第二十二話 回鍋肉
「えっ? 百瀬と朝比奈って中学一緒なん?」
登校早々、廊下で鉢合わせた咲良とだべっていたら朝比奈も来た。そこで何となく百瀬の話になったのだが、それは知らなかった。
「中学どころか小学校も同じだ」
「へー、ポップの時何も言わなかったじゃんか」
「聞かれてないし……」
朝比奈の言葉は不貞腐れるでもイラつくでもなく、ただ淡々としている。本当に深い意味はなさそうだ。
「昔から絵を描くのが好きで、しょっちゅう賞も取ってた。でも賞状とか景品には興味なくて、ロッカーに置きっぱなしにして怒られてた」
「欲がないのか?」
咲良のつぶやきに朝比奈は首をひねる。
「まあ……甘いものには目がないが……」
「自分で作るって言ってたもんな」
俺のその言葉には朝比奈も頷いた。
「弟や妹の誕生日にはケーキを作ってるらしい」
「すっげー。食ってみてえ」
「お前はまた……」
そうこうしているうちに予鈴が鳴った。見れば廊下にいる生徒はまばらで、先生の姿もある。俺たちは慌てて自分たちの教室に向かったのだった。
体育祭の係決めは、体育館でブロック別に行われる。赤、白、緑、紫の四チームあり、俺は赤だ。ちなみに咲良は紫で、朝比奈は緑だとか。これは一年生の時に決められて、三年間変わらない。
「俺? 俺は白!」
体育館に向かう途中、百瀬と会った。まあ、体育館に向かう経路は一組の前を通るし、当然といえば当然だが。
「体育祭、面倒だなー」
「それな」
「でもさー、そんなこと言おうものなら、体育の鈴木が火ぃ吹くぜぇ」
と、百瀬は両手を頭にやって、鬼の角のようにして「にししっ」と笑った。
体育館にはもうすでにそれぞれのブロックのリーダーらしき人たちが集まっていた。そういえば去年もいつの間にかリーダーとか応援団長は決まってたけど、いつ決まってんだろう。まあ、俺はやりたくないし誰がなろうが関係ないけど。
今回も全員強制参加の競技以外には出ないつもりなので、後ろの方で気配を消しておく。
「次、立て看板やりたい人!」
立て看板、ああ、あれか。ドラゴンとかなんか強そうなやつの絵描いたの。確かそれも得点に反映されるんだっけか。ブロックの目標だかモチーフだか知らんが、各ブロックの色をふんだんに使った絵をでかい看板に描いて、本部テント前に置く。それを先生たちが審査するらしい。詳しいことはよく知らない。小学校の時からあったような気もするが、気にしたこともなかった。
あ、そういや、やっぱ百瀬も描くんかな。毎回、美術部駆り出されてるもんなあ。
それにしても蒸し暑い。扇風機は一応回ってはいるが、暑い空気を循環させているだけなので意味がないというか、逆に暑いような気がする。
早く帰りてえ……。
なぜか、こうも暑いと、中華が無性に食べたくなってくる。
俺は今、スーパーのレトルト食品の棚の前にいた。そこには色とりどりの箱が並んでいて、その箱には漢字ばかりの商品名が書かれている。それすなわち、中華料理の素である。
これを使えば中華料理が家でも作れる。ありがたい話である。
麻婆豆腐をご飯にかけて食うの、うまいよなあ。旬の野菜を使うなら青椒肉絲とか麻婆茄子とか。麻婆茄子は小さいころ苦手でずっと食べてなかったけど、中学の時に改めて食べてみたらめちゃくちゃうまかった。なんで今まで食ってこなかったんだって後悔したほどだ。
そういえば冷蔵庫に豚肉残ってたな。早いとこ使っときたい。豚肉使った中華かあ……。
青椒肉絲も肉を使うが、あれはどっちかって言うと野菜が主役なんだよな。肉がメインの中華……棒棒鶏は鶏か。ていうかもうちょっとこってりしたものが食べたい。
あ、回鍋肉はどうだろう。あれならキャベツと豚で作れる。最近食ってなかったし、いいな。
そうと決まれば回鍋肉の素を買って早いとこ帰ろう。
クーラーがガンガンに効いた部屋で、早く飯をかきこみたい気分だ。
キャベツも一玉買うと使い切るのが大変だ。現に冷蔵庫にはまだ半玉ぐらい残っている。でも回鍋肉にするとかなりの量消費できるのでいい。ザクザクと切れば青いにおいが立つ。今日は千切りではなく角切りだ。
今日は豚肉も切る必要がある。いつもであればすでに切り分けられている豚バラ肉とか、豚コマとかを使うが、今日はとんかつにできるような豚ロースだ。さすがにそのままはちょっとな。
フライパンに油をひいて、キャベツから炒めていく。作り方は回鍋肉の素の箱に書いてある通りだ。箱にはキャベツのほかにも、ネギやピーマンを入れてもいいとあるが、たいていキャベツだけで作るな。
炒めたキャベツはいったん皿に移して、豚肉を炒める。油がめっちゃ飛ぶので腕が結構熱い。そして、火が通ってきたところに回鍋肉の素を入れる。袋がとても開けづらいと思うのは俺が不器用だからだろうか。そうそう、これを入れるときは火を止めるんだった。そんで、キャベツも入れたら中火にしてよく絡ませる。
よし、完成だ。ご飯は山盛りでいこう。
「いただきます」
やっぱりキャベツと肉は一緒に食べたい。
少しの辛さと味噌や醤油にも似たうま味が、シャキッとキャベツによく合う。肉もかたすぎずおいしい。
キャベツだけで食べるとみずみずしさが際立つ。
肉だけだとなんだか贅沢している気分になる。噛むたびにうまみと甘みがジュワ、と滲み出してくるのが好きだ。
ご飯と一緒にかきこめばもう最強である。米の薄い甘みがこってり味によく合う。
生卵を絡めてもおいしいらしい。けど今日はこのまま食べたい気分だ。
ホイコーローを半分くらい食べたところでご飯を食べきってしまった。もちろんおかわりする。そしてそのご飯はホイコーローの皿に一緒に盛る。
こぼれないようにそっと混ぜて、今度はスプーンで食べる。
中華の濃い味が、白米に絡んでよりうまみが増した気がする。そして、満足感もばっちりだ。おいしい。
想像した通りのおいしさが口の中で広がるって、どうしてこう感動的なのだろう。
やっぱ飯を食うって、幸せだな。
「ごちそうさまでした」