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一条春都の料理帖  作者: 藤里 侑
日常
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第三十話 チキン南蛮

「あ、一条君。今日は早いね」

「おはようございます」

 日曜は課外がないので、午前中に買い物に行ける。開店早々スーパーにやってきた俺に声をかけてきたのは田中さんだ。ポテチか何か食べたくてお菓子コーナーに行ったところ、品出しをしていた。

 なんかこないだ見た時より日に焼けて健康的な肌色になっている気がする。

「課外が休みなので」

「そっか、課外があるのか」

「夏休みって感じがしません」

 俺がげんなりして言うと、田中さんは明るく笑った。

「あっはっは! 俺もそうだったなあ。でも、午前中に頑張っておいたら、午後から気持ちよく休めない?」

「それは確かに」

 田中さんは俺と話しながらも、手際よく品出しをしていく。

「うめずは元気?」

「そりゃもう、手に余るほどに」

 それからも少し話をしていたが、途中で呼び出しがかかって田中さんはレジへ向かった。

「最近は暑いからね。一条君も体調には気を付けて」

 残された俺はとりあえず、うすしおとコンソメのポテチをかごに入れて、精肉コーナーに向かった。

 今日のお目当ては、鶏肉だ。

 うちでは、鶏肉は豚肉や牛肉よりも食べる頻度が高いと思う。鶏、豚、牛の順ぐらいだろうか。からあげや親子丼はもちろん、鍋に入れる肉も基本は鶏だ。あ、鍋は豚肉入れることもあるかな。とにかく鶏肉は、塩コショウで焼いただけでもおいしいし、照り焼きもいい。

 しかし今日はそのどれでもないものを作る。衣をつけて揚げた鶏に甘酸っぱいたれを絡め、タルタルソースをたっぷりとかける……。

 そう、チキン南蛮だ。

 甘酢たれがさっぱりしていて、夏でもおいしく食べられる――と思うのは俺だけだろうか。

 鶏肉の部位はどこでもいい。好みだ。さっぱり食べたければ脂の少ない胸肉、こってり食べたければもも肉を使う。今日はさっぱり食べたいので胸肉だ。

 あと何か買うものは特になかっただろうか。あ、そうそう、卵買っとかないと。卵焼き作るとあっという間になくなるんだよな。朝飯でもよく目玉焼きとか卵かけごはんとかするし、ゆで卵もよくする。今日のチキン南蛮にも使うし、一パック買っておくとしよう。


 買い物から帰ってくると、スマホに着信があった。

「もしもし?」

『あ、春都~? 元気にしてる?』

 母さんだ。俺は片づけをしながら話をする。

「ん、元気。そっちは?」

『元気元気!』

「そっか」

 電話の向こうからはうるさいほどのセミの鳴き声が聞こえる。まあこっちのセミも負けないぐらいに喧しいが。

『今何してた?』

「買い物から帰ってきたばっかり」

 全部片づけた後、居間に移動してソファに座る。うめずが足元にやってきて、興味津々というように俺の膝に前足をつくと、スマホに鼻を近づけた。

「あ、こら、うめず。話しづらい」

『あはは。うめずの鼻息が聞こえるー』

「すげー匂い嗅いでくる」

『私の声が聞こえてるんじゃない?』

 何とかうめずを落ち着かせて話に戻る。

『あ、そうそう。今年もちゃんと帰ってくるからね』

「ん? なにが?」

『なにが? じゃないよ。誕生日』

 ああ、そういえば俺、誕生日来るのか。すっかり忘れていたが、もう一カ月を切っている。

『今年は結構まとまった休みが取れてね。五日間はいられるよ』

「え、珍しい」

『うまいこと工面ついてね~。だから、誕生日前には帰ってこられる。お父さんもだって』

 誕生日の後もいられるよ、と母さんは付け加える。

 そっか、今年は誕生日当日だけ、っていうわけじゃないのか。

誕生日は毎回、家族そろって飯を食うのだが、当日だけということが多かった。それだけでもありがたいのはもちろんだが、何日間か一緒にいられるのはまあ、うれしい。誕生日プレゼントをねだるような歳でもないし、ケーキがなければぐずるなんてこともないけど、うん。

「……分かった」

『あら、嬉しそう』

 母さんは電話の向こうで面白そうに笑った。

「……別に」

『ふふ、楽しみにしててね』

「……ん」

 それからはお互いの近況報告をして、電話を切った。

「わうっ」

 うめずが一声吠えて飛び跳ねる。そんなうめずを両手で思いっきり撫でると、うめずは俺の顔を見上げて尻尾をちぎれんばかりに振り回した。


 さて、晩飯の時間だ。

 鶏肉はすでに適当な大きさに切っている。それに塩コショウを振り、小麦粉をまとわせたら卵にくぐらせ、揚げていく。

 揚げている間に甘酢だれを作る。といっても簡単なもので、耐熱皿に醤油と酢と砂糖を入れてレンジでチンするだけだ。ただ、部屋の中がものすごく酸っぱいにおいになる。

 タルタルソースはいつも使っている買い置きがある。ちなみに、このタルタルソース、卵焼きにもよく合う。

 皿に盛り付けて、完成だ。甘酢だれはまとめてかけておくとしよう。

「いただきます」

 タルタルソースは玉ねぎが結構ごろっとしている。俺はたっぷりかけるのが好きだ。

ザクっと衣のいい歯ごたえの後、肉のうま味が染み出し、甘酢だれの酸味が鼻に抜ける。タルタルソースのまろやかさと玉ねぎの食感も相まって、ご飯によく合う。

 甘酢だれだけでも食べてみる。酸っぱさが際立って、チキン南蛮というより酢豚的な感覚だ。豚じゃないけど。やっぱタルタルソースあってこそのチキン南蛮だよな。でもまあ、これはこれでうまい。

 タルタルソースと甘酢だれだけをご飯にかけても結構おいしい。

 でもやっぱり肉と一緒に食うのが一番だ。甘酢だれが染みて少ししんなりした衣も味がある。

 皮の部分もおいしい。じゅわーっとジューシーで、口がまったりする。さっぱり肉を食べている途中に食べるのがちょうどいい。

 皮は塩コショウで食べてもおいしいんだよな。

 それにしてもチキン南蛮って、大量に揚げた後は食べきれんのかなって思うけど、案外サクサクなくなるんだよな。ご飯も進むし。

 で、食った後に腹いっぱいになってたってことに気づくというか。……残りは明日の朝に食うのも悪くない。味がもっと染みて、濃くなっておいしいんだ。

 今日は満足。腹いっぱいだ。


「ごちそうさまでした」


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