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一条春都の料理帖  作者: 藤里 侑
日常
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第五話 おにぎり弁当

 あー、眠い。早起きは嫌いじゃないが、この時期は寝るのにもってこいの季節だ。いい感じに涼しいし、湿気もほどほど、薄暗い空気。特に今日はベストコンディションである。

 しかし今日も学校はあるし、なんなら今日は弁当を二つ作らなければならない。

 布団に吸い寄せられる体を引きはがし、深いため息をつく。ベッドの下ではうめずがこれまた気持ちよさそうに寝ていた。

 あくびをして、顔を洗って、歯を磨いて何とか目を覚ます。ここでソファに座るとなし崩し的に寝てしまうのは明らかなので、座りたい欲をぐっとこらえて台所に立った。

「さて……」

 おにぎりの具は梅、かつお節、こんぶ、ごまのほかに、ベビーハム。ベビーハムは昨日、偶然にもワゴンに山積みになって安売りされていたあれだ。魚肉ソーセージやスパムのようでもあるが、魚肉ソーセージよりは味が濃く、スパムよりは塩っ気がない。ケチャップがよく合うんだ。あとはライスコロッケも作ってみようと思う。

 梅は自家製のものがある。種を取ると結構もったいない部分が出てきてしまうので、俺はそのまま握る。炊きたてのご飯はかなり熱い。俺の握るおにぎりは俵型だ。うまいこと三角形に握れないというのもあるが、幼いころから弁当のおにぎりは俵型だったしばあちゃんちで出てくるおにぎりも俵型だから、こちらの方がなじみがある。

 かつお節はまんべんなく混ぜる。中に入れると固まって食べづらいこともあるのだ。ゴマ油を混ぜてもおいしいのだが、今日は醤油だけにしておく。シンプルイズベスト、といったところだ。

 昆布は市販の佃煮を。お茶漬けにしてもうまい。ごまのおにぎりはすりごまをしっかり混ぜ込んで、醤油で味をつける。

 ベビーハムは焼くのがいい。そのままでも食べられるが、焼いて香ばしくなったところがおいしい。ケチャップをうまいことしのばせるのがちょっと難しい。

 そして、ライスコロッケ。これを作るために今日は早起きをしたといってもいい。キュウリとトマト、そしてチーズを角切りにする。ご飯もただの白米ではなく、酢飯にする。酢に砂糖を適量入れ、塩を少し入れて味を絞める。このレシピは、母さんから教えてもらったものだ。何でも、昔、ダイエットしたときに編み出したのだとか。

 これも俵型に握って、衣をつけて揚げる。爆発しないように、焦げないように、カラッときつね色になれば完成である。家で食べるならデミグラスソースをかけてもうまい。キノコと一緒に煮込んだソースをかけるのがおすすめだ。

 あとは卵焼き。砂糖と少しの塩を入れて、だまが残らないようによく混ぜる。砂糖がジャリッとするとちょっとテンションが下がる。それが好きだという人もいるらしいから大きな声では言えないが。

 弁当箱は、レジャー用とかの使い捨てのものにする。洗い物が面倒なときはこれを使うとちょっと楽だ。

 おにぎり六個を詰め込み、きんぴらごぼうとウインナー、そして卵焼きを添える。

「パンパンだな……」

 持ってみればずしりと重い。まあ、あれだ。ふたが閉まったので良しとしよう。

 うまいこと手際よくできたので時間には余裕がある。二度寝をするまではないが。

 そういえば今日は借りていた本の返却期限日だ。早めに行って返しておくとしよう。


 うちの学校の図書館は、教室棟とは別の棟の一階にある。教室棟とは渡り廊下でつながっている。いつ来てもひとけがなく、だいぶ落ち着く場所だ。朝は特に、司書の先生が来ていないことも多く、薄暗くてちょっと不気味だ。

 今日もまだ誰もいないようだった。入り口には返却ポストがあるのでそこに入れておく。にしても、ここまで薄暗いとまた眠気が来る。俺は思わず大口を開けてあくびをした。

「なんだ、寝不足か? 一条君」

 誰もいないと思っていたので、後ろから飛んできたその声に飛び上がる。そこにいたのは司書の先生――漆原先生だった。緩くパーマのかかったやや長い髪に切れ長の目という風貌は、それこそ小説に出てきそうな雰囲気だ。今着ているワイシャツとスラックス、それにゆるいカーディガンとかいう格好よりも、着物とかが似合いそうだ。扇子とか持ってそう。

 漆原先生はククッと笑う。

「何もそんなに驚かなくても」

「いや、この状況で急に声かけられたら誰でも驚きますよ」

「はは、そうか。それは悪い」

 そう言って、先生は俺の隣に来て図書館の鍵を開けた。その時、ふと朝日に照らされた先生の髪が、少し紫色に見えた。

「あれ、紫」

「気付いたか」

 先生はまるでいたずらが成功した子供みたいな顔で笑った。

「光の角度で、紫に見えるようにしたんだ。似合うか?」

「また染めたんですか……似合ってますけど」

「よしよし。さて、今日は何か借りていくかい、少年」

「いや、明日当番なんで、そん時借ります」

 俺は一年の頃から図書委員会に所属していて、毎回カウンター当番を担っている。

「そうだったな。井上君は金曜日だったかね」

「はい」

「去年、君たち一緒だったからねえ。どうしてもセットってイメージがあるんだよ」

 先生の言う通り、咲良も図書委員である。

「セットとか勘弁してください。冗談じゃない」

「まあまあ、照れるなよ」

「照れてません」

 この先生、年は二十代だってどっかで聞いたが、年齢詐称してんじゃないかって思う時がある。妙に貫禄があるというか、年寄りめいてる時があるような気がする。

「ああいうのは大事にしとけよ。一人ぐらい、家族とは別の人間と親しくしとくのは自分のためにもなるからなあ」

「なんかあったんすか」

「はは、だてに年は食ってないさ」

 先生は真意の読めない笑顔を浮かべてドアに寄りかかった。

「青春を謳歌したまえ、若人よ」

「何ですかその言い方」

「かっこつけてみただけだ」

 そして先生は図書室の時計を見上げて言った。

「それよりいいのか。そろそろ予鈴が鳴るぞ」

「あ、マジっすか。じゃ、俺行きます」

 確か今日の朝課外は英語だ。担当の渕上先生はちょっとでも遅れると一日中いじられるんだ。

「おう、がんばれよ」

 怒られるよりもずいぶん厄介だ。俺は教室へと急いだ。


「春都ー! 飯食おうぜ!」

 昼休み早々やってきた咲良に、クラス中の視線が一瞬集まる。しかしまあ、他にも関心事はあるようで、すぐに視線はばらばらになった。

「やかましい」

 図体はでかいくせに小型犬のようなやつだ。なんか耳としっぽまで見えてきそうだな。にっこにこ笑って、ブンブンしっぽふってそうだ。

「どこで食う? 教室?」

「どこでもいいぞ」

「じゃ、食堂行こうや。アイスも食べたいし」

「もう飯食った後の話してんのかよ……」

 体育から帰ってくる他のクラスの生徒たちの合間を縫って食堂へ向かう。

「はい、これ」

「サンキューな!」

 いつものように窓際の席を陣取り、俺たちはさっそく弁当を広げた。

「いただきまーす!」

「いただきます」

 うちで漬けた梅干しはだいぶフルーティーだ。そしてかなり酸っぱいし、しょっぱい。案の定、咲良はその酸っぱさに変な顔をしていた。

「すっぱ!」

「なー、酸っぱいよな」

 梅干しの後に昆布を食べると、甘さが際立つ気がする。かみしめれば海藻らしい風味がじわっとしみだしてくる。かつお節のおにぎりも醤油の風味と相まってうまい。

「なあ、春都。これはなんだ?」

 咲良が箸でつついたのは、ライスコロッケだった。

「まあ食ってみ」

 俺の言葉に恐る恐るそれを口に含むと、なんとも形容しがたいが少なくとも悪くない表情を浮かべた。

「チーズにトマトに……キュウリか?」

「正解」

「へー、こんな料理があるんだなあ」

 正体がわかるや否や、咲良は嬉々としてそれを平らげてしまった。酢飯の酸味も程よく、チーズのまったりとした口当たりとトマトの甘み、そしてキュウリのみずみずしさがたまらない。

 ベビーハムもいい焼き具合にできたみたいだ。肉とも魚とも言い切れないが、その間のような感じの味が、ケチャップとともにご飯とよく合う。

 ごまは安定感がある。プチプチした食感もさることながら、やっぱりこれは風味が一番だ。

「あ、ウインナー。タコだ」

 小さめのウインナーは、そのまま入れても芸がないかなと思ってタコの形にしておいた。まあ、足の数は六本だが。この足の部分をカリカリに焼くとおいしいんだ。

「お前、ちょいちょいかわいいことするな」

「何だそれ」

 きんぴらもいい感じに味が染みている。今度はレンコンで作ってみてもいいかもしれない。こんにゃくを入れてもうまいんだ。

「卵焼きは……甘いんだ」

「ん、もしかして好みじゃなかったか?」

 卵焼きは人によって好みが分かれる。甘い卵焼きは認めないという人もいると聞いたことがある。俺の中では、甘いのが卵焼きでしょっぱいのはだし巻き、伊達巻は別ジャンルという感覚なのだが。

 咲良は首を横に振って笑った。

「いや、うちの卵焼きがしょっぱいやつで、甘いのが新鮮だったんだよ。これもうまいな」

「そうか。ならよかった」

「うまかったわ。ありがとな」

 咲良は満足そうに笑ってそう言う。

 家族以外の誰かからお礼なんて言われ慣れていない。なんて返せばいいか分からなかったが、とりあえず「おう」とだけ言っておいた。


「ごちそうさまでした」


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