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一条春都の料理帖  作者: 藤里 侑
日常
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第五十四話 お子様ランチ

 人は驚くと、とっさに声が出ないものだ。

 目の前には立派な門と生垣と壁。え、なにここ。俺すげーラフな格好で来ちゃったんだけど、着物とか着なくていいの?

「朝比奈のうち、でっけぇ……」

 そう、咲良が言うように、ここは朝比奈の家だ。

 甥っ子の世話の手伝いをするために朝比奈の家に来た俺たちだったが、百瀬に案内された先は想定外、規格外の日本家屋だった。

「医者の家系だからねー」

 百瀬は何でもないように、どでかい門をくぐる。俺と咲良はその後ろを慌ててついて行く。

「やべえな。池あるぞ。ぜってぇ錦鯉泳いでるよ」

「こっち松がある。え、何あれ。燈篭?」

 玄関もまた立派なもので、なんていうか、料亭みたいだ。行ったことないけど。

 百瀬が慣れた手つきでチャイムを鳴らす。そのチャイムだけは見たことがあるが、この空間ではむしろ異彩を放っている。

「来たよ~」

 間延びした声で百瀬が告げると、少しの沈黙の後、鍵が開き、引き戸がからからと横にスライドした。

「……よう」

 そこには見慣れたやつの姿があった。ただし、そいつはとてもやつれていて、背中には一人、小さな子どもの姿が。

 その子どものつぶらな瞳はきらきらと輝き、暴れまわったのか、髪の毛はぼさぼさだ。いや、ぼさぼさなのは朝比奈も同じか。

「まあ入れ」

「おじゃまします」

 それにしても、お金持ちの家の玄関には、必ずと言っていいほど木の板が飾られているのはなんでだろう。


 通された部屋はこれまたずいぶん広い和室だ。自力で玄関に戻れる自信がない。ちなみに貴重品は朝比奈の部屋に置かせてもらった。

 話を聞けば、いつもはお手伝いさんがいるのだが、今日はみんな都合が悪く、家には朝比奈と甥っ子――治樹だけしかいないのだという。お手伝いさん、お手伝いさんがいるのか……。

 聞いているのかいないのか分からないが、一応俺たちも名乗る。すると治樹は俺を指さして言ったものだ。

「名前、俺と似てる!」

「はると、はるき……。確かに、一文字違いでややこしいな!」

 咲良はそう言って笑った。

「そんなことはないだろ……」

 俺がそう呆れていると、治樹は朝比奈にもたれかかり、俺を指さしたまま「春ちゃん!」と叫んだ。

「は?」

「春都だから、春ちゃん!」

 突拍子もないその言葉に、咲良も朝比奈も百瀬も吹き出した。

「いいな! 春ちゃん!」

「春ちゃんいいね~、そう呼ぼう!」

 咲良と百瀬が呼ぶのはともかく、朝比奈も「春ちゃん……」とつぶやくものだからどうしようもない。

「じゃあ他のやつらはどうなんだよ」

 治樹に聞けば「えー、貴志とー、優太とー、咲良!」と答えるではないか。

「普通じゃねえか。じゃあ俺も春都でいいだろ」

「ちがうし! 春ちゃんだし!」

 子どもの考えることは分からん。釈然としないでいると咲良が俺の背中を叩いた。

「まーまー、いいじゃん。な? 春ちゃん」

「お前はその名前で呼ばなくていいだろうが」

「だめ! 俺が言った名前でみんな呼ばないといけないんですー」

 と、治樹は口をとがらせる。

 初対面で申し訳ないが、なんだこの生意気ながきんちょは。世の小学二年生って、こんななのか? 俺もこんなだったのか?

 ……ここは俺が折れるしかないのか。治樹はいたずらっ子らしい目で笑っていた。

「ねー、暇なんだけど、あそぼーよー」

「何すんだ」

 朝比奈が治樹をたしなめようとするが、治樹はその朝比奈の腕からぬるりと抜け出す。

「えっとねー、ゲームとかー、追いかけっことかー、かくれんぼとかー、おにごっことかー、サッカーとかー」

「分かった、まずは何がしたいんだ」

「追いかけっこ!」

 かくして治樹のわがままに振り回される一日が始まったのだった。


「おなかすいたー」

 ひとしきり駆け回った後、治樹はそう言って寝転がってしまった。百瀬が作ってきたクッキーもしこたま食ったというのに。ココア味、うまかったなあ。もうちょっと食べたかった……。

「お子様ランチ食べたい!」

 ボロボロになった俺たちに無茶をいうものだ。

「わがまま言うな」

「やーだー。食べるもん!」

 朝比奈があきれたように、じたばたする治樹を見る。そうか、お子様ランチか……。

「俺作ろうか」

 俺の申し出に朝比奈は驚いた表情をし、そのそばで暴れまわる治樹は「まじで⁉」と目を輝かせた。朝比奈は首を横に振った。

「いや、そんな申し訳ないって」

「どうせ俺たちも飯食わなきゃいかんだろ。台所使っていいなら、なんだが」

 それに、常日頃いいもん食ってるだろうちびっこの舌に合うものが作れるとは分からんが、食いたいもんは食いたいよなあ。

「……いいのか?」

「まあ、大したもんは作れんがな」

 というわけで、朝比奈とともに台所に向かった。

 家が規格外なら台所も規格外ってわけか。うちの何倍の広さがあるんだろう。

「冷蔵庫のものは好きに使っていいから」

「おー、分かった」

 さて、お子様ランチといえば、なんだろう。ナポリタン、旗が立ったチキンライス、ウインナー、エビフライ、ハンバーグ……結構豪華だよな。

「こんな感じでいいか」

「うん、あいつ好き嫌いもアレルギーもないから」

「好き嫌いないのか。それはいい」

 献立を朝比奈に相談すると、それに使う材料を準備してくれた。

 ナポリタンはばあちゃん直伝のもの、これが結構味が濃いのでチキンライスはケチャップライスにしよう。旗もあるらしい。何でもあるな、この家。

 ウインナーは見たことのあるメーカーのものでちょっと安心した。ハンバーグはオーロラソースにしよう。エビフライは冷凍のものを使わせてもらう。タルタルソースだよな、ここは。なんでも、治樹の昼ご飯をまかなうために、治樹の母親である朝比奈の姉がいろいろと買いそろえてくれていたらしい。

 治樹の分はお子様ランチっぽく、俺たちの分は量を多めに、ちょっとおしゃれに盛り付ける。

「すげぇ、お子様ランチだ」

 朝比奈が感心しながら、旗を立てる。

「さて。こんなもんでいいか?」

「もうばっちり。ありがとな」

 見れば俺たちの分にまで旗が立っている。思わず立ててしまったらしい。その光景はなんだか滑稽で、思わず二人で笑ってしまった。


「お子様ランチだー!」

 治樹は全身で喜びを示す。咲良と百瀬も「おぉ」と驚いた様子だった。

「すげー、ちゃんとお子様ランチだ」

「俺たちの分はおしゃれなランチプレートって感じ!」

「……なんかお前ら、さっきよりやつれてねえか?」

 飯作ってる間に何があったんだ。

 ……まあいいか。俺たちも随分腹が減った。さて、さっそく食べるとしよう。

「いただきます」

 ずいぶん大きなエビフライから。うわ、ぷりっぷり。衣と海老の比率がちょうどいい。タルタルソースがえらく上品に感じる。

 ハンバーグは俺の味付けなので、なじみがある。うん、ふわふわでうまい。オーロラソースがよく合うんだなあ。ウインナーも慣れた味でちょっと安心するな。

 ナポリタンは茹でたばかりの麺を使ったが、これはこれでおいしいものだ。やっぱりバターの風味が最高だ。

「え、なにこれ。ナポリタンうまっ」

「ほんとだ! バター? おいし~」

「店の味みたいだな」

 どうやらみんなにも好評らしい。治樹も一心不乱に食っている。

「ばあちゃん直伝」

「最強かよ」

 ケチャップライスはナポリタンの後に食うとさっぱりした感じがする。

 うん、結構うまくできたんじゃないか?

「ほら、治樹落ち着いて食え」

 朝比奈がケチャップまみれの治樹の口のまわりを拭いてやる。慣れたものだなあ。

「めっちゃおいしい! これ、おいしい!」

「そうか、よかったな」

「うん!」

 おいしい、という言葉は最高の感謝の言葉だと俺は思う。

 まあ、なによりこんだけいい顔してきれいに食ってもらえりゃ、うれしいものだ。

 さて、飯を食ったら体力も回復するわけだから、また昼からは騒がしくなるのだろう。その辺については腹をくくっているわけだが……。

 せめて食後は、少しだけゆっくりさせてもらおうか。

 たぶんこれは、治樹を除く全員の総意だと思う。


「ごちそうさまでした」


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