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一条春都の料理帖  作者: 藤里 侑
日常
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第四十八話 鮭の塩焼き

「和食が食べたい」

 唐突に母さんはそうつぶやいた。

「え、なに」

 結局、昨日のゲームはデータを消して進めることにした俺は、居間で横になるうめずに寄りかかりながら初期化を進めていた。

 母さんはソファに座って腕を組み、真剣な表情でテレビを見つめていた。ちなみに、テレビに映し出されているのは、世界各地の料理だった。イタリア、フランス、アメリカ、韓国――しかしそこに日本食はない。父さんは台所でコーヒーを入れていた。香ばしくていい匂いが部屋に漂っている。

「いや、明日から私海外じゃない?」

「初耳だな」

「海外でも和食は流行っているとはいえ、気軽に食べられるわけじゃないのよ」

「へぇ、そうなんだ」

 だから、と母さんは力強く言ったものだ。

「いかにも和食、ってご飯を食べたい」

「おお……」

「和食かあ、おなかにも優しいよねぇ」

 父さんはマグカップをローテーブルにおいて床に座った。

「じゃあ晩飯は和食にしよう」

 チュートリアルが終わり、セーブデータを新しく作って電源を切る。

 さて、和食か。何がいいだろうか。


 久しぶりにスーパーに来た気がする。

 和食って、そういえば何だろうか。米と、みそ汁と、あとは――なんだ。納豆とか、おひたしとかか。俺の中の和食は朝ごはんってイメージなんだよなあ。

 いかにも和食、か。それなら煮物と魚かな。とりあえず野菜はカボチャと小松菜を買っておこう。

 そんで鮮魚コーナー。さて、焼き魚にするか煮魚にするか。うーん、煮物を作るなら焼き魚の方がいいかなあ。

 焼き魚なら何がいい。サバ、ホッケ、アジの開き。

「お」

 いいもの発見、今日は鮭の切り身がきれいだ。鮭の塩焼き、いいじゃんか。それなら大根おろしも添えるか。食べるタイミングはあまりよく分からんが、なんか今日は添えたい気分なのだ。

 それじゃあ今日の晩飯は、鮭の塩焼きにかぼちゃの煮物とご飯とみそ汁。そして小松菜のおひたし。いやあれはおひたしではないな。ばあちゃんなんて言ってたっけ。

 まぁいいや。完璧な和定食だな。そうと決まればさっそく、煮物を仕込んでおくとしよう。


 ばあちゃん直伝の煮物。昼のうちに仕込んでおけば夜にはいい感じになるだろう。

 まずはカボチャを切る。すごくかたい。かと思えば切り方次第でサクッと切れるものだからちょっとヒヤッとする。指を切らないように気を付けないといけない。

 揚げは短冊状に切る。そういえばテレビで見たことがあるけど、分厚い揚げがあるらしい。見た目は完全に厚揚げだったが、いったいどんな食感がするんだろう。見るからにうまそうではあった。

 水を張った鍋に、醤油、砂糖、みりん、酒をいれ、さらにカボチャも入れる。ひと煮立ちしたら揚げを入れて、あとはじっくり煮ていく。

 せっかくだし小松菜のやつも作っとくか。ああ、確かばあちゃんは、かぶ焼きつってたな。

 小松菜を食べやすい大きさにザクザクと切ったら、フライパンにごま油をひいて炒める。そして白だしと酒を入れて味付けは終わりだ。

「いいにおいがする」

「ん、カボチャ煮てるから。あとはごま油かなー」

 母さんが台所に来てせっついてくる。

「なに」

「食べたい」

「まだあんまし味染みてないと思う」

「いいからいいから」

 見れば父さんもいそいそとやってきているではないか。

 思わず俺は小さくため息をつく。そして小さい皿に煮えていそうなカボチャと揚げをのせると二人に渡した。

「わー、やった~」

「おいしそうだね」

 俺も少し味見してみる。やっぱまだちょっと染みてないけど、まあ、いいかな。

 初めて作ったときに比べたらうまくなったもんだ。

「上手になったね~、おいしいよ」

「うん、おいしい」

「そっか」

 あとはみそ汁の準備までしておこう。

 具材は豆腐とわかめ。うちで使うのは合わせ味噌だ。

 そして今日はもう一ついい調味料がある。ばあちゃんからもらった青唐辛子だ。これをあぶってみそ汁に入れるとおいしい。入れるタイミングは食べる前が俺は好きだ。

 さて、ご飯は炊いているし、後は魚焼くだけだな。塩で味付けしておこう。そうそう、大根もおろしておかないとな。


 ぱちぱちと魚の脂がはじける音がする。いい匂いだ。

 かぼちゃの煮物とかぶ焼きは大皿に盛って、鮭は一人一皿ずつ。大根おろしを添えればそれっぽく見える。ご飯をよそい、みそ汁をお椀に。そして大事な青唐辛子。コンロの火であぶるのだが、結構難しい。

「できたよ」

 なんか、いかにもって感じのご飯だな。なんというか理想的というか、あこがれていた景色だ。

「いただきます」

 鮭の皮は、小学生の頃は苦手だった。給食で出てくるのが生臭かったんだよなあ。でも、今じゃあ好んで食べる。パリッとした皮とほんのり甘いような身。これと一緒に白米をかきこむのがいい。

 みそ汁のわかめはつるんとしていて、豆腐も大豆の風味が強い。考えてみれば、豆腐も味噌も大豆なんだよなあ。そうそう、青唐辛子も忘れちゃいけない。割くようにして青唐辛子に箸を入れ、みそ汁につける。ピリッとした辛さと、爽やかな香りが心地いい。

 かぶ焼きはその苦みとだしのうま味がおいしい。俺は茎の部分のみずみずしさが好きだ。

 かぼちゃの煮物もとろっとうまいこと煮ることができたみたいだ。揚げも味が染みていていい。初めて作ったときは味が染みなくて大変だったんだ。

 あ、大根おろし。醤油を少し垂らして一口。ん、さっぱりだ。こういう役割だったんだな。

「ん~、いいねえ。おいしい!」

 母さんが満足そうに笑った。父さんも隣で頷いている。

「こんなんでよかった?」

「もう最高。食べたかったご飯」

 そっか、ならよかった。

 自分の食べたいものを作るのもいいけど、誰かの食べたいものをその通り作ることもまた幸せだ。

「また頑張れそうだね」

 父さんもそう言って表情を緩めた。

 明日からまたうめずと、一人と一匹だな。次帰ってくるのはいつになるのかな。三者面談の時か。

 ……難しいものは作れないけど。

 帰ってきた時にまた、二人が食べたいものを作れるようになっておこうと思う。

 みんなで満足できる飯を食えるって、幸せなことだと思うからさ。


「ごちそうさまでした」


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