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一条春都の料理帖  作者: 藤里 侑
日常
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第四十七話 ハムカツ

「うわ、めっちゃ降ってるし」

 風呂上がりに髪を拭きながら、自分の部屋の窓から外を見る。風呂入ってる時からなんかずっとうるさいなと思っていたが、どうやら雨が降っていたらしい。

 風も強いのか、雨粒が窓に勢いよく打ち付ける。もう台風じゃん。洗車するときの車内っぽいというか、食洗器の中ってこんな感じなのかなとも思うほどだ。電気屋さんとかで中身が見えるようにされた展示が、確かこんな感じだった。あれ見るの、結構好きなんだよな。

「窓割れそう」

 バチバチッと痛そうな音がする。いや、実際こういう雨って、打ち付けられると痛いときがある。

 雨は嫌いじゃないが、こういう激しい雨はちょっとなあ。

 明日は晴れるといいけど。


 部屋が少し揺れるほどの轟音。土砂降りの雨。

「よく降ってんな~……おわっ、光った」

 空がまぶしく光って数秒後、再び地鳴りのような音がする。

 翌朝目を覚ますと、外は晴天とは程遠い天気だった。分厚く真っ黒な雲にバケツをひっくり返したような激しい雨、時たま光ったかと思えば振動が伝わってくるほどの爆音が聞こえる。

「はー、やだねえ」

 雨が降ると少しは涼しくなる。それはいいのだが、こうも降られちゃあたまらない。ベッドに座りタオルケットにくるまって、ぼーっと外を眺める。こんな日はどこに出かけることもできないのでのんびりすることにしよう。

「わふっ」

「おー、おはよう、うめず」

 今日は俺の部屋で寝ていたうめずが目を覚まし、気持ちよさそうに伸びをしながらあくびをした。

「お前は雷平気だよなあ」

「くぅん?」

 うめずは首をかしげると、軽やかにベッドに飛び乗って俺がくるまっているタオルケットの中に入ろうとしてきた。

「どーした」

 俺がこうやって外を眺めていると、うめずは決まって近くに寄ってくる。一度もぐりこんだかと思えばぴょこんと顔を出してこちらを向いた。

「わふっ」

「お前あったかいなぁ」

 でも、ちょっと暑い。夜中にくっつかれると汗だくで眠れなくなるもんなあ。

「今日は何しようかね」

 俺があくびをすると、それにつられるようにうめずもあくびをした。

 それがなんだかおかしくて、俺は思わず笑ってしまった。


 昼になれば雨は落ち着く、という天気予報は見事に大外れ。むしろ勢いが増したのではないかというほどにいまだ降り続く。

「雷は少し落ち着いたかな」

 母さんが居間の窓から外を眺める。確かに雷の音はもうしない。

 カーテンを閉めて、母さんはソファに座る。父さんが少し横にずれると、その隙間にうめずが飛び込んだ。

 俺はというと、特にすることもないので居間で横になってゲームをしていた。最近片付けをしたときに出てきた、小学生の頃にやっていたRPGだ。たしか、攻略本みたいなのがセットで売ってたやつなんだよな。豪華な装丁の本が一緒にしまわれていた。最近のゲームに比べればグラフィックとかはだいぶ違うが、嫌いじゃない。むしろゲームらしくていいと思う。

 それにしても『続きから』でやってみたが、俺、育て方下手か? ステータスが偏り過ぎているというか、バランス悪い。しかし結構後半まで進んでいるのだから、どうやって進めたのだろうかと思う。

 戦うのが嫌で逃げまくってたし、HPが少しでも削られると回復してたから、MPがみるみるなくなっていったんだ。ここまで進んだのはほぼ運だろ。

「これ一回リセットした方がいいかな~」

「何やってるんだ?」

「んー、これ」

 俺は寝そべったまま父さんに画面を見せる。父さんは「ああ、それ」とつぶやいてしばらく画面を見ていたが、眉を下げて笑った。

「……なんか偏ってんね」

「そう。だから、一回リセットしようかと思って」

 しかし、しばらくやっていないゲームとはいえ、データを消すのはちょっとためらう。ここまで進んでるんだし……もったいないよなあ。こっからどうにかリカバリーできないかねぇ。

 結局とりあえずセーブして、データの処遇の決定は持ち越すことにした。

「あ~……この調子じゃあ、やみそうにねえなあ」

 反動をつけて体を起こし、立ち上がる。冷蔵庫に何かあっただろうか。

 えー、っと。卵と、ハム、ベビーハム。あとは野菜がいくらかといったところだ。ここ数日、イレギュラーな感じの献立だったから、買い物行ってないんだよなあ……。

 この雨だと外に出たくないし、あるもので済ませたいが。

「……そうだ」

 俺は居間に向かって声をかける。

「ねー、今日俺が晩飯作っていい?」

「作ってくれるの? ありがとー」

 母さんは嬉しそうに笑った。

 よし、それじゃ、久しぶりに――といっても数日ぶりだが、がんばるとしよう。


 本日の献立は、ハムカツだ。

 使うのはハムと、ベビーハム。まあ、ハムカツだから当然か。

 薄いハムは一枚ずつ衣をつける。一度「薄いし二枚重ねてみるか」とやったところ、分裂してえらいなことになった。

 ベビーハムはちょっと厚めに切る。そのままでも食べられるしな。

 つけ合わせにはキャベツ。千切りにしよう。トマトとキュウリも添えて……あ、そうだ。ピーマンも切ろう。生のピーマンは結構うまい。ちょっとお店の味っぽくなる。

 薄いハムカツと、分厚いハムカツ。どっちも楽しめる晩飯の完成だ。

「いただきます」

 やっぱりまずは薄い方から。ソースで食べる。衣にもハムの味が染みて、結構しっかりした歯ごたえがいい。かりっとしたところとサクッとしたところ、どっちもおいしいな。

 分厚い方も……と、その前にサラダ。最近買ったドレッシングには、ゴロゴロとオリーブが入っている。イタリアンドレッシング、だったか。酸味とまろやかさのバランスが良くてお気に入りだ。オリーブの噛み応えは好きだが、ちょっと酸味が強く感じるのできゅっとなる。

 さて、ベビーハムのハムカツは……。衣が少しはがれやすい。ザクっとした歯触りに次いで、もちっとしたようなハム。噛めばうま味が染み出し、そしてなにより食べ応えがある。腹にたまる感じが心地いい。

 ハムカツは酒のつまみにもなると、父さんと母さんも喜んでいた。

 ここ数日いい思いさせてもらったし、少しはお礼ができただろうか。まあ、俺もおいしい思いしてるわけだし、何ともいえないけど。

 これだけ降ったんだし、明日の朝には雨もやむだろう。てるてる坊主、作ってみようかな。


「ごちそうさまでした」


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