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一条春都の料理帖  作者: 藤里 侑
日常
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第六十三話 トースト

 風の音がすごい。

 雨も結構降っているが、とにかく風がすごい。

「すげー……」

 カーテンを少し開けて外を見れば、木は激しくなびいて吹っ飛びそうだし、どこかから何かが飛んできそうな気配さえしてくる。

 八月の終わりから九月にかけてはしょっちゅう台風が来る。あまりに強い台風であればそりゃ対策もするし心配もあるのだが、それよりも「もうこんな季節か」という気分の方が強い。何なら休校になるかなー、なんてのんきに考えている。

 ま、たいていの台風じゃ休校にはならないし、バスも電車も止まらない。それに、台風というものはなぜか、狙いすましたように週末に襲ってきて週明けには何事もなかったかのように、すがすがしい青空を置いてどこかへ行ってしまうものだ。

 カーテンを閉め、ベッドに腰掛ける。

 今度は俺の部屋からもベランダに出られるようになった。前の部屋には窓があったし、それでも十分よかったのだが、ベランダに出られるってなんかいいな。

 台所からも出られるようになったことだし、プランターで何か育ててもいい。でも俺、植物育てるの下手なんだよな。

「……暇だ」

 今日は花火大会だったのだが、この天気じゃ当然中止だ。

「ここからなら見えると思ったんだがなあ……」

 居間に向かえば、部屋が変わっても相変わらずソファの決まった場所でくつろぐうめずが目に入る。

「なんか腹減ったなー」

 うーん、なんかあったかな。とりあえず台所見てみるか。

「食パン……と、紅茶」

 うちではめったに買わないような、高そうな缶に入った紅茶。これは朝比奈からもらったものだった。こないだのお礼らしい。

 えんじ色、というのだろうか。濃い赤の缶には金色で、しかも筆記体で何か書かれている。おそらく紅茶の種類だろう。紅茶の種類も大して知らないし、筆記体も確かに読めないものだから、皆目見当もつかない。でも一応、朝比奈からもらった時に説明は受けた。これはダージリンと読むらしい。


「これ、お礼」

 学校で、俺と咲良、そして百瀬の三人そろって朝比奈に呼ばれたかと思えば、三つ、缶を見せられた。

 えんじ色と、群青色と、深緑色。

「これは?」

「紅茶」

 紅茶、と思わず声をそろえておうむ返ししてしまう。

 お礼で紅茶って、おしゃれかよ。

「姉さんに話したら、準備されてた。いや、俺も準備するつもりだったけど、先を越されて……」

「へー、ありがとな!」

 咲良はそう言って笑うが、俺たちの誰も、どれを選べばいいのか分かっていない。

「で、これはどんな味なんだ?」

 と、群青色の缶を指さして咲良が聞く。

「ああ、入れ物の色が違うだけで、味は同じ。ダージリンだ」

「だーじりん……」

 聞いたことはあるが、味の想像はつかない。俺、飲んだことあるか?

 そんな考えが顔に出ていたのだろう。朝比奈は丁寧に説明してくれた。

「ダージリンにもいろいろ種類があるらしいけど、これはミルクとかを入れずに飲むのがおいしいって聞いた。ホットでもいいけど、アイスティーでもおいしい。ちょっとブドウっていうか、マスカットみたいな味がするな」

「へえ、詳しいんだな」

「姉さんが紅茶結構好きで、さんざん話を聞かされたから、嫌でも覚える」

 マスカットの味がする紅茶か、ちょっと楽しみだ。

「まあ、飲んでみてくれ。このメーカーのは昔から買ってるけど、俺は結構好きだ」

「ありがとな」

 そのまま持って帰るのもなんだから、と朝比奈は袋をくれた。

 その袋がまた、ただのビニール袋ではなく触ったこともないような厚さと質感のものだったので、いったいどんな紅茶なんだと少し緊張したのだった。


 缶を開けてみれば、ティーバッグだったので少し安心する。茶葉だけだったらどうしようかと思っていたが、よかったよかった。

 それにしてもいい香りだ。ペットボトルのとは違う。……当たり前か。

「……ちょっと調べてみよ」

 スマホで調べてみれば、このメーカーのホームページがあったので見てみる。

「おー、これこれ。一緒の缶だ……って、うわ」

 どうやらダージリンとは高級な物らしい。

「こりゃ、ミルクティー向きって言われたとしても、牛乳入れる勇気ないわ……」

 アイスティーもいいけど、今日はホットにしてみるか。

 えーっと……とりあえずお湯を沸かそう。

「パンも焼くかあ」

 今日は厚めのを買ってきたので二枚にしよう。

 お湯が沸いた。カップは……いつものでいいか。アニメの企画展示があったとき、物販で買ったやつ。結構長持ちしている。

 ティーバッグをカップに入れて、お湯を注ぐ。入れ方も見つけたけど、ちょっと難しかったので、申し訳ないがそうさせてもらう。オレンジ色に近い茶色がとてもきれいだ。これでマスカットの味か……。

 パンも焼けたみたいだ。バターを持ってテーブルにつく。

 なんだか高級な朝食って光景だ。昼食だけど。

「いただきます」

 まずは一口、紅茶を飲んでみる。

 ……ものすごくいい香りだ。確かにマスカットの香りがする。柑橘っぽく感じるのはそのせいだろうか。いわゆるフルーティーというやつか。

 この味を十分に説明できるほどの術を俺は持たないが、これはおいしい。

 確かにアイスティーにもよさそうだ。

 さて、パンの方にはバターを塗って……じんわりと溶けるバターの色がきれいだ。分厚いパンはカリッと、そしてモチッとしていておいしい。

 紅茶も一緒に口に含めば、味わったことのない風味がぶわっと広がる。きっと高級な喫茶店やホテルの朝食はこんな感じなのだろうなあ。

「洋菓子とかにも合うんだろうな……」

 アフタヌーンティーというのだろうか、こう、三段ぐらいに積み重なったおしゃれなやつ。

 あそこまでいかなくても、それこそこないだのアップルパイとかよさそうだ。クッキーもいいかも。あ、漆原先生からもらったラスクもいいな。またもらえないかなー。

 少し冷めたパンはもっちり感というか、噛み応えが増す。染み出すバターのうま味がより際立つのだ。

 紅茶一つでこれだけ飯の雰囲気って変わるんだなあ。

 しょっちゅうは飲めないけど、ちょっと贅沢したいときとかにいいな。これはいいものをもらった。

 今度、とりあえずケーキ買ってこよう。


「ごちそうさまでした」


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