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一条春都の料理帖  作者: 藤里 侑
日常
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第四十四話 バーベキュー

 俺は今、じいちゃんとばあちゃんの家にいる。

 いや、正しくいえば家の庭、だ。

 そして目の前では、父さんと母さんが鉄板で肉や野菜を焼き、ばあちゃんはテーブルのセッティングをし、じいちゃんは慣れない手つきでばあちゃんの手伝いをしている。 そして俺の左手には、氷とコーラが入ったビニールのコップがある。

 要するに、状況的にはバーベキューの真っ最中というわけだ。

 肉が焼けるにおいが食欲をそそる。煙はもうもうと立ち、火事と勘違いされるのではと思うほどだ。

 ……いや、どうしてこうなった。


 課外も休みになって、やっと本当の夏休みが来た。

 といっても課題は増やされたし、やらなきゃいけないことはたくさんある。でも、やっと学校に行かなくていいのだ。ともすれば、涼しい家から一歩も出なくていい日もあるかもしれない。

 暑さもピークになる昼下がり。そろそろ飯の準備をしよう。買い物はすでに済ませてあるので、家にあるもので何か作れる。

「何にしようかな……」

 冷蔵庫の中身を思い出しながらソファに横になりぼーっと考えていると、うめずがおもむろに玄関に向かって歩き出した。

「どうしたうめず」

「わうっ」

 なんか、着いて来いって感じだな。俺を振り返りながらうめずは歩みを進める。

 散歩はこの時間には行かないし、いったいどうしたんだろうか。うめずは玄関先にお座りした。

「外は暑いから行かないぞ」

 そんなうめずに声をかけたその時、玄関の扉が開いた。

「ただいまー……ってあら、お迎え?」

「ただいま」

「……おかえり」

 父さんと母さんが帰ってきた。あ、そういや昼頃に帰ってくるって言ってたな。

「暑かった~、うめずも暑そうね」

 うめずはスンスンと鼻を鳴らすと、父さんと母さんに飛びついた。

「うあ~、暑い~」

「昼飯は食ったの?」

 居間に向かいながら聞くと、二人とも首を横に振った。

「どこもかしこも人が多くてねえ」

「まー、盆休みだもんな」

「春都はもう食べた?」

「んや、まだ」

 じゃあ、三人分用意しなきゃいかんのか。うーん、どうしよう。

 そう考えこんでいると、母さんが「それなら」と提案してきた。

「お昼は軽めにしておいて」

「……なんで?」

 俺の疑問には父さんも母さんも答えず、ただ意味深に笑っているだけだった。

「えー何それ……まあいいや、じゃ、そうめんでいい?」

 結局昼飯はそうめんにした。よく夏休みの昼飯で「もうあきた」と言われがちなそうめんだが、俺は結構好きだ。食べ方とか工夫すれば、結構なレパートリーになると思う。

 今日はただ茹でて、麺つゆで食べる。なんだかんだいって、これが一番うまい食い方だと思う。

「いただきます」

 薬味はチューブのワサビ、ショウガ。ネギは切っておいたものを散らす。

 つるりとした口当たりは夏場にもってこいだ。味らしい味はないようにも思えるが、ちゃんとそれなりに風味がする。つゆの味がほとんどだけど。ねぎを絡めて食べるとおいしい。ワサビの塊に当たらないようには気をつける必要がある。ショウガはさっぱりする。

「ごちそうさまでした」

 茶碗を片付け、ソファに座る。テレビをつけてみればローカルテレビ局のワイドショーが放送されていた。レジャー特集。こんなくそ暑い中でレジャーとか、俺には考えられん。涼しい部屋でゲームした方がよっぽど夏は楽しかろうよ。

「……うん、それじゃ、夕方来るから。はい、はーい」

 どこかに電話をかけていたらしい母さんが、スマホを持ったままこちらに来た。

「春都」

「ん、なに」

「夕方、お店の方行くから、そのつもりで準備しといてね」

 ん? 夕方って、なんかあるのか?

「……分かった」

 改めてそう言うということは、まあ、何かあるのだろうけれど。

 てか準備って、何すりゃいいんだ。


 で、あれよあれよという間に、このバーベキュー状態なわけで。

「どういうこと?」

「びっくりした?」

「いや、びっくりしたも何も」

 どうやら俺にサプライズでバーベキューをしようということになったらしい。いわく、誕生日の前夜祭なのだとか。

 前夜祭て。俺の誕生日、明後日なんだけど。

「さ、じゃんじゃん食べなさい」

 渡された紙皿に焼き肉のたれが注がれ、さらにそこに母さんが肉をのせる。こんがり焼けてうまそうだ。

「野菜も食べてな~」

 父さんが玉ねぎとキャベツをのせる。バーベキューの玉ねぎ、結構好きだ。

「……いただきます」

 普段買わないような大判の牛肉。分厚いから食べ応えがある。でも、やわらかい。脂もくどくなく、次々に食べられる。さらになんと、豚肉と鶏肉もあるという。豚トロ、初めて見たときは脂ばっかりじゃんと衝撃を受けたが、食べてみればそのおいしさに感動した。独特の食感がまたいい。鶏肉はもも肉。皮目がカリッとパリッとしていて、身はジューシーで最高だ。

 玉ねぎは甘くてしゃきっとしている。キャベツはちょっと焦げているが、これがバーベキューの醍醐味というものだろう。

「ご飯もあるよ」

 とばあちゃんが言うと、じいちゃんがどこかから大皿を持ってきた。皿の上には俵型のおにぎりが大量に並んでいた。塩と、ごま塩。ごま塩は白ごまだ。ばあちゃんがすったのだろう。

「ありがとう」

 俺は一つずつ取って、たれが入った皿にのせる。しみこませて食べるのがおいしい。塩おにぎりは……牛肉を巻いて食べる。あー、これこれ。やっぱり――。

「うんまぁ」

 思わず声がこぼれるほどだ。

 父さんと母さんもちょいちょい食べているみたいだ。じいちゃんは酒を飲んでいるし、ばあちゃんもその隣で食べている。

「おいしい?」

 母さんに聞かれ、俺は頷く。

「んまい」

 夕暮れ時とはいえ、ずいぶん暑い。セミもまだ鳴いている。

 でも、なんだか楽しい。暑い中でレジャーとか考えられなかったけど、意外とありなのかもしれない。

 肉もうまいし、最高の気分だ。

 前夜祭でこんななら、誕生日当日はどうなっちまうんだ。


「ごちそうさまでした」


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