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一条春都の料理帖  作者: 藤里 侑
日常
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第七話 餃子

「ほれ、うめず。おいで」

 俺がそう声をかけて腕を広げてやると、うめずは、ちぎれんばかりにしっぽを振って飛び込んで――いや、衝突してきた。

「ぐえ」

 結構な衝撃だ。俺は思わず後ろに倒れこむ。容赦なくじゃれついてくるうめずを撫でまわしながら、ぼんやりと天井を見上げる。

 五月の連休、いわゆるゴールデンウィークに突入したわけで、大量の課題をこなしながらも大した予定のない俺は完全に暇を持て余していた。テレビも特に面白い番組はやってないし、ゲームもそう長時間はやっていられない。

 はじめは手の込んだ料理でもしようかとも思ったが、結局は手っ取り早くシンプルな料理になってしまった。まあ、ゆっくり休めるのも悪くないか。うめずをこれだけかまってやるのも久しぶりだしな。

「うめず、暑い。ちょっと降りて」

 俺はソファに座りなおし、うめずはその横に丸まるようにして座った。

 薄くあけた窓からは風がそよぎ、淡く光が差し込んでいる。なんとまあ、平和な昼下がりだろうか。こんな天気の日は眠くなってしょうがない。

「……寝るか」

 うめずを枕にしてやろうと思ったその時、俺のスマホが軽快な音を立てた。どうやら電話がかかってきたらしい。

「誰だ?」

 画面に映し出されていた名前は「母さん」

「あ? 母さん?」

 通話ボタンを押し耳に当てる。次の帰宅予定日はまだ先だったはずだが、どうしたのだろうか。

「もしもし?」

 電話の向こうから聞こえる母さんの声はいつも通り元気そうだった。何やら背景の音は異様に騒がしいけど。俺は気にしないふりをして、相槌を打つ。

「ああ、まあ。元気にはしてる。そっちは? ……ああ、そう、よかった」

 お互いに安否確認をして、母さんは本題を話し始めた。

「え? 予定? いや、別に……相手もいないのにデートとかしないし。別に照れ隠しとかじゃなくて……ええ? うん……は⁉ 仕事は⁉」

 突拍子もないことを言い出した母さんにびっくりした俺の声に、さらにびっくりしたうめずがびくっと震える。俺はその背をなでてやりながら話を続ける。

「ああ、そう……何時に帰ってくんの? 五時? 飯は? ……分かった。うん。はいはい」

 一言二言話をした後、俺は通話を切ってうめずの方を向いた。きょとんと俺を見上げるうめずに俺は苦笑を向けると、頭をするりと撫でてやった。

「母さんたち、帰ってくるってさ」


 どうやら母さんは空港にいたらしい。そこで偶然父さんと会って、二人とも仕事が早く終わっていたものだから、家に帰ろうということになったらしい。

 午後二時、二人が帰ってくるまで三時間しかない。二人ともうちで食べると言っていたが今日は、というかしばらくは俺一人のつもりだったので、大した飯の材料はない。さあ、買い物に行かなければ。

 さすがに外に出るので、ちゃんとした格好に着替える。といっても無地のシャツにジーパンという至極シンプルなものだが。

「じゃ、ちょっと買い物行ってくるからな」

 さて、何が食べたいだろう。何日間かいるつもりらしいからなあ。

 自転車を漕ぎながら思う。まあ、月に何回かは帰ってくるので三人分の献立を考えるのはなんてことないが、こうも急に帰ってこられるとちょっと大変だ。

 ホットプレートでも出して何か作ろう。そうだ、餃子とかいいんじゃないか。せっかくフードプロセッサーも出したことだし、ちょうどいい。明日は残った分で水餃子を作るのもありだ。

 明日の晩飯は買い物をしながらでも考えよう。とりあえずひき肉と、キャベツだな。白菜でもいいけど、うちの餃子はキャベツだ。

 今日はキャベツが安い。せっかくだし二つぐらい買って、明日、もんじゃ焼きでもしようか。だったらイカ天も買っとこう。これを砕いてもんじゃに入れるとうまいんだ。あと、ラーメンの麺のスナック菓子。チキン味が俺のおすすめだ。コーンとかを入れてもいいかもしれない。それはうちに缶詰めあるし、いいだろう。

 ひき肉は豚肉にしよう。二パックも買えば足りるだろうか。皮は――いくつ買えばいいだろうか。一袋四十枚だから、まあ、三つぐらい買っておくか。作るの大変だなこりゃ。

 飲み物は……自分たちで酒でも買ってくるだろう。俺はコーラか何かでも買っておこう。

 あとは、ちょっとお高いドッグフード。両親が帰ってくる日はうめずにもちょっといいものを食べてもらうことにしている。

 会計を済ませスマホを見ると二時半を回っていた。今から仕込んでいれば帰ってくるまでに包み終わるだろうか。まあ、間に合わなかったときは手伝ってもらうとしよう。


 さあ、さっそく仕込みをしようか。

 フードプロセッサーでキャベツを次々みじん切りにしていく。塩もみをして水気を切っておかなければならない。結構水分が出るから絞るのが大変だ。

 大きめのボウルに肉を入れ、大量のキャベツも一緒にする。こうして見るとキャベツの量が半端ないな。

 チューブのニンニクとショウガ、酒に醤油に塩コショウ。オイスターソースとゴマ油を入れ、よくなじむように手で混ぜていく。ビニール越しに伝わってくる冷たさにはどうしても慣れない。

「さて、それじゃあ……」

 場所をテーブルに移し、でかいおぼんにラップをひいて皿の代わりにし、作った餃子をのせられるようにしておく。この量は皿じゃ追いつかない。

 はみ出さないが少なすぎず、適量を見極めながら肉だねを皮にのせ、皮の淵の半分に水をつけて包む。ひだを作るのは結構難しいが、別に店に出すようなものじゃないので中身が出てこなければそれでいいだろう。肉だねが余ればそのまま焼けばいいし、皮が余ればピザっぽいものが作れる。小さいころは円盤型とかも作っていたな。

 ちまちまと一人で餃子を作るのも嫌いじゃない。無心になれる。時々うめずが様子を見に来た時にふっと我に返って、体のこわばりを自覚する。

 結局、百二十個一人で作ってしまった。できあがった餃子にラップをかけ机の隅にやっておく。テーブルの中央には昔から使っているホットプレートを置いて、ついでに油をひき一回目に焼くぶんの餃子を並べておいた。あとはもう焼くだけだ。

 帰ってくるまでに片づけを終わらせて、風呂も入れておくとしよう。


「ただいまー!」

 五時ちょっと過ぎ。玄関から威勢のいい声が聞こえてきた。数時間前に電話越しに聞いた声だ。それに次いで今度は穏やかな声で「ただいまぁ」と聞こえる。俺はうめずと一緒に玄関に向かった。

「お帰り、父さん、母さん」

 何やらいろいろと荷物を抱えた父さんと母さんからそれらを受け取ると、二人ともそろってうめずを撫でた。

「まさかこんなに早く帰ってこられるとはね」

 そう明るく笑う母さん。栗色の髪をまとめるバレッタは、俺が昔父さんと相談して贈った母の日のプレゼントだ。目元が俺とよく似ていると言われる。

「元気してたか、春都」

 活発な印象の母さんとは違い、どちらかといえば穏やかでのんびりした印象の父さん。背の高さと髪質とかは父さんからの遺伝だと思う。

 ちなみに俺の名前は、母さんの都という名前と父さんの智春という名前から一文字ずつもらっている。

「うん、まあ。普通かな」

「そっかあ、普通が一番だよなあ」

「で、春都。今日のご飯は何?」

 帰ってきて早々そう聞く母さん。その後ろでそわそわしている父さん。これもいつもの光景だ。俺は思わず笑ってしまいそうになる。いや、別に笑ってもいいのか。

「餃子」

「おっ、いいね~。ビールに合うわ」

「楽しみだなあ」

「風呂入れてるから、先に入ってきたら」

 二人が交代で風呂に入っている間にテーブルのセッティングをしておく。ポン酢、ラー油、酢にコショウ、柚子胡椒も忘れちゃいけない。先に風呂に入った母さんも手伝ってくれたのであっという間に終わった。何回も台所とテーブルを往復しなくていいのは楽だな。

「春都、あがったよ」

「ん、じゃあ電源つけとくから。焼けたら食べてていいよ。多分焼ける前にあがってくると思うけど。途中でお湯入れといて」

「了解」

 俺は長風呂をするタイプではないので、やっぱり焼ける前に風呂が終わった。

 久しぶりに家族三人で席に着く。二人はもう酒を飲んでいた。風呂上がりの俺の足元にうめずがやってくる。器に今日買ってきたドッグフードを入れてやると、違いに気づいたのか何度もこちらを振り向いた。そう何回も確認しなくても、間違ってないし変なものは入ってないって。

 それにしても、テレビとかはついていないのに、にぎやかだな、なんか。

「さて、そろそろいいかな」

 やけどしないようにそっとふたを開ける。ブワッと湯気が上り、熱気が立ち込める。

 うん、ちょうどいい感じに焼けたようだ。

「じゃ、いただきます」

 手作りの肉だねは、ニンニクとショウガの風味が強すぎなくていい。ゴマ油がふんわりと香り、肉のうま味がよく味わえる。

 まずは酢とコショウ、そしてラー油でいただく。この食べ方はテレビで見たのを真似してみたものだ。前に一度やってみてすごくおいしかった。ちょっと強めの酸味がまずやってきて、追ってラー油の辛さがピリッとする。コショウも相まってむせそうになるけど、慣れればおいしい。ちょっと醤油やポン酢を垂らすと、酸味が幾分かマイルドになる。

 柚子胡椒はポン酢と一緒に。ラー油とは違う、きりっとした辛さと柚子のさわやかさが豚肉とよく合う。

 やっぱりシンプルにポン酢だけというのもいい。結局はここに落ち着くのだ。ご飯との相性はばっちりである。

「うん、おいしい」

「うまいな」

 二人が満足そうに食べてくれているので、百二十個がんばって作ったかいがあるというものだ。

「まだいっぱいあるし、明日も水餃子にしようと思ってる」

「がんばって作ってくれたんだなあ」

「いつもありがとね」

 素直に褒められたり、改めてお礼を言われたりすると、やっぱりなんかむずがゆい。俺はそれをごまかすように餃子を口に入れ、酢のにおいでちょっとむせた。

 父さんや母さんの話、それから俺の話をしながら飯を食う。その時間が何というか、やっぱり好きだなあと思った。


「ごちそうさまでした」


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