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第四百八十話 お好み焼き

 食に関する論争は多々ある。そりゃ、人それぞれ好みがあるし、それは仕方のないことだと思う。お互い尊重しあって、楽しく、好きなように、飯を食えたらいいよな、と思う。

 しかし、どうして人は争いたがる。己の趣味嗜好こそ正義だと言い張る。

 場所は放課後の図書館。利用者は少ないが昼までに返却された本が多いと聞いて、咲良と二人で片付けの手伝いにやってきた。そこで、争いは始まった。俺と咲良の前で、二人の利用者が火花を散らす。

「いやいやいや、粉ものはおかずになるだろ!」

 と、勢いよく言う勇樹。

「おかずになるわけなくない? それだけで十分だって」

 と、冷静な宮野。

 事の発端は雑誌だ。あちこちのうまいものを特集した雑誌で、その中にはお好み焼きやたこ焼きなんかも載っていた。それを勇樹と宮野は二人で見ていた。すると、おもむろに勇樹が言った。

「お好み焼きと白飯ってうまいよなー」

 その言葉を受け、宮野が返した。

「え? お好み焼きに白米? 重くない?」

 そこから空気が怪しくなり始めたのだ。

 勇樹と宮野の会話を離れた場所で聞いていた俺たちにもそれは分かった。近くにいた漆原先生は「おやおや、これは」と少々めんどくさそうな、その実、面白そうな表情を二人に向けながら、そーっと詰め所に戻っていく。

「たこ焼き丼ってのもおいしいよな」

 声を潜めて咲良が言う。

「ああ、分かる」

 それに対して、小声で返事をする。咲良は小声でまた話す。

「でもさ、お好み焼きとかたこ焼きだけで十分ってときもあるよな」

「なんだかんだいっても、炭水化物と炭水化物だもんな」

 要するに、おかずにもなるし、どちらかだけで満足ってときもある、というわけだ。しかし二人は一度言い張った以上、意地になってしまい、論争へと発展したわけだ。

「分かってねえなあ、健太ぁ」

 やれやれ、というように首を横に振りながら勇樹は椅子に座り、足を組んで背もたれに手をかけると、得意げな表情を浮かべて話し始める。

「あのソース味には白米。合わないわけがない、合わせない理由がない。食べ応えも十分だし、何よりうまい」

 一方の宮野は、呆れた表情を勇樹に向け、壁にもたれかかると腕を組み、勇樹を見下ろすように視線を向け、言った。

「お好み焼きだけで十分でしょ。あれだけのボリューム、どうしてご飯を合わせる必要がある? たこ焼きだってそうだよ。あれで完成した料理なんだよ」

 まあ、両者の言い分は分からなくもない。

 本はすっかり返却されたが、まだ当番の時間は余っているので、カウンターに座り、咲良と二人で論争を見届けることにした。

「じゃあお前、うどんとかしわのおにぎりはどう説明つけるんだよ」

 勇樹の言葉に咲良が「おお、うどんに飛び火した」と冷静に実況を入れる。宮野は勇樹の問いに、当たり前のように答えた。

「うどんとおにぎりは、ボリュームがちょうどいいんだよ」

「それを言うならお好み焼きだってそうだし?」

「いやいや、同列に語れるボリュームじゃないでしょ」

 そういや確かに、うどんとおにぎりも炭水化物同士だけど、そこまで考えないよなあ。やっぱ慣れなんかな。それか、宮野の言う通り、ボリュームのバランスがいいのか。うむ、分からん。まあ何でもかんでも説明がつけば苦労しないか。

「大体、ナポリタンとご飯ってのもよく入るなあと思うよ。おいしそうではあるけど、ナポリタンがおかずってのは、僕はちょっと」

 宮野は、ふう、とため息をつく。それを聞いて、咲良が「はは」と笑う。

「おっ、今度はナポリタンに飛び火したねえ」

「延焼しまくってんな」

「ねー」

「こちらの会話は、なかなかに平和だな」

 詰所から出てきた漆原先生が、楽しそうに笑って言った。

「君たちは参加しないのか?」

 そう聞かれ、咲良と顔を見合わせると、揃って先生を見上げた。

「いや、俺はいいです。飯は争うもんじゃないですから」

「俺もそこまで譲れないポリシーがあるわけじゃないし、遠慮したいっすね」

 二人の論争は続き、今や論争の始まりは何だったのか分からないくらいにまでなってしまっていた。もうやめておけばいいのに。

「なんていうかさあ」

 咲良が頬杖を突き、少し飽きたような薄ら笑いを浮かべ、二人に視線をやる。

「もうどっちでもよくね?」

「どっちでもいいな」

 近くに置いてあったパンフレットを手に取る。『この冬読みたい本百選!』か。冬の間に百冊も読めるかな。

「おかずにしたけりゃ、すればいいんだよ」

 そう言えば、咲良は「ねー」と相槌を打った。

「どっちかだけで腹いっぱいなら、それだけにすればいい」

「ねー」

「争うだけ野暮ってもんだ」

「ほんとにね。意地になって続ける争いは、何も生まないよねー」

 こういう時、何でも食える性分でよかったなあ、と思う。

 こだわりがあるのも結構なことだが、あまりこだわりがないのも楽なものである。何せ、何でも楽しめるのだからな。


 あんな論争を聞いたものだから、お好み焼きを食べたくなってしまった。焼くのはちょっと手間なので、レンチンして食えるやつにする。昨今の冷凍食品には感謝である。

「いただきます」

 今日は、白米も合わせよう。腹減ってるし。

 お好み焼きにはソースとマヨネーズ、そしてかつお節を。ああ、いい香りだ。箸を入れた時の感触がまたやわらかくていい。

 うん、ほわっほわで熱々、やわらかい口当たりが最高だ。ソースがなじみ、濃い味になりつつも、生地そのものの味わいもまた十分だ。キャベツのみずみずしさは程よく、しんなりと甘く、わずかばかりの焦げ目が愛おしい。

 白米の上にバウンドさせて、食べる。こういう食べ方もいいもんだ。ソース味とお好み焼きそのものの味をうっすら感じる白米。この味わいは、お好み焼きと白米を一緒に食べる以外に、楽しむことができないものだ。

 薄い豚肉がまたいい味出している。脂が溶けだし、噛めばジューシーな肉のうま味を感じる。かつお節がまた、香ばしさとうま味を際立てているんだ。

 マヨネーズがあるだけでまろやかになるものだ。食べ応えもあり、疲れてすっからかんになった胃にどっしりと心地よく溜まっていく。

 今度はたこ焼き丼をやってみようか。あれ、結構うまいんだよなあ。

 しかし、ずいぶん腹いっぱいになった。このお好み焼きはなかなかの分厚さだったようである。

 まあ、うまかったから、すべてよし。

 それでいいんだ、飯ってのはな。


「ごちそうさまでした」


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