表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一条春都の料理帖  作者: 藤里 侑
日常
24/867

第二十四話 牛丼

 パラパラ……と小さく弾む雨の音で目を覚ます。

 カーテン越しに、窓に打ち付ける雨の影が見える。開けてみれば、空は明るいのにしとしとと雨が降り続けている。天気雨、いや、晴れてはないから違うかな。

「お、うめず。おはよう」

 ぼーっと外を眺めていると、足元で寝ていたうめずがおきてこちらに来た。

「雨だぞ」

 一人と一匹、再び外に視線を向けた。雲の流れは若干早く、ぼんやりと眺めていると気持ちよくなってきた。

 いかん、こんなことしてたら眠くなる。遅刻するわけにはいかん。

 俺は伸びをするとベッドから降りた。


 結局、雨は午前中にはすっかり止み、代わりに強烈な日差しが降り注ぎ始めた。濡れそぼった地面はいつしか乾いてしまい、空気は湿気を含んで蒸し暑かった。特に廊下には空気がこもって、ものすごくじっとりしている。廊下にいるだけで体力が削られそうだ。

 教室は教室でクーラーがついているのだが、ちょっと効き過ぎている気がする。設定温度が結構低いんだ。でもまあ、何もないよりはいい。

 金曜の昼は暇だ。咲良が図書館で当番やってるから、何かと巻き込まれることが少ない。そう考えれば平和ともいえるか。

 自分の席について、周囲のざわめきを聞きながらうとうとする。今日は午後からの授業の予習も終わってるし、本当にすることがない。

「……アイスでも買いに行くか」

廊下に出ると、むわっとした熱気が全身を襲い、思わず顔をしかめてしまう。

「あ、一条!」

「おう。百瀬」

 一組の前を通ったところで、百瀬がひょっこりと顔を出した。湿気のせいか、髪のはね具合がいつもよりすごい。

「いつにもまして元気な髪だな」

「湿気が多いとはねるんだよー。俺、天パなんだ」

「それ、咲良も言ってたわ」

「で、一条はどこ行くんだ?」

 廊下に出てきた百瀬は赤い保冷バッグを持っていた。

「食堂。アイス食おうと思って」

「それならさ、これ食わねえ?」

 と、百瀬はその保冷バッグのふたを開けた。そこには大量の保冷剤がぎっちりと詰まっている。え、保冷材食うの?

「あー、ちょっと待ってな」

 百瀬は廊下のロッカーの上にバッグを置くと保冷剤をどけ始めた。そして中からタッパーを取り出す。

「これこれ」

「……なんだこれ?」

 タッパーの中身は見た感じ、アイスのように見えた。短い割りばしが突き刺さっていて、どれもカラフルだ。

「これ、葛アイス。葛粉を入れて作ったアイスなんだー」

 葛粉を使ったアイス? 聞いたことないな。てかこれも手作りなのか。

「溶けにくいって聞いてなあ。弟たち、アイス食う度にでろでろに溶かすから、どうにかできないかなと思ったら、このレシピ見つけたんだ。学校に持ってくるのにも重宝してるよー」

「もらっていいのか?」

「もちろん!」

 屈託なく百瀬は笑い、タッパーを差し出す。

 俺は一番最初に目についた、薄いオレンジ色のものをもらう。

「それは缶詰のミカンだな」

 そっと歯を入れる。確かに普通のアイスとは違って、しゃりっとした中にもちっとした感じがある。ちょっと溶けだしたところはぷるんと冷たい。みかんの甘みと酸味も爽やかだ。ちょっと冷凍みかんっぽくていいな。

「ん、うまい」

「そうか! よかった」

 百瀬は淡い緑色のものを口にした。それは抹茶らしい。

「これ、体育祭の日も作って持ってこようかなー」

「体育祭といえば、お前、立て看板描くんじゃねえの?」

「へ?」

 間抜けな声を上げるが、百瀬は食べるのをやめない。

「もう今ぐらいから制作始まってるんだろ?」

「そうらしいね」

「……美術部は全員駆り出されるって聞いたが?」

 俺の疑問に、百瀬はすっかりアイスを食べ終わってから答えた。その表情はあっけらかんとしたものだった。

「俺、美術部じゃないよ?」

 えっ。

「誰から聞いたか知らないけど、俺、美術室借りてるだけで、美術部入ってないぞ?」

「まじか」

「でもそっかあ、これから立て看板の制作始まるなら、しばらくは美術室使えないなあ」

 俺は黙ってアイスを口に入れる。あ、この食感、なんか覚えがあると思ったら凍らせたこんにゃくゼリーに似てるんだ。なるほど納得。

 と、遠くから「あーっ!」と聞き思えのある声が。

「俺抜きでうまそうなもん食ってるー!」

 どうやら咲良らしい。その隣には朝比奈もいた。それを確認すると、百瀬はそちらにぶんぶんと手を振った。

「おー! 井上! 貴志! お前らの分もあるぞー!」

 どうやらちょうど図書館から戻ってきたらしい。騒がしくなりそうな気配を察知しながら、俺は最後の一口をほおばった。


 さて、今日は例のごとく帰りにスーパーに寄った(田中さんとは合わなかった)わけだが、なんと掘り出し物が。

 半額になった牛肉。薄切りだが、結構な量があるのだ。

「さあ、何を作ろうか」

 なんてつぶやいてみるが、これを見つけた瞬間に何を作るかは決まってしまっていた。

 牛丼である。

 甘辛く炊いた牛肉を白米にのせて食う。シンプルだが間違いなくうまい。あと結構ボリュームもある。

 さっそく調理開始だ。

 牛肉を炊く前に玉ねぎを切っておく。うう、目に染みる。

 フライパンに水、醤油、酒、みりん、砂糖を入れて、そこに玉ねぎを投入して火にかける。ある程度煮えてきたら、本日の主役、牛肉の登場だ。

 肉が硬くならないように気を付けながら煮て、牛肉に火が通ったら完成である。

 せっかくだし、つゆだくにしてやろう。紅ショウガも忘れちゃいけない。

「いただきます」

 まずは肉だけで食べる。甘辛い味がよく染みている。脂身もいい感じでうま味が出るのだ。口いっぱいに柔らかな食感とひたひたのつゆが広がっておいしい。

 そしてやっぱりご飯と一緒に。やっぱり牛丼はこうでないと。つゆと白米と肉のうま味が合わさって進む進む。玉ねぎも、主役の牛肉を邪魔しないながらも確かに存在感があってほんのりと甘い。少し歯ごたえが残っているのもいい。

 紅ショウガと一緒にかきこむとあっさりいける。

 この肉、うどんにのせてもうまいんだよなあ。でもやっぱご飯との相性抜群だな。

 また安くなってたら作ろう。今度はこんにゃく入れてもいいかもな。お店や学食なんかで食べる牛丼には入っていないことが多いが、おいしいのでいいだろう。

 なんでもあり。それこそおうちごはんの醍醐味だ。


「ごちそうさまでした」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ