表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一条春都の料理帖  作者: 藤里 侑
日常
62/867

第六十二話 おにぎり

「おはよう!」

「おう。朝から元気だな、お前」

 引っ越し当日、玄関の扉を開ければ、そこには満面の笑みを浮かべた咲良がいた。

 台風前とあってか、空はどんよりと暗く風が生ぬるい。

「あら、おはよう」

 と、母さんが俺の後ろにやってくる。見れば父さんも一緒だ。ちなみにうめずはじいちゃんたちの家にいる。

「おはよう。えっと君が……」

「おはようございます! 春都君の友人の井上咲良です! よろしくお願いします~」

「咲良君ね、今日はありがとう」

 こいつ、妙なところで器用というか、愛想がいいんだよな……。

 母さんは俺の背をバシッと叩くと嬉しそうに笑った。

「いやー、まさか春都にこんな友達ができるなんてね!」

 すると咲良はにこにこしながら言ったものだ。

「僕としては親友のつもりなんですけどね」

「あら、そう?」

 ちょっと、俺が一番置いてけぼりを食らってんだけど?

 大きめの荷物は引っ越し業者に運んでもらっているので、俺たちはその他のこまごましたものを運ぶ。

 なんでも、もともとは上の階を希望していたらしいのだが、入居時に空いてなかったらしい。そこで上の階が空いたら連絡してもらえるように不動産屋に頼んでいたところ、この度連絡があったのだとか。

 それに、最初に引っ越した時、俺はまだ生まれてなかった。うめずもいるし、今までの部屋では手狭になったのもある。

「何階に引っ越すん?」

 よっ、と段ボールを抱えながら咲良が聞く。

「十階の角部屋」

「は?」

「十階」

 ここは三階で、このマンションは十階建てだ。

 すなわち、最上階に引っ越すことになる、というわけだ。

「へ~、めっちゃ大変じゃん。階段?」

「ばか言え。エレベーター使わんと身がもたん」

 とりあえず段ボールを二つほど持って、エレベーターに向かう。エレベーターは二つあって、そのうちの一つに咲良と連れ立って乗った。

「ふわってする」

「ちょっと気持ち悪いよな」

「簡易版ジェットコースター的な?」

 十階はやはり見晴らしがいい。結構遠くまで見える。

「あ、学校」

「すげー! ここ、いいなあ~。気持ちいい~」

 先に父さんと母さんが来ていたので、ドアは開けられていた。

 新しい部屋の玄関は、前の部屋のよりずいぶん広かった。玄関から入ってすぐの廊下、右手には収納とトイレと部屋が一つ、左手にも部屋が一つと洗面所、洗面所の奥に風呂場があるらしい。

 奥に行けば以前よりも広い居間が広がっていた。廊下から入ってすぐ、でかい窓が目に入り、右手にはまた一部屋ある。たぶん、そこが俺の部屋になるのだろう。空いたドアの向こうに、俺のベッドがある。

 ベランダも今度は二つある。

 そして左手に、台所が。ここも前より広い。しかもベランダの一つに直接出られるみたいだ。

 あ、それにここからなら、花火も見えそうだ。

「すげーいい部屋じゃん」

「な、ほんとに」

 エレベーターを使うとはいえ、往復するのは結構きつい。これ、荷物片づけるの、しんどいなあ。

 途中で咲良に後れを取ってしまった。くそ、なんか悔しいな。

 母さんと二人でエレベーターに乗る。

「咲良君、なんかいいね」

「そうかな」

 母さんは前を向いたまま話す。

「うれしかったよ」

「え?」

「春都、普段から友達の話しないでしょ? だから、こうやって連れてきてくれて嬉しかった」

「そっか」

 ふと視線を巡らせる。

「あー、えっとさ」

「うん」

「今度、他にもあと二人……朝比奈と百瀬ってやつなんだけど、部屋引っ越したら遊びに来るって言ってた」

「あら、それはいいね」

 母さんは俺の方を向いて笑った。俺も思わず頬が緩む。

「咲良が、人生ゲーム持ってくるって」

「あっはは! いいじゃんいいじゃん! 私も参加したいわ~。人生ゲームなら、お父さんも誘っちゃう?」

「二人とも容赦ないだろ……」

 一段落したところで、昼食休憩にする。

 重箱みたいな弁当箱を新しい部屋の居間で開ける。ダイニングテーブルはもう使えるので、いつも通り座り、咲良は俺の隣に座った。

「いただきます」

 ぎゅうぎゅうにつまった、俵型のおにぎり。すべて丁寧に海苔が巻かれている。もう一段にはおかずが、これまためいっぱい詰め込まれている。からあげ、豚の天ぷら、たくあん炒めに卵焼き。最強の布陣かよ。

 しかも使い捨ての皿と割りばしまで一緒に入れてくれているので、すぐに食べられた。

 まずおにぎりを一つ。小さな梅干しが種ごと入っている。ん~、すっぱ! でもどこかフルーティでおいしい。

 こっちは……かつお節だ。醤油の加減がちょうどいい。

「春都が作ってくれた弁当も、おにぎりだったよな!」

 咲良がおにぎりを一つ取りながら笑って言った。

「なんか作ったって言ってたね」

 父さんもその話に乗ってくる。

「まあ、大したのじゃないけど」

「めっちゃうまかったっす!」

「あら、よかったじゃない」

 なんかむずがゆいので、ごまかすようにもう一つおにぎりにかぶりつく。こっちは鮭フレークだ。しょっぱさと鮭のうま味がおいしい。

 からあげは醤油が香ばしい。これ、ばあちゃん特製のニンニク醤油だな。うま味が段違いだ。豚肉もきっと同じ醤油を使っているんだろうけど、また違った味わいだ。生姜が入っているんだろうな。

 そして、なんといってもたくあん炒め。これこれ。何も入っていない塩おにぎりと食うのがいい。ごまは香ばしく、食感も最高だ。にじみ出る甘さがたまらない。

 卵焼きも、俺が焼いたのや母さんが焼いたのとはまた違う。甘いのは一緒だけど、なんとなく味わいが違うのだ。

 俺もずいぶんうまいこと作れるようになったけど、やっぱり敵わないよなあ。

「このたくあん、初めて食ったけどうまいな」

「だろ? 俺、これがあればご飯いくらでも食える」

「分かるわぁ」

 咲良と話していると、父さんと母さんが嬉しそうにこちらを見ているのに気づいてしまった。なんか、変な感じするけど、悪い気はしないからまあいいか。

 今度、朝比奈と百瀬も来るときは、二人がいる日を選ぼうかな。たぶんゲームをすれば参加してくるだろうし、俺も含めて容赦なく叩きのめされるだろうけど。

 それもまあ、悪くないかな。


「ごちそうさまでした」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ