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一条春都の料理帖  作者: 藤里 侑
日常
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第七十話 テイクアウトからあげ

 校外活動というものがある。学校周辺の清掃なんかをするのだ。

 ゴミ拾いが主で、クラスごとに場所が分担されている。まあ、清掃活動といっても普段から町の人たちが掃除はしているので、ほとんど散歩のようなものだ。現に、誰一人としてごみは拾わず、いつものメンバーで集まってだらだらと会話をしているばかりだ。

 両脇にケヤキの木が並んで植えられた道路には車が通っていて、俺たちの清掃担当場所は、その脇に伸びる歩道だ。

 去年は咲良と同じクラスで色々とだべっていたけど、今年は誰とも話さねえな。ゴミも一個も落ちてないし、暇だ。

 はじめは出席番号順に並んでいたものの、次第にばらばらになっていく。それに乗じて俺は列の一番後ろに行った。先生は一番前にいるし、前を行くやつらともだいぶ間隔をあけて歩けば、居心地がいいものだ。

 昼食後の午後、しかも暑すぎない気温で、歩いていても眠くなってきた。あくびが出る。

 ふと空を見上げれば、薄い雲が空を覆っていることに気づいた。九月とはいえまだまだ暑い日中もあるので夏気分は抜けないが、こういう空を見ると、秋が近づいているなあと思う。

 ……あ、トンボ。

 にしても暇すぎる。咲良と朝比奈のクラスはここからさらに離れたところにある公園――例の鴨たちがいるところだ――が担当だし、百瀬たちは俺たちのクラスが担当している歩道のその反対側だ。

 でもまあ、これだけぼーっとできる時間というのも贅沢な気がする。

 ん、風が気持ちいい。枯葉が濡れたような、秋のにおいがする。きんもくせいにはまだ早いか。

 過ごしやすい季節といえば、春か、あとは秋だろう。花粉症の人には酷な季節らしいけど。何でも夏にも花粉症の症状が出るんだとか。

 春と秋の違いは、やっぱり、これから暑くなるか寒くなるか、だろうなあ。春はずーっと寒かった空気がだんだん日光に温められていくようなイメージだけど、秋は日暮れって感じだ。夏の暑さがだんだん眠っていくような。

 過ごしやすくなるのはいいけど、ちょっと寂しい気もする。冬もおいしいものいっぱいあるし、空気も澄んで嫌いじゃないけど、ちょっと苦手だ。

 葉も随分色づいたものだ。夏の青々とした勢いはなりを潜め、さらさらと乾燥した音がするばかりだ。

 ふと、周囲の話声が遠くなる。やわらかく吹いた風は、まだわずかに夏の気配を含んでいた。


 折り返し地点に着くまでに大したごみは落ちてなかった。ここからは別のクラスと合流するらしい。一気に騒がしさが増す。あとは学校に帰るだけだが、この騒がしさはちょっと憂鬱だ。

 さっさと帰りたいなあ……。

「はーると」

「あ?」

 名前を呼ばれて振り返ると、よっ、と片手をあげて笑う咲良がいた。

「なんだお前か」

「なんだとはなんだ」

 咲良は俺の隣に並ぶ。

「帰りどっか寄ってかね?」

「どっかってどこだよ」

「んー、かき氷?」

 かき氷か……確かに魅力的だがなあ。

「なんか今、かき氷って感じじゃない」

「それはまあ、分かる。今日はそこまで暑くないもんな」

 ていうか別にどこかに寄って帰らなくてもいいのだが。まっすぐ家に帰っても俺は満足だ。

「なんかないかなあ」

 咲良は頭の後ろで手を組み、むう、と眉間にしわを寄せて考える。

「そんなにどこか行きたいのか」

「うーん、ていうか、ちょっと小腹が空いた」

「なるほど」

 それは分からないでもない。確かに少し腹は減っている。

 そう思うとどこかに寄ってもいいかもしれない。でもこの辺にちょうどいい店ってないんだよな。

「やっぱコンビニかなー……お、なあ、春都。あれなんだろ?」

「ん?」

 咲良が示した先は、この町でよく見かけるドラッグストアだった。たぶん俺が知っているだけでも四か所はある。

 その駐車場に一台、どう見ても買い物客のものではない車が停まっていた。

「キッチンカーか?」

 そう、それはここらではめったに見かけないようなキッチンカーだった。

 見ればのぼりも立っている。赤地に白抜きの文字で書かれているのは、おそらく店名だ。

「十々からあげ?」

「あー、なんか聞いたことある。ほら、よくショッピングモールとかデパ地下とかに入ってる店だよ」

「へー……そんな店がこんなど田舎に」

 俄然興味が沸くではないか。これがスイーツ系なら少し悩むところだが、からあげなら買うほかない。

「帰り、寄ってみねえ?」

 咲良の言葉に、俺は当然頷いた。


 キッチンカーはまるで屋台のようにも見えた。

 注文するところの前には看板みたいなのがあって、そこにメニューが書かれていた。

「何にする?」

「んー……」

 もも肉、胸肉、砂ずり、軟骨、手羽先、手羽中……いろいろな部位があるな。味付けも、塩、醤油、甘だれ、ピリ辛だれと様々だ。

 もも肉のからあげにしよう。だが、味が決まらない。塩もいいし、醤油も気になる。たれも捨てがたいなあ……。

「たれと醤油、半分ずつとかできねえのかな……」

「できるよ」

 ふと呟いた言葉に、お店の人が答えてくれた。

「あ、そうなんですか」

「たれも醤油も食べたい、っていうお客さん結構多くてね。味ごとに部位も変えられるよ」

 なんてことだ。それはとても魅力的ではないか。

 俺が悩んでいる間に、咲良は注文を決めたらしい。

「じゃ、俺、もも肉の塩とー、手羽中の甘だれ!」

 むぅ……よし、俺も決めた。

「もも肉の醤油と、手羽先のピリ辛たれ。お願いします」

「はーい、ありがとねー」

 受け取れば袋越しにも温かいのを感じる。いい匂いだ。

「帰りながら食おうぜ」

「そうだな」

 残った分は晩飯にしよう。

「いただきます」

 まずは醤油から。

 うちの味付けとは当然違う。スパイスも効いていて濃い味だ。それにカリッと具合がすごい。皮だけではなく、身の部分もカリカリしている。肉汁もジュワーッと勢いよく出てくる。ニンニクの風味が強いな。おいしい。

 タレの手羽先、表面にゴマがついている。皮目のカリカリに加え、タレのサクッとした食感がたまらない。ゴマのプチプチもいいな。甘辛いタレがおいしくて、ご飯が欲しくなる。

「うまー」

「んまいな」

 今度は違う部位も買おうかな。

 ここまで来たら全種食べたいものだけど、いったい何通りの組み合わせがあることやら。


「ごちそうさまでした」


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