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一条春都の料理帖  作者: 藤里 侑
日常
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第七十七話 ごぼう天うどん

 遠出にはあまり慣れてはいないが、電車には意外となじみがある。ちょっと遠くにある図書館にしょっちゅう行くからだ。

 書店に置いていない参考書や、買う前に読んでみたいけど学校の図書館では貸し出し中だった本なんかを借りに行く。結構大きな図書館なので蔵書数もなかなかのものだ。

 休日ではあるが、駅で電車を待つのは俺だけだ。何なら平日の方が通勤通学の人たちがいるので賑わっていると思う。

 ところどころボロボロになった掲示板、すっかり色あせた券売機、壊れて一つ使えなくなった椅子。決してあか抜けてないし、お店も入っていない、せいぜい自販機が一台あるぐらいの田舎の駅だが、嫌いじゃない。

 軽快なメロディとともにホームに滑り込んできた二両編成の電車に、乗客の姿はまばらだった。

 適当に座ってスマホをマナーモードにし、発車の時を待つ。

 電車特有のアナウンスが流れた後、ぷしゅーっという音がして扉が閉まる。そして少しすると、ゆったり、ゆったりと動き出した。

 流れ始めた景色に視線をやる。田んぼや畑の中に点在する家、動いているように錯覚する電柱、不規則に差し込む光、規則的にガタンガタンと揺れる車内。いつまでも同じ風景が続きそうでいて、徐々に見慣れない風景になっていく。

 田園から舗装された道路へ、まばらな家から街並みへ。

 ほんと、気づいた時にはまったく別の世界になっているから、不思議なものだ。ずっと見ているはずなのに、すっかり変わっているんだ。

 その逆もまた然り。見慣れない街から見慣れた町へ変わるのも落ち着くものだ。

 ふと自分の後ろにある窓の外に目を向ければ、また違った風景が見える。いつも目に入る看板とか、市街地にある学校のフェンスとか。あの学校、結構でかいんだよなあ。あといつも何かしらの横断幕が常にある。なんか強い学校なんかな。

 各駅停車でのんびり進む。乗り降りする人は少ないし、何なら無人駅もある。

 いい天気だなあ、とのんきに考えていれば、目的地に着いた。

 その駅はうちの最寄り駅の何倍も広いし、バスの停留所やロータリーもあるし、ていうかエスカレーターがあって下りたら百貨店につながっている。

 ここまでくればなかなかに人は多くなる。まあ、駅周辺にも病院やら遊戯施設やらがあるしな。

 目的の図書館はここから少し歩いたところにある。シャッター商店街、というか、呑み屋さんばっかりで夜にならないと賑わいのない通り。いくつか開いている店は不動産屋とか、婦人服屋とかだ。

 ところどころ舗装がはがれた道を抜けた先に、図書館はある。えんじ色のレンガ造りでとても古い。でも中庭とかはきれいに整備されている。

 館内は程よい明るさで、天井は高く二階は読書スペースになっている。めちゃくちゃ新しい設備、とまではいかないが、使い勝手は悪くない。入って左手が児童書コーナー、右手は新書や新聞、新刊コーナーになっている。

 他の本は館内の奥の方に、分類ごとに整理されている。途中途中に椅子や企画展示があり、一番奥には勉強スペースみたいなところもある。

 返却、貸出カウンターの近くには、本の検索ができるコンピューターが設置されている。

「えーっと……」

 前もってメモしておいたので、情報を打ち込んでいく。

 うん、借りたい本は全部あるみたいだ。どこに蔵書されているかメモをして、探しに行く。必要な本見つけたら、何冊か他にも借りていくか。

 静かな図書館は心地よい温度で、古い本の香りが充満している。充実した本棚をたどるのはとても楽しいものだ。

「これでいいかな」

 あまり借り過ぎても読み切れない。貸し出し期限は二週間なので、その間に読める分だけにしよう。

「お願いします」

 貸し出しカウンターで貸出手続きをしてもらって、持ってきておいた袋に本を入れていると、隣で聞き覚えのある声がした。

「すみません。この本、出してもらってもいいですか?」

 司書の人に話しかけているのはこれまた司書の漆原先生だった。黒縁眼鏡をかけているものだから、一瞬誰か分からなかった。

「ん?」

 先生はこちらに視線を向けると少し驚いたように目を開き、そしてすぐにほほ笑んだ。

「おや、一条君。奇遇だね」

「びっくりしました。何してるんですか」

「もちろん、本を借りに来たのさ」

 カウンターの奥から司書がやってきて、持ってきた本を先生に確認する。先生が頷くと、貸出手続きをして先生に本を渡した。

「どうも」

 場所を少しずらして話を続ける。

「実は家が近くでね、よく来るんだ」

「俺もしょっちゅう来てますけど、なかなか会わないものですね」

 そうだな、と先生はメガネを押し上げて笑った。

「今日は電車で来たのか?」

「はい。帰りになんか食って帰ろうと思ってます」

「そうかそうか。確かに、駅付近には色々な店があるからな」

 チェーン店から個人の店まで、確かに幅広くそろっている。いわゆるデパ地下みたいなところもあるな。結構雑多な雰囲気で、売られている総菜なんかはちょっと値は張るが買えない値段ではない。

「夕方まで待てば、行きつけの店が開くし、紹介してやれたんだがなあ。いい雰囲気の、老舗の居酒屋だ」

 ははは、と笑う先生。俺は思わず苦笑した。

「……俺は未成年ですよ」


 さて、どこで食おうかな。……なんて、もう決まっている。

 駅の改札のほど近く、出汁のいい香りが漂うその店には紺地ののれんがかかっている。そこには白抜きの文字で「うどん」と書かれていた。

「いらっしゃいませ」

 まだ昼前なので店内は空いている。カウンターの一角に座り、メニューを眺める。

 なににしようか。肉うどんとか海老天うどんも捨てがたいが、ここは……。

「ご注文、お決まりでしょうか」

「ごぼう天うどんとかしわおにぎりください」

 うどん屋さんは回転が速いので、頼めば結構すぐに出てくる。

 薄い斜め切りのごぼうの天ぷら。おいしそうだ。

「いただきます」

 まずはサクサクの状態で食べる。ごぼうの風味と食感がおいしい。

 麺は柔らかくていい。途中で切れそうになるが、一気にすする。出汁を一緒に口に含めば、ごぼうのうま味とねぎのさわやかさが相まっておいしい。

 ふやけたごぼう天もいい。ひたひたに出汁を含んでごぼうの風味が際立つ。

 かしわおにぎりは二つ。一つはそのまま。醤油と出汁の風味、鶏のうま味がおいしい。控えめな野菜もまたいい。

 もう一つはうどんを食べ終わった出汁に入れて、お茶漬け風に。この食べ方が結構好きだ。出汁も最後まで飲み干してしまうほどである。

 なんか甘いものも食べたくなってきた。うーん、おはぎを頼もうかなあ……。

 あ、そうだ。帰りに回転焼き買って帰ろう。百貨店の地下で売ってるやつがおいしいんだ。粒あん、白あん、カスタード……。冷凍すれば日持ちがするし、十個ぐらい買って帰ろうか。

 あと、焼きたてを一つ。何にしようかなあ。

 ……おや、どうやら、おはぎも持ち帰り可能らしい。

「――すみません」

 せっかくだし、買って帰ろう。

 どっちかなんて、今の俺にはちょっと選べそうにない。


「ごちそうさまでした」


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