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一条春都の料理帖  作者: 藤里 侑
日常
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第八十一話 とり天

 日暮れが早くなった。

 放課後のカウンター当番を終え、忘れ物をしたのに気付いた俺は二階の教室に向かう。

 吹奏楽部は練習を終えすっかり教室から撤収していて、廊下にも教室にも水を打ったような静寂が広がっている。そんな中で俺の足音はよく響くし、ロッカーを開ける音にちょっとびっくりしてしまう。

 ふと視線を窓の外にやる。ここからはサブグラウンドとテニスコートがよく見える。

 濃い夕暮れの赤が薄青い空をじわじわと侵食していく。名前も知らない虫が鳴いて、わずかに残る夏がゆっくりと秋に飲み込まれていくのを感じる。

「春都~」

 静かな空気を震わせる聞きなれた声。振り返ってみれば咲良がいた。

「この時間にいるって珍しいな。当番?」

「おう。忘れ物した」

 のろのろと連れ立って歩く。踊り場に差し込む光の中で、細かい粒がきらめいている。

「お前は何してたんだ」

 咲良は少し疲れたようにため息をついて言った。

「休んでた日にあった分のテスト。どうしても受けろっていうから」

「そうだったのか」

「病み上がりの人間に二科目分もやらせやがって……」

 まあ、ずいぶん元気になっているがなあ。

 外に出ればぐっと赤は濃くなっていて、そのまぶしさに思わず目をつむってしまう。

「しかも数学と物理だぞ? どっちもめっちゃ頭使うし~?」

「まあ、仕方ないだろ」

 そうだけどさぁ……と咲良は納得いっていない様子だった。

「そっか、お前休んでたか」

「こんなことなら、無理してでも来ればよかったかな~?」

「いや、体調悪かったらテストどころじゃないだろ」

「大丈夫だ。どっちにしても点数も空欄の数もきっと一緒だ」

 それはきっと大丈夫じゃないと思う。

 呆れる俺をよそに、咲良はのんきにへらへらと笑っている。

「やー、でも学校休むって久しぶりだったな」

「そうだな」

 確か高校の卒業式では小学校からの皆勤賞が表彰されるのだとか。俺はもう小学生の頃に散々休んでるから名前が呼ばれることはないだろう。別にどうだっていいけど。皆勤賞って、あんまり興味ないし。

「なんかあった? 俺が休みの時」

 と、咲良が両手を頭の後ろにやってこちらを向いた。

「うーん、特に目立ったことはなかったぞ」

「そっかー、まあそうだよな」

「あ、俺、英単語帳忘れて、お前がいなくて大変だったわ」

 その日の朝の顛末を話すと、咲良はけらけらと笑った。

「朝比奈がいてよかったな!」

「まあな」

 咲良は元気そうで何よりだが、俺は今日一日で結構くたびれた。なんというか、咲良が失った分の元気を吸い取られた感じというか。

 今日の晩飯は、簡単に済ませよう……。


「うあ~……」

 思いっきりベッドにダイブする。ギシッと軋むような音がして、俺はそっと寝返りを打った。

「疲れた……」

 なんとなくスマホを見れば、通知がいくつか溜まっていた。ゲームの通知ばかりで、なんだかほっとする。

 疲れてはいるが、とりあえずログインする。これはもう日課だ。無課金だし、こういうコツコツとした積み重ねが大事だ。もらえるアイテムはもらっとけ。

「えーっと、これでいいかな……」

「わふっ」

「おー、うめず」

 仰向けになってゲームをしていたら、うめずがベットの傍らに来てお座りした。

「ちょっと待ってな」

 すべてのデイリーミッションをクリアしたことを確認して電源を落とす。

「来ていいぞ」

「わう!」

 合図をすると、うめずはいそいそとベッドに上り俺をまたぐと、壁と俺の間にもぐりこんできた。最近はこの位置が、俺の部屋でのうめずの定位置になりつつある。別にいいのだが、ちょっと、いやだいぶ暑い。夏場は考えものだなあ。

「そこが落ち着くんか、うめず」

「あうぅ」

「そっか」

 夏になったら、せめて、足元に移動してくれよ。と、言ってみるが分かっていない様子だ。

 まあいいや。

 にしても今日は疲れた。明日は何かしっかり食べたい。晩飯、何にしようかなあ。今日はレトルトのカレーだったし、なんか作るか。

 肉。肉食いたい。


 そんなわけで晩飯はとり天に決定した。豚や牛もいいが、妙に鶏が食べたかった。からあげにしようかとも思ったが、たまには違うのもいいだろう。

 使うのは鶏むね肉。

 醤油、酒、ニンニク、ショウガで下味をつける。衣は卵と小麦粉と片栗粉を水で溶いたものだ。

 下味をつけた鶏肉に衣をまとわせ、熱した油に入れる。

 からあげとは違って、ふわふわした見た目に揚がるんだよな。

 そうだ。せっかくだし天つゆも作っとこう。ポン酢もつけて……あ、からしとかも合いそうだなあ。

 ご飯はもちろん大盛で。

「いただきます」

 やっぱり最初はそのままでしょ。サクッとした歯ごたえの衣は薄甘い。鶏肉はほわほわだ。少しカリッとした部分もいいよな。

 からし、つけてみよう。うん、味が引き締まっておいしい。

 天つゆにひたすと衣が味を吸ってジューシーだ。あと甘さが加わる。ご飯も一緒にかきこむのがベストだ。

 ポン酢はさっぱり。少ししっとりとした衣もまたよしである。

 あ、皮。むにっとした食感。風味がまた身と違っていい。からあげとはまた違った食べ応えが最高だ。

 がっつり、こってりがからあげの醍醐味とすれば、とり天は食べ応えとあっさりを兼ね備えたものだろう。それぞれにおいしさがあって楽しめるというものだ。

 今度は大根おろしもいいかもしれないなあ。


「ごちそうさまでした」


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