしても、俺たちの席、めっちゃいいな? すげー選手が近い。
いろいろ話した結果、みんなでいろんなものを食べようということになった。なんとなく勝手の分かる俺と百瀬が買いに行く。通路ですれ違う、ビールや酎ハイの売り子に、グッズの売り子、アイスやクレープ、ポップコーンの売り子まで。野球場ならではって感じだ。
まずはそうだな、キュウリの一本漬け。それに地鶏の炭火焼き。あとはなんだ。ああ、たこ焼きいいな。焼き鳥の詰め合わせも買っとこう。
なんか、ものの見事におつまみ系になってしまった。
ま、腹減ったらまた買いに行けばいいだろ。あとでおやつ買いに行こう。
球場内で流れる音楽って、すげーワクワクするんだよなあ。今から祭りが始まるぜー! って感じがたまらん。
「よう、買ってきたぞ」
「ありがとな!」
百瀬はカツサンドとかポテトとかを買ってきていた。
「キュウリの一本漬けだ~」
「これ何? 鶏肉? 黒い」
ジュースはせっかくなので、チームとのコラボメニューのサイダーにした。爽やかな水色。味はレモンっぽい酸味がある。おいしいな。
「じゃ、いただきます」
地鶏の炭火焼きって、確か父さんがビールのつまみに買ってきたのをもらったのが最初だったような。こりっこりの食感がいい。鶏の風味が強く、付属の柚子胡椒をつけるのが最高だ。
キュウリの一本漬けはいい感じの塩加減。あっという間に食べてしまう。
「カツサンド、初めて食うな」
「ここのは食べ応えもあっていいんだ」
確かに、カツが分厚いし、濃いソースがたっぷりとかかっている。キャベツもあるのか。からしをつけて食べるのがいい。
たこ焼きはほぼ揚げたこって感じだ。サクサクした表面とトロッとした中身がたまらん。紅しょうがの風味が効いてる。たこもごろってしていていいな。
「焼き鳥でっかいなー!」
モチモチとした食感のもも肉、皮もおいしい。コクのあるたれがうまい。
「あ、客席映されてんね」
咲良が指さしたのは巨大ビジョン。試合前には音楽に合わせて客席が映されるのだ。めっちゃ今ポテト食ってるから、映されるのはちょっと。ん、塩が濃い。これぞ球場って感じだ。
「こっち来ないかなー」
「試合開始まであと何分かね」
スクリーンの時計を見れば、あと一時間弱で試合開始時刻であることが分かった。
「あー、もうすぐスタメン発表だな」
スタメン発表の雰囲気って最高に盛り上がるんだよな~。
しっかり見たいし、準備はちゃんとしないと。
さあ、お楽しみはまだまだこれからだ。
「ごちそうさまでした」