表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一条春都の料理帖  作者: 藤里 侑
日常
810/867

第755話 ドーナツ

 玄関ホールで、人を待つ。

 一気に暑くなった空気と肌にまとわりつく湿気、セミの鳴き声が徐々に大きくなり、まるで大雨が降っているような錯覚に陥る。

「おーい、春都ー」

 お、来たな。

「よお、咲良」

「今日もあっついなー!」

「わざわざこっちに来るの、大変だったろ」

 早いとこお土産を渡そうと連絡したら、こっちに取りに来るというものだから、驚いてしまった。何か別に用事があるんだろうと思っていたが、別にそういうことではないらしい。

 咲良は何でもないように笑いながら、額に浮かんだ汗をぬぐった。

「いやー、家から出られるんなら、頑張るぞ!」

「お前ほんと家にいたくないんだな……」

 そう言えば咲良は少し首を傾げた。

「んー、別に家が嫌ってわけじゃねーんだけどさ。なんか、外の方が自由っつーか?」

「そうなのか」

「そーそー」

 その感覚はよく分からないが、まあ、こいつが喜んで来ているというのであればいい。

「ほれ、土産」

「サンキュー! 中身何?」

「カステラ。いろんな味があるぞ」

「へーっ!」

 あ、入れ物がおしゃれ、と咲良は袋の中身をのぞき込んで言った。そうそう、味ごとに違う色の小さな箱に入っているのだ。

「ありがとな!」

「おう」

「でさー、春都。この後、暇?」

 おっと、そうきたか。

「まあ、予定は何もないが」

「じゃープレジャス行こうぜ~。もうちょいどっかで遊びたい」

 そう来ると思った。なんとなく、咲良はお土産持って帰るだけじゃすまないだろうなあ、と。

「思ってた通りのこと言うな、お前」

「へへ」

「待ってろ、バッグ取ってくる」

 あー、なんか、帰って来たなあ。


 プレジャスは思ったより人が少なかった。あれ、夏休みのショッピングモールって、こんな感じだったっけ。

「なんか、店減ったよなー」

 咲良が言いながら、エスカレーターに向かう。いまだに、エスカレーターはちょっと緊張する。なんか、こけそう。

「お、手ぇ貸してやろうか」

「大丈夫だ」

「小さなお子様はお連れ様と手をつないで、っていってるぞ」

「誰が小さなお子様だ」

 二階に降り立った咲良は、迷うことなくゲーセンに向かった。

「なんかあんのか」

「なーんも。遊べるとこっつったら、そこしかないっしょ」

「確かに」

 最近はやりのものが集まったクレーンゲーム、後はドレッシングとか柿の種とか。小さい頃とあんまりラインナップ変わんねー気がする。

「コインゲームとかやる? 春都」

「やってない」

「だよなー、お、これやろ」

 咲良が足を止めたのは、クレーンゲームの台の前だった。お菓子詰め合わせセットが景品のやつだ。

「取れんのか」

「分からん! が、やってみる!」

 だいぶずっしりしてるように見えるし、これ、持ちあがりすらしなさそうなんだけど。あー、下の方にグミが詰まってんのか。

「あ、だめだ、もう一回」

「ほどほどにしとけよ~」

 そう言いながら、周りを見てみる。お、こういうのはいいんじゃないか。小さいし、取りやすそう。ゲームのキャラのキーホルダーだ。最近また大ブームになってるんだっけ。小さい頃からやってるシリーズのキャラで、好きなんだよなあ。

 ……うん、まあ、深入りしなけりゃやってもいいよな。


 ドーナツ屋のイートインスペースに座り、飲み物を待つ。

 手のひらサイズのまん丸いキーホルダーは、ふわふわしていて心地いい。思いのほか取りやすかったな。ふふ、俺の読みは当たっていたな。

「取れそうな気がしたんだけどなあ~」

 結局咲良は景品をゲットできなかったようだ。何も持って帰れないのは悔しかったのか、すくって落とすタイプのゲームをやって、小さなチョコレートをいくつか持って帰ることになった。

「大体、ああいうのは取れにくくなってんだよ」

「そんなもんか~」

 それにしても、久しぶりにイートインに入った気がする。いつも持ち帰りだもんなあ。飲み物は間もなくして運ばれてきた。

「いただきます」

 丸い形のドーナツは、見ているだけでワクワクするようだ。

 一つはこの店でも一、二の人気を誇る、もちもちドーナツだ。シンプルに砂糖でコーティングされている。種類はいろいろあるのだが、やはりこのシンプルなのが、俺は好きだ。

 サクッとしたアイシングに、もっちりと舌に吸い付くような生地。そうそう、この食感が癖になる。歯切れがよく、食べ応えもあり、ちょっと伸びる感じが面白い。この食感のおかげで、次々食べてしまうのだ。

 ここでアイスティーを挟む。

 ほんの少し渋みのあるアイスティーは、さっぱりと冷たくて、夏の暑さにちょうどいい。ごくごく飲んでいると、ウーロン茶っぽい感じがするなあ、とふと思う。

 次はチョコ。周りにココナッツがまぶしてあるのだ。

 これも食感が面白い。シャキシャキ、うーんちょっと違う。サクサクにも似ているが、その中間というか……不思議な食感をしているのだ、ココナッツというものは。

 主張はあまりない……かと思いきや、割といい風味がする。爽やかな甘さだ。チョコレート生地はしっとりふわふわで、もちもちのやつとはまた違った魅力がある。ほのかに苦みがあるのがいい。ココアっぽさもあるな。

 これ、小さい頃は見た目でなんとなく避けてたけど、うまいんだよなあ。

「あそこをもーっちょっと攻めたらいけるか?」

「まだ考えてんのか、咲良」

「だって悔しいじゃん」

 後でもっかいやってみようかな、と真剣につぶやく咲良を見て、思わず笑ってしまった。

 少しにぎわい始めた昼下がりのショッピングモールは、夏休みらしい空気に満ちていた。


「ごちそうさまでした」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ