表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一条春都の料理帖  作者: 藤里 侑
日常
46/867

第四十六話 寿司

 わずかに差し込む朝陽で目を覚ます。

 学校が休みの日は目覚ましをつけない。が、日ごろの癖とは厄介なもので、平日のしかも朝課外に間に合う時間に目が覚めてしまう。

 寝起きにすぐ行動するのではなく、ベッドでごろごろする時間が好きだ。ベッドシーツとタオルケットがいい感じにひんやりしていて気持ちがいい。今日はうめずも両親の部屋で寝ているので本当に静かだ。

 なんだかまだ半分夢の中にいるような気がする。

「ん~……」

 徐々に頭が覚醒していく中でスマホを手に取る。画面に表示されたのは、見慣れた待ち受け画面と今日の日付。

「……あ、今日。誕生日か」

 八月十四日。

 一年のうちでたった一回しか来ない日なんだよなあ。ま、ただの平日なんだけど。そうだ、確か今やってるゲーム、誕生日限定ログボがあったはず。ちゃんともらっとかないと損だな。

 とりあえず、日付がでかでかと表示されたロック画面をスクショしておく。

 なんとなく記念だ。


「おはよう、誕生日おめでとう!」

 それからしばらくごろごろして居間に行くと、先に起きてきていた父さんと母さんにそう言われた。

「ん、おはよう。……ありがとう」

 誕生日おめでとう、という言葉にはどうやって返すのが正解なのか、少し考えてしまう。

 でも結局いつも「ありがとう」になってしまう。

「もう十七歳なんだなあ」

 父さんがしみじみとつぶやいた。

「つい最近までちびっちゃかったのになあ」

「いや、そんなことはないでしょ……」

 足元にぬくもりを感じて下を向けば、うめずがすり寄ってきてこちらを見上げていた。

「おはよう、うめず」

「わふっ」

「どうしたどうした」

 いつにもまして、うめずが俺にまとわりついてくる。しかもめちゃくちゃしっぽ振ってる。え、なに。俺なんか匂う?

「うめずもおめでとうって言ってるんだよ」

 母さんがそう言うと、うめずはもう一度吠えた。

「そうか、ありがとな」

「あ、そうだ春都。ケーキはどうする?」

「ケーキ……あぁ、ケーキ」

 誕生日ケーキか。ホールで買うか、それとも好きなものをいくつか買うか。毎年のことながら悩んでしまう。

 ホールケーキはまさしく誕生日という感じがする。ショートケーキ、チョコレート……いろんな味の寄せ集めみたいなのもあるよな。で、お誕生部おめでとうのプレートが付いてくるんだ。

 小さいのをいくつか買うのもいい。確か小さいサイズのケーキが十個ぐらいセットになったのを見たことがある。ちょっとリッチなショートケーキでもいい。モンブランやティラミスも捨てがたい。

 ロールケーキもいいんだよなあ。生クリームにイチゴのやつとか、バタークリームで周りはたっぷりチョコレートがかかってるやつとか。あれうまいんだよ。端っこが好き。

 それはもう、悩む。悩みに悩む。しかしまあ、毎年結論は同じであるように思う。

「アイスケーキがいい」

 俺の誕生日は夏だ。夏、真っただ中だ。そりゃあ冷たいものが食べたくなるに決まってる。

「味は?」

「……チョコレートのやつ。ナッツがあるのがいい」

「了解」

 母さんは父さんに顔を向ける。

「じゃあ、お寿司を取りに行くついでに買いに行こうか」

「そうだね」

 ……ん? 待って、今なんかケーキとは違う単語が聞こえてきたんだけど。

「寿司?」

 俺の問いに、父さんも母さんもさも当然のごとく笑って頷いた。

「昨日のうちに予約してたんだよ。だから今日の晩御飯はお寿司」

 なんだかこの数日でとんでもない贅沢をしているような気がする。

 大丈夫かな、俺。罰当たんない?

 ――まあいいか。考えてもどうしようもないし、今はこの幸せをおとなしく享受することにしよう。


 思ったよりも豪華な寿司に、俺は思わずフリーズしてしまう。というか寿司が久しぶり過ぎて楽しみやらなんやらで感情が忙しい。

「回転寿司も結構豪華だよね」

「炙りも入ってる」

「すげえ……寿司だ……」

 ここだけの話、昼飯のあと小腹が空いたのだが、晩飯が寿司だと分かっていたので何も食べなかった。だからもう、今はぺっこぺこなのだ。

「いただきます」

 これはまさしくより取り見取り。まずは……イカにしよう。

 淡白で少し歯ごたえがあるが、噛んでいけばとろっとした食感になる。付属している甘めの醤油がおいしい。淡白つながりで、タイも食べよう。小さいころは少し苦手だった食感は今ではむしろ好きになっている。

 マグロも安定しておいしい。サーモンの炙りは脂がのっていて味が濃い。お、エンガワもある。エンガワってなんだっけ、確か、ヒラメ? タイの様なものかと思っていたが、以外にも脂がのっているんだ。

 軍艦も好きだ。うに。きれいな色をしていて、特有の甘味がある。海苔の風味がまたよしだ。かっぱ巻きも結構好き。酢飯とキュウリのさっぱり感と食感が気に入っている。

 煮穴子はふわふわで、これは別に甘いたれがすでにかかっている。

「春都、海老二つ食べていいよ」

「ネギトロも!」

 父さんと母さんがそう言って俺の方に二つ押しやる。

「いいの?」

「いっぱい食べなさい」

 海老は生海老と茹でてあるやつ。生海老はプリッと甘く、茹でられたものもまた違った良さがある。わさび醤油がよく合う。

 ネギトロは最後に取っておこう。先にこれは……ハマチ? しっかりした歯ごたえがある。ハマチって、出世魚だったような。

 そしてネギトロ。たたいてあるからご飯とよくなじんで、海苔の風味も相まっておいしい。

 なんだかあっという間に食べてしまった。しかし今日はお楽しみがまだある。

 そう、アイスケーキ!

 チョコチップとバニラのアイスが半分ずつになっていて、チョコレートがかかった表面にはナッツが振りかけてある。冷凍される前に絞られたのであろう生クリームは規則正しく、丁寧な文字で俺の名前が書かれたプレートものっかっている。

「じゃ、歌うよ!」

「せーの」

 ろうそくを立てて、父さんと母さんは例のごとくバースデーソングを歌いだした。ちょっとこの時間が恥ずかしい。でも二人はノリノリだし、何より心の底から祝ってくれているのがわかるので拒否できない。まあ、うれしいことに変わりはないのでいいのだが……。恥ずかしい気分を紛らすように俺も一緒に手拍子をする。

「はい、火、消して」

 一息に吹き消したら、後は実食である。もともとから切れ目が入れてあるらしく、俺はチョコチップの場所をもらった。もちろん、プレート付きで。

 アイスケーキはスプーンで食べる。トロッとしたくちどけの表面のチョコレート、冷たいアイスクリーム。ダブルチョコなので濃厚だ。プチプチとしたチョコチップがおいしい。クリームの所は少ししゃりっとしている。

 プレートは写真を撮ってから食べた。なんかスーッとした味がするんだよなあ、これ。結構うまい。

 まだまだ入るので今度はバニラを食べる。さっぱりとしていて、程よいバニラの風味がおいしい。チョコレートとよく合う。小さい黒い粒々はバニラビーンズだろう。ナッツもカリッと噛めば香ばしくておいしい。やっぱチョコレートと合うなあ。残りそうだし、明日も食べよう。

 ああ、最高の誕生日だ。

――なんて。これ、毎年思ってるんだけどな。


「ごちそうさまでした」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ