表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
316/911

第三百五話 カレー

「休みが終わってしまった……」

 昼休みの屋上で、咲良が紙パックに入ったヨーグルト風味のジュースのストローをくわえたままそうぼやいた。その声はひどく無気力で、天に向けられた目はすがすがしい青空ではなく虚無を映していた。

「まあ、いつかは終わるよな」

「そんな元も子もないことを」

 視線を下に戻した咲良は深くため息をつき、その息にのせて呟いた。

「どうして休みというのは平日よりも早く過ぎていくのだろうか」

「なんでだろうなあ」

 学食で売っていた、小さいチュロスの詰め合わせ。紙コップに八個入っていて、ココアとシナモンがそれぞれ四つずつある。シナモンは風味がいい。カリッとした表面にもちもちの中身、なんとなく映画館の香りだ。

「てかさー、特に長期連休となると体感めっちゃ早い気ぃするんだけど」

「分からんでもないが」

「だろー?」

 咲良は不満そうに嘆息するとゴロンと仰向けに寝転がった。

 ココアの方はほろにがで、甘すぎないのがいい。シナモンの香りも少し移っているのがいい。これと牛乳がよく合う。

「あーあ、早く夏休み来ねーかなあ」

 太陽の眩しさに目をすぼめながら、咲良が言う。

「でも夏休みは夏休みで課題大量なんだよなあ。こないだの課題だけで十分だっつーの」

「その課題も、俺らが手を貸してやっと終わったんだもんな」

「うー」

 紙コップの底にたまった砂糖とシナモンをザラッと口に入れる。んー、なかなか刺激的な口当たり。砂糖多めだったので幾分かマイルドではあるが、それでもやはりシナモンというのはなかなかの存在感だ。

「ごちそうさま」

 腕時計を確認する。さて、そろそろカウンター当番に行かないと。

「図書館行くけど、そのまま日光浴しとくか?」

「これは光合成ですー」

「お前いつの間に葉緑体を……」

「冗談だっての」

 よっ、と弾みをつけて咲良は起き上がった。

 外の温かさに比べて、室内は結構ひんやりしている。これが夏になると暑くなるんだから、不思議なもんだよなあ。

「夏かぁ、今年は何しようかな~」

「観月が海でも行くかっつってたぞ」

 屋上から降りる階段は声も足音もよく響く。咲良は「いいな!」と発した自分のその声にびっくりしていた。

「声がでけえ」

「や、自分もびっくりした。思いのほかでけえ声出た」

 へへ、と咲良は笑うと頭の後ろで手を組んだ。

「海かぁ。海は俺、荒れたのしか思い浮かばないんだよね」

 図書館の戸を開け、カウンターにつく。

「こんにちは」

「おお、久しぶりだね」

 漆原先生はいつもと変わらない様子で悠々と椅子に座っていた。

 なぜか咲良もカウンター内に来るが、まあいつものことである。

「で、荒れたのってなんだ」

「それがさあ。今まで三回海に行ったんだけど、毎回急に天候が悪くなって海が大荒れすんだよ。だから近くにある屋外プールで、荒れ狂う海を眺めながら泳いだ記憶しかない」

「プールでは泳げたんだな」

「いや、でもあんまり天候悪すぎて、三回行ったうち二回はプールも閉鎖されたし、閉鎖されなかった一回も少し浸かったぐらいですぐ上がったよ」

 散々だな、と咲良は笑った。

「俺がついてったらまた荒れるかも」

「まあ、そん時はそん時だろ。別のとこ行きゃいい」

 何も夏に楽しめるものは海だけではない。

「てか海に行くって決まってないけどな」

「それもそうだ。こういうのを杞憂っていうのか?」

「お、難しい言葉知ってるな、偉い偉い」

「その言い方腹立つわぁ」

 そう言いながらも咲良は笑っている。

「楽しみだな、夏休み!」

「気が早いなぁ。その前にテストとか、いろいろあるぞ」

「うっ」

 一瞬、顔がこわばった咲良だったが、夏の予定を考える楽しみの方が勝ったらしい。

「まあ、頑張れば良し!」

 きっとテスト直前になればまた泣きついてくるのだろうなあ、と思いながら、いつも通りにぎやかな咲良に、思わず俺も笑ってしまった。


 当然休みも好きだが、いつも通りの日々というのも嫌いじゃない。

 ほとんど全自動で動くような、実に手慣れた日々が心地いいと思うのだ。そしてその流れのなかで食う飯がうまいのだ。

 今日はカレーを作ろう。シンプルなカレーだ。

 まずは豚肉を炒め、程よい厚さに切った玉ねぎ、にんじん、ジャガイモの順に鍋に入れて炒めていく。ある程度炒めたら水を注ぎ少し煮込む。

 そしてルーを入れる。どぼん、っていい音がすんだよな。かたまりが残らないようにしっかり混ぜる。

「あー、いい匂い」

 らっきょうはもう準備している。

 それと温泉卵。ご飯にたっぷりのカレーをよそったら、その上に温泉卵をのせる。いいね、いい眺めだ。

「いただきます」

 まずはカレーだけで一口。

 甘口だがスパイスが効いていて結構ひりひりする。ご飯の甘味と食感、カレーのスパイシーさがよく合う。まさしくカレー、という味わいだ。おいしい。

 ニンジンはほくほくと甘く、ジャガイモはとろとろだ。玉ねぎの存在感も結構ある。

 カレーはらっきょうと一緒に食べるのが好きだ。じゃくじゃくとしたらっきょうの食感に酸味、みずみずしさ、それとカレーの風味やとろみがよく合うのだ。幾分か辛さがマイルドになり、その代わり、らっきょうの風味がぶわっと前面に出てくる。らっきょう酢を垂らすのもいい。爽やかな感じになる。

 さて、卵を割ってみよう。

 おおー、いい色。なじませて食べれば、とてもまろやかな口当たりになる。卵は少し冷たいので温かいカレーとの差が面白い。

 豚肉もいい味出てる。ポークカレー、たまに猛烈に食いたくなるんだよ。豚にしかないうま味を味わいたくなるんだ。

 明日の朝もカレーになるわけだが、朝は何をトッピングしようかな。


「ごちそうさまでした」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ