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一条春都の料理帖  作者: 藤里 侑
日常
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第五十七話 骨付きからあげ

 ほとんどの生徒が部活に行くなり、帰るなりした後の静かな廊下には、パイプ椅子が二脚置かれていた。三者面談の待合席だ。俺はそのうちの一つに座り、ぼーっと空を眺めていた。入道雲、でっけぇなあ……。

 てか、こんなくそ暑い中で待たせんなよ。

 どこかから吹奏楽部の演奏する楽器の音が聞こえてくる。教室では前のやつが面談をしているが、ぼんやりとなんかしゃべってるなーぐらいにしか聞こえない。

「春都」

 名前を呼ばれ、視線を廊下に戻す。

 いわゆるよそ行きの洋服を着た母さんが、汗をぬぐいながら立っていた。

「おー」

「暑いね~」

 そう言って母さんは俺の隣に座る。他の教室の前でも親と一緒に待つ生徒の姿があった。

「なんか緊張するね」

「そうかなあ」

「なんて言われるかな。楽しみ~」

 俺よりも母さんの方がそわそわしている。

 俺は特別緊張も何もしていない、と、思う。なんていうか、聞かれたこと答えりゃいいかなーって。

 それよりも俺は、今日の晩飯が気になる。

 昼飯はコンビニで簡単に済ませた。家に帰ってもよかったのだが、どうせすぐに出なきゃいけないし、と、面談が始まる前の教室でササッと食べた。

なんか爆弾おにぎりっていうのがあったから買ってみたけど、ご飯の量がすごかった。具材は鮭と昆布と高菜と梅。全部一緒くたになっていて、これ大丈夫かと思ったが、案外いける。鮭の塩気と、昆布のうま味、高菜のピリッとしたアクセントに、梅の酸味。

 海苔で覆われた見た目は確かに爆弾みたいだった。これ、俺も作れるんじゃないかな。今度好きな具入れて作ってみよう。

 今日の晩飯は母さんが作ってくれるらしい。何を作ってくれるのかなーと思う。

「昼は食ったの?」

「食べたよー。面談中にお腹鳴ったらいけないからね」

 確かに、俺も普段、授業中に腹が鳴らないように気を付けるのに必死だ。だから昼飯とは別にパンやお菓子を持って行っている。

「あ、終わったかな」

 椅子をひく音がして、教室から前のやつが出てきた。

「友達?」

「んー、話したことあったかな……?」

 小声で聞く母さんにそう答えると、母さんは少し笑った。

「そう」

 そういや俺、教室で誰かと話してっかなあ。ほとんど咲良としか話してない気がする。

 ……そういうことも聞かれんのかな。そう考えたら急に緊張してきたぞ。


 面談が終わって帰宅し、俺はソファに横になってぼーっとテレビを見ていた。時折うめずがテレビの前を行ったり来たりする。

 午後のワイドショーでは、夏休み後半でも間に合うお出かけスポット、と題して全国各地の観光地が特集されていた。親子連れにおすすめだとか、カップルにおすすめだとか、中でも多かったのは友達との思い出作りにおすすめ、という括りだった。

 友達ねえ……。

 やっぱり聞かれた。三者面談で。クラスの人とあまり話していない、と。ていうか進路の話より、そっちの話の方が長かった。

 別にこちらから話を振ったわけでもないのに延々と語られ、母さんも少し困惑していたように思う。いや、困惑というか、半分聞いていなかったな、あれは。

 確かに必要事項以外は話さないし、移動教室も一人で行く。でも俺、困ってないし。

「まあ、他のクラスには友達がいるようですが……」

 友達と呼んでいいのか分からないが、おそらくそれは咲良のことだろう。もしかしたら朝比奈や百瀬のことも言っているのかもしれない。でもたぶん咲良だな。

 そうだよ。俺はそれで困ってないんだよ。それでいいじゃんね。

「は~」

 映画を見に行った時にゲットした、例のモチモチぬいぐるみに顔をうずめる。ちょっと息苦しい。

「くぅん」

「んあ? 大丈夫だぞ~」

 うめずがスンスンと鼻を鳴らして近寄ってきたので片手で撫でてやった。するとうめずは自分から頭を押し付けてくるようにしてきた。

「な~、別にほっとけってなあ~。困ってんなら言うしな~」

「わふっ」

「お前は優しいなー」

 ひとしきり撫で繰り回した後、がばっと起き上がる。ちょっとうめずがびっくりしていた。ごめんごめん。

「お、ふっかーつ」

 台所で晩飯の準備をしていた母さんが笑った。

「いやなんかもう、いつまでもうじうじするのめんどくさい。飽きた」

「それでこそ私の息子」

 考えてもしょうがないことうじうじ考えて、もやもやしたまま飯を食うのは俺の信条に反する。

 飯は、楽しく、おいしく食わねば。

「で、今日の晩飯何」

「ふふん、なんでしょう」

 今覗き見るのもいいが、楽しみに取っておくのもまた乙なものだ。というわけで俺はうめずと遊ぶことにした。

 空腹もまた、飯をうまくするスパイスだ。


「うぉあ」

 食卓に出されたのは、でかい骨付き肉のからあげだった。あれ? 今日ってクリスマスだったかな?

「さー、いっぱい食べて元気つけて!」

 母さんはすがすがしい笑顔で言ったものだ。

「うまそう……え、でも何で急に?」

「いやー、春都には体力つけてもらわないと、今度活躍してもらうからね」

「え、何」

「引っ越しよ、引っ越し」

 ……? は?

「引っ越し?」

「そ、引っ越し」

 嘘だろ、引っ越しってそんな急にするものなのか? ていうかどこに? なんで?

 何の脈絡もなく飛び出した単語に頭の中が混乱していると、母さんは椅子に座りながら平然と言ってのけた。

「といってもまあ、上の階に移動するだけなんだけどね」

「上の階に? ……このマンションの?」

「うん。ま、詳しいことはまたおいおい話すから、冷めないうちに食べよう」

 えぇ、何それ。すっごい気になるんだけど。

 ……でもまあ、もやもやしながら飯を食うのは俺の信条に反するので、切り替えなければ。

「いただきます」

 カリッカリの皮目、すごく魅力的だ。

 がぶりと噛みつけば、弾力のある身から肉汁がこれでもかと溢れてくる。めちゃくちゃ熱い。けど、食べる。

 香ばしい皮目と身の部分を一緒に食べる。パリッとモチッと、そしてジュワッと。口の中が贅沢極まりない。醤油と酒、ニンニク、ショウガというシンプルな味付けがとてもいい。

 レモンをかければさっぱりといける。

 これ、たぶんわさび醤油が合うな。身の部分につけて……うん、思った通りだ。醤油の味が鶏肉のうま味を引き立てて、ワサビの辛さがすがすがしい。

 ご飯も進む。もう二杯おかわりしてしまった。一枚がでかいから、なんというか、すごく楽しい。

「おいしい?」

「んまい」

 そうだよ、俺はこうやってうまい飯を食うのが好きなんだ。

 それで幸せなんだからいいじゃないか。


「ごちそうさまでした」


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