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一条春都の料理帖  作者: 藤里 侑
日常
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第二十五話 ばあちゃん飯①

 俺は世間でいう、一人暮らしの部類に入るのだろう。両親はひと月帰ってこないこともあるし、自分以外の人の声を家で聞く機会なんてテレビからぐらいしかない。まあ、正確にいえば一人と一匹暮らしなわけだが。

 しかし、どうしても俺には一人暮らしという感覚がない。それはもちろんうめずがいるからというのもある。部屋にいればどこかしらで呼吸音が聞こえるし、足音も聞こえる。でも、それだけじゃない。

 俺に一人暮らしの自覚がない理由、それは――

「春都! 来たよ!」

 この元気な人のおかげでもある。

 ロマンスグレーの髪を短く切って、胸元には小さなオパールのネックレスが輝く。チェーンは金色で細くて上品だ。茶色系統でまとめた洋服は昔から着ているものだが、丁寧に手入れされているのでとてもきれいだ。俺よりはるかにちんまりとしている背丈ではあるものの、存在感は計り知れない。

 玄関に立つ(しかも仁王立ち)その人は、俺の母方の祖母。名を西元トウ子という。

「ばあちゃん元気だね……」

 両親が不在の間は、近くに住む祖母がしょっちゅう様子を見に来てくれる。はじめは一緒に住むかという話も出たが「うちはそんなに広くない」とばあちゃんに一蹴されたのだとか。

「なあに、春都。あんたまだ若いんだからシャンとしなさい!」

 確かに俺は上下ジャージだが、休日の男子高校生なんてこんなもんじゃないのか。

 豪快に笑うばあちゃんの両手には大量の食材その他もろもろが詰め込まれた袋がある。

 ばあちゃんいくつだったっけ。

「荷物、もらうよ」

「ありがとう」

「うわ、重っ」

 一体何が入ってるんだ。

「まあ、うめず。元気にしてる?」

「わうんっ」

 うめずがばあちゃんにじゃれている間に、俺は荷物を片付けておく。カボチャ、ジャガイモ、ニンジン、あとはたくあんの古漬け……エトセトラ、だ。

「じゃ、ちょっと台所借りるよ」

 気づけば、ばあちゃんはいつものエプロンを身に着けて俺の後ろに立っていた。いつものエプロン、といっても、春は桃色、夏は水色、秋は橙色、冬は紺色を基調とした色違いのものを身に着けている。なんというか、まめだなあと思う。

「ん」

 俺は台所の反対側に回る。

 料理のやり方は、ばあちゃんから教えてもらったことが多い。小さいころから暇を持て余していたら、ばあちゃんがいろいろと教えてくれた。最近はばあちゃんが作っているところを見て覚えているが、その手際の良さは到底かなうものではない。

「何作んの」

「カボチャと揚げを煮たのと、たくあん炒めとじゃこ」

「やった」

 たくあん炒めは俺の好物だ。たくあんの古漬けを細く切ってごまとかで炒める。これがご飯に合うんだ。食い過ぎて腹壊したこともあったっけ。

 ばあちゃんはまずカボチャを切り始めた。カボチャってめちゃくちゃ硬くて切るのに苦労するけど、ばあちゃんは難なく切り分ける。揚げも小さく切っていく。

 味付けはシンプルに醤油と砂糖と酒、みりん。水を張った鍋にそれらの調味料を入れ、そこにカボチャと揚げを入れる。そしたらあとは火にかけるのみ。煮ている間に別の料理を作っていく。

 たくあんは細切り。塩辛ければ水に少しさらして塩分を抜く。そんで鍋に移すと醤油と酒で味付け。仕上げにすりごまをまぶす。ここで使うたくあんは古漬けであることがポイント、らしい。

 ばあちゃんが言うじゃことは、いわゆるちりめんじゃこの佃煮だ。浅めの鍋にちりめんじゃこを入れて乾煎りして出しておく。その鍋に醤油、砂糖、みりん、酒を入れて、ふつふつしてきたところに乾煎りしたじゃこを入れる。冷めるとカリカリに固まるところからすると、たぶんばあちゃんの作る佃煮は砂糖が多い。

 弱火でコトコト煮ていたカボチャを菜箸で割る。ほくっとしているのを見ると、ばあちゃんは火を止めた。

 部屋中にいいにおいが充満している。ばあちゃんちのにおいだ。

「味見して」

 と、渡されたのは、小さな皿にのせられた熱々のカボチャと染み染みの揚げ。まずはカボチャを一口。

「あっち」

「やけどしないようにね」

 ほっくりとした食感にとろりと甘いカボチャの味。醤油や砂糖の風味もいいが、カボチャ本来の甘味が心地よい。

 揚げもじゅわーっと汁があふれ出す。

「まだ味は染みてないかな?」

「んーん、おいしい」

「ならよかった」

 ただでさえ少し腹が減っているのに、少しカボチャを食べたものだから余計に腹が減ってきた。

 盛大に腹が鳴ると、ばあちゃんは笑った。

「お昼にする?」

「……ん」

 俺が頷くと、ばあちゃんはササッとおにぎりを作ってくれた。俵型のシンプルな塩おにぎりだ。それも大量に。大皿の上には十を超えるおにぎりが整列している。

「余れば夜食べなさい」

 テーブルの上には、出来立てのたくあん炒めとじゃこもある。

「いただきます」

 待ちに待ったたくあんを取り皿に。

 いかん。思わず山盛りにしてしまった。まあいいや、食べるだろ。

 たくあんだけでまず一口。ポリッとした歯ごたえもありながら、少し柔らかい。ほんのりと温かいのができたてならではだ。ごまの風味と醤油の香ばしさがたまらない。端っこの方はちょっとかためだけど、噛みしめればうま味がジュワッと出ておいしい。

 じゃこも甘辛くてご飯が進む。噛み応えがあって飴っぽい表面が好きだ。鼻から抜ける魚の風味は、子どもの頃は苦手だったけど今となっては大好きだ。

「はい、カボチャ」

 改めてかぼちゃの煮物もいただく。皮の部分も結構うまい。甘さとかはあまりないけどほくほく感はとてもいい。ご飯と口に含めばねっとり感が増す。ちょっとのどに詰まりそうになる。いかんいかん、がっつき過ぎたか。

 調味料はどの料理もほとんど同じものを使っているはずなのに、ここまで違う風味が出せるとは。不思議なものだよなあ。

 それにやっぱり、自分で作るのと味付けが違うのはいい。

 作り方も調味料も同じものを使っても、やっぱり料理の味は変わるものだ。それはいつも不思議だなあと思う。

「たくさん食べなさいね」

 台所で片づけをするばあちゃんの声に、俺は箸を進めながら頷いた。

「ん、おいしい」

 自分じゃ絶対に出せないこの味。これからもずっと食べられるといいなあ。

 またあとで教えてもらおう。せめて近い味が出せるように。


「ごちそうさまでした」


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