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第四百六十六話 ばあちゃんの弁当

 久しぶりに学校に向かう足は、いつにも増して重い。居心地のいい空間から放り出されると、いつもより割増しで億劫だ。

「あれ?」

 テスト期間中でもなんでもないのに、校門に人が立っていない。なんかあったのかな。あっ、もしかして遅刻ギリギリの時間とか? しばらく学校休むと、時間の感覚が狂うんだよなあ。

 いや、でも他にも人いっぱいいるし、みんな焦ってないし、違うか。じゃあ、ただ単に立ってないだけなのか?

「おっ、春都。おはよう」

「咲良。おはよう」

「声がっさがさじゃん。体調は?」

「おかげさまで、何とか」

 そう言えば咲良は、「へへっ」と笑った。

「そっか、無理はすんなよ~。お前いないと俺さみしい」

「なんだそれは」

 他にも友達はいるだろうに。

「校門、誰も立ってなかったな」

 何か知っているかと聞いてみるが、咲良もあまり詳しい事情は知らないようで首をひねった。

「んー、昨日からなぁ、なんか急にいないんだよな。まあ、威圧感なくていいけど」

「それは分かる」

 昇降口の冷たさがいつにも増して体に染みるようだ。早く帰りてぇ。体調はいいのだが、なんか全身の倦怠感がすごい。

「なんか静かだな」

 そう言ったのは咲良だった。ああ、確かに。いつもはもうちょっと賑やかな昇降口も、なんとなく静かだ。いや、昇降口が静かというより、一階が静かなのか?

「あ、橘発見。橘ぁ」

 咲良が、一年生の靴箱からひょっこりと姿を現した橘に声をかける。橘はマスクをしていたが、こちらを見るなり、へらっと笑ったのが分かった。

「おはようございます!」

「おー、おはよう。何だ、橘も風邪か?」

「違います、予防です」

 なんでも、一年生のクラスでごっそり体調不良の生徒が出たらしく、三クラスほど学級閉鎖になっているらしい。やはり、今の時期は体調不良に陥りやすいのだろう。それにしても橘は元気だな。

「体調悪い先生も結構いて、授業があんまり進まないんですよねえ」

 まるで人ごとのように言う橘である。

「じゃあ、校門に先生たちが立ってないのはそのせいか」

「はい……って、一条先輩、どうしたんですかその声」

 橘が衝撃を受けた表情で言うものだから、ただ風邪をひいただけなのに、とんでもない病気になってしまった気分になる。咲良が代わりに説明すると、橘は「大変でしたねぇ」とつぶやいた。

「放送部、もうすぐ大会だって聞きましたけど、大丈夫なんですか?」

「あ」

 そうだった、忘れてた。うわ、どうしよう。この声だと矢口先生になんて言われるか。いやでも好きで風邪ひいたわけじゃないし、責められる筋合いはないし。まあ、まだなんも言われてないんだけど。

 まあ、大会までには治るだろ。一応出るからには、ちゃんとしとかないとな。

「大丈夫だろ。ま、そん時はそん時だ」

「のど飴差し入れしましょうか?」

「気持ちだけいただいておくよ」

 そうとでも言わないと、ドラッグストアにあるのど飴を片っ端から買ってきそうな勢いである。

「橘も、体調には気をつけろよ」

「はい! ありがとうございます」

 これだけはつらつとしてりゃ、悪いもんも寄ってこないか。

 階段の近くで橘と別れ、咲良と連れ立って二階に向かう。そういえば、咲良もあんまり風邪ひいてるイメージないな。そのくせ、ドカンと急に体調不良になるから分からないものだ。

「学級閉鎖かあ、もうそんな時期なんだな」

 咲良が少し楽しそうに言う。

「喜んじゃいけないことなんだけど、なんかちょっとうれしいんだよな、学級閉鎖。自分が体調悪いと嫌だし、自由に外に出られないのも何ともいえないんだけど」

「あー、分かる。あとでしわ寄せが来るって分かってても、休みって事実が嬉しいんだよな」

「そうそう。まあ、小学生のころに比べたら、うれしさ半減する感じだけどな」

 小学生の頃の学級閉鎖は、大したしわ寄せもなかったが、中学、高校となるとそうもいかない。他のクラスと足並みをそろえるとか、受験までに間に合わないとか、予定外の休みがあればあるほど、しわ寄せがすごいんだなあ。

 俺も今は、二日分のブランクがある。病み上がりには過酷だが、自力で追いつく以外の方法はない。

 せめて、ノートを借りられるクラスメイトがいるだけ、良しとしないとな。


 昼飯は、咲良が気を利かせたのかどうかは分からないが、教室で食うことになった。

「どうよ、休んでた間の分の板書は」

 弁当とパイプ椅子を持って来ながら咲良が聞いてくる。

「何とか追いついた」

「お、そりゃよかったな」

 さあ、今日はばあちゃん特製の弁当だ。これがあるおかげで、面倒なノート写し作業も頑張れたのだ。

「いただきます」

 ぎっちり詰まった白米にはかつお節とのり、おかずは卵焼きと肉の天ぷら、いそべ揚げ、キャベツを炒めたものだ。ああ、いい景色だ。

 まずはご飯から食うか。かつお節には醤油がかかっていて、のりは食べやすいように小さくしてある。この独特な香りとうま味が、ご飯によく合うんだなあ。普通ののり弁では味わえない、絶妙な醤油加減、いいなあ。

 いそべ揚げの風味が分かるってだけで、こんなに幸せとは。やはり飯は、風味も分からないといけない。ぷりっぷりのちくわに青のりの風味が程よく、ほのかに甘いのもいい。

「気持ちのいい食いっぷりだな」

 咲良が笑いながら言ってくる。

「腹は減ってんだ」

「ま、こないだ調子悪いときはいまいちだったからな。いいことじゃん」

 さすがの俺でも、調子が悪けりゃ飯食うペースも変わるというものである。

 さ、次は肉の天ぷらだ。豚肉に染みたにんにく醤油の香りが、口に入れる前からよく分かる。ジュワッとしつつもカリサクッとした衣、ジューシーな肉、香ばしい味付け、いいなあ、うまいなあ。

 卵焼きの甘さが優しく、おいしい。

 キャベツは千切りより少し大きめで、塩こしょうがよく効いていてうまい。シャキシャキとみずみずしさは残りつつも、しっとりともしていていい。

 ああ、飯をうまいと思って食えるのって幸せだ。


「ごちそうさまでした」


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