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一条春都の料理帖  作者: 藤里 侑
日常
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第五十九話 焼きとうもろこし

「なんか夏らしいことないかな~」

 サクッ、とブルーハワイらしい水色のシロップがかかったかき氷にスプーンを入れながら、咲良が言った。

 以前行ったかき氷屋がテイクアウトを始めたので、それを買ったのだ。今日は朝比奈と百瀬も一緒だ。

「この日差しも十分夏らしいよ」

 あまりの暑さに前髪を上げた百瀬は、爽やかな黄色のシロップに染まった氷を口に含んで苦笑した。レモン味も食ったことないなあ、そういえば。

「その髪ゴム、えらくファンシーだな」

「妹が貸してくれた~。ウサギかイチゴかの二択だったから、ウサギにした」

 かき氷屋の近くにある児童公園の中央にはでかい木があって、その周りはぐるっと一周ベンチになっている。俺たちはそこに並んで座った。きらきらと揺れる木陰がきれいだ。

 今日も今日とて、俺はイチゴにした。夏祭りなんかでよく見るようなかき氷の器に盛られた氷は、ピンクにも近い赤に染まっている。なんだかんだ言って、結局イチゴを選んでしまうんだよな。イチゴ以外の味を最後に選んだのはいつだったか。

 しかし今日は練乳がけだ。なんだか今日は濃い味が食べたかった。トロッとした練乳が氷にまとわりついて、とても甘い。イチゴとよく合うんだよな。

「夏休みが終わる前に、なんか夏らしいことしたい~」

「……夏休みが終われば、うちは静かになる」

 ぼそっと朝比奈はつぶやくと、濃い緑色の氷をすくう。抹茶味、小豆付きだ。

「治樹、元気にしてる?」

「まあな……」

 暑さでみるみる氷が溶けていくようだ。練乳もなんとなく薄くなった気がする。

 夏休み中の小学生の集団が駆け抜けていく。無邪気な笑い声と要領を得ない話声が公園に響いていた。

「夏といえばやっぱ海かな?」

 と、咲良はひらめいて、顔を輝かせた。海かあ……。

「盆過ぎたらクラゲ出るらしいぞ」

「じゃあ、プール! 流れるプールとか面白そう!」

「小さいころ行ったけど、イモ洗い状態だったよ~」

「うぅ~、じゃあ、キャンプ!」

「蚊の餌食になる……あと、そんな暇はない」

 咲良は「ん~」とうなってうなだれる。

「そっかぁ……」

 公園の近くにはコミュニティセンターなるものがある。何かしらのイベント会場になったり、いわゆるお稽古ごとの教室として使われたりする場所だ。今日は小学生の子どもがせわしなく出入りしてる。

「あ、そういや一条、引っ越すんだって?」

 百瀬がふと思い出したように聞いてくる。

「ああ、まあ。つっても、階数が変わるだけだがな」

「上の方に行くんでしょ? 見晴らし良さそ~。いつ引っ越すの?」

「今月中。俺が夏休みの間にしようって話らしい」

「そっかあ。早いとこお邪魔したいなー」

 そう話していると、突然咲良が立ち上がった。

「よっしゃ! 決めた!」

「んだよ、急に大声出すなよ」

 日差しを避けるように木の根元に集まっていたスズメが二羽、木の上に飛んでいった。

 咲良は意を決したようにガッツポーズをすると、俺に向かって宣言してきた。

「俺、お前の引っ越し手伝う!」

「はぁ?」

「だって夏休み中だろ? 俺、特に予定ないし、大変だろうし! な!」

 突然何を言い出すかと思えば、なんだこいつは。

「いや、別にいい」

「そんなこと言うなって! 夏らしいことしたいじゃんか!」

「引っ越しが夏らしいって、何だお前」

「ていうか平日とは変わったことがしたいだけで、夏らしさは二の次な部分もあるけども」

 えー……、と渋ってみるが、咲良はあきらめそうにない。

「親もいるけど」

「迷惑じゃないか聞いてみといてくれ!」

「……分かったよ」

 どうやら本気で来たいらしい。

 まあいいや。来るなら来るで、こき使ってやろう。その分楽してやるからな。


 帰りに店に寄って、アップルパイを渡した。お世辞にもきれいなラッピングではないが、じいちゃんもばあちゃんも喜んでくれた。

「ちょっと待ってて」

 そう言ってばあちゃんはいったん奥に引っ込むと、次に出てきたときにはビニール袋を持っていた。

「何それ」

「とうもろこし。よかったら食べて」

 皮もひげもついたままのとうもろこしだ。すげえ、店で見かけても滅多に買わないやつだ。

「わー、ありがと」

「茹でただけでもおいしいし、天ぷらにしてもいいよ」

「あとはあれだ、焼きとうもろこし」

 じいちゃんが修理をしながら言った。するとばあちゃんも「いいね」と同意する。

「焼きとうもろこし、醤油で食べたらおいしいよ~」

 何だそれ、絶対おいしいに決まってる。

 よし決めた。今日、焼きとうもろこし食おう。

「ありがとう。さっそく今日、食べるよ」


 とうもろこしのひげって、お茶があったよな。ひげ茶。ていうかとうもろこし茶が結構好きなんだよな。甘くて。

 さて、それじゃやりますか。

 まずは皮をむいて洗う。そして焼く前に茹でる。茹でなくてもいいらしいけど、茹でた方が、均等に火が通っていいらしい。

 オーブントースターで焼くやり方もあるが、今日は網で焼いてみる。うちにはなぜか、焼き網があるのだ。たぶん、父さんか母さんが買ったんだろうな。

 いくつ食べられるかなあ、とりあえず二つかな。うん、あったかい方がおいしいし、二つにしよう。あとで食べられそうだったら追加で焼こう。

 うまく焼けるといい。そうそう、途中で醤油をぬって……おぉ、ジュワっていった。

 なんか、縁日みたいだ。いいにおいがする。

「もういいかな……」

 皿に移す。めちゃくちゃ熱い。

「いただきます」

 素手で持つのは難しい。カブリと思いっきり噛みつけば、香ばしい醤油の香りがぶわっときた。かと思えばとうもろこしの甘いジューシーな汁があふれ出す。

「あっつい」

 ものすごく熱い。でも、おいしい。

 しゃっきしゃきの食感がたまらない。これは天ぷらや茹でただけのとうもろこしでは味わえないだろう。

 少し冷めてもおいしい。ギュッと味が凝縮している気がする。

 とうもろこしは日持ちしないらしいし、天ぷらとか、茹でただけのもやってみよう。

 でもやっぱ、焼きとうもろこしもまたしたいな。焦げた醤油の香りととうもろこしの甘さという組み合わせ、恐るべし、だ。

 そりゃ縁日で買いたくなるわけだ。

 まさに夏の醍醐味、夏らしいおいしさだな。


「ごちそうさまでした」


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