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一条春都の料理帖  作者: 藤里 侑
日常
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第二十話 焼きそばパン

 時々、何か一つのものを猛烈に食べたくなることがある。

「焼きそばパンが食べたい」

 寝起き早々、居間で仁王立ちしてそう宣言した俺をうめずがゆっくりと見上げる。

「食堂にも売っていることがあるが、一か八かだ。それに、売り切れている可能性が高い」

「わう……くうん?」

「と、いうわけだ。作るぞ、焼きそばパン」

 幸いにも今日は焼きそばパンを作るために必要な材料がそろっている。

 焼きそばは袋麺がある。青のりもそれについてる。母さんが大量に送ってきたインスタントラーメンの中にこいつもいたのだ。いつもは買い置かない紅ショウガも今はある。今度とんこつラーメンにのせようと思っていた。パンもホットドッグのがある。休みの日の昼飯はそれに適当におかずを挟むだけで腹にたまるものができるので楽だ。

 これだけ揃っていて作らないことがあるだろうか、否、ない。

朝飯はご飯と決めているので、焼きそばパンは昼飯にする。どうしても朝は米でないと力が出ない。

 野菜は……もやし。キャベツとかニンジンとか、あとは玉ねぎとか入れてもいいが、今日は入れない。何ならもやしがメインで、麺は添えるだけみたいな焼きそばもあるくらいだし。俺的には、焼きそばにもやしというのはベストコンビだと思う。

 肉っ気も少しは欲しいので、中途半端に残っていた冷凍の豚肉を炒める。そこに洗ったもやしも入れる。炒めたものはいったん皿に移して、同じフライパンに水を張る。

 そこに麺を入れる。麺はフライ麺なので、ふやかし、ほぐしていく。水気が飛びきってしまう前に味付けをする。付属している粉のソースをまんべんなくかけて少しなじませ、皿に移していた肉ともやしを入れてよく混ぜる。

 パンはすでに切込みが入っているので、そこに焼きそばを挟んでいく。いや、詰めていくといった方がいいだろうか。その上に青のりをふりかけ、紅しょうがをのせたら完成だ。青のりの香りが食欲をかきたてる。

 粗熱が取れてからラップに包んで、保冷バックに入れて準備完了。三本はまあ余裕だろう。

 しかしまあこれだけじゃ当然足りないので、食堂でなんか調達しよう。


 例のごとく咲良も食堂に行くとのことだったので一緒に行くことにした。

「あー! 一条!」

 食堂に入るや否や、誰が発したか見なくてもわかる、元気のいい声が飛んできた。

「え、誰?」

 さすがの咲良もきょとんとしている。声の主は立ち上がり、小さい体を目いっぱいのばしてこちらに向かって手をぶんぶん振っていた。

「百瀬だ」

「百瀬?」

 俺たちは百瀬のもとに向かう。いや、あれだけされたら向かうしかないだろ。

「ポップコンテストで一位取ったやつだよ」

「あー、あのうまそうなお菓子の絵描いてた」

「そうそう」

 いつもだったら咲良とは向かい合って座るのだが、今日は並んで座る。

「百瀬優太だ!」

「おー。俺は井上咲良、よろしくな」

 一言二言交わして、俺たちは列に並ぶ。

「ついフルネームで答えちまった」

「俺も初めて会ったときはそうだった」

 結局俺はコロッケを単品で二つ頼むことにした。焼きそばパンが結構ボリュームあるし、ちょうどいいだろう。

 コロッケは作り置きされているのですぐに出てくる。まだ時間がかかりそうな咲良を置いて、俺は先に席に行っておく。

「あれ、もう食べ終わったのか」

「ん? ああ!」

 百瀬の前にある皿はもう空になっている。早食いなのか……いや、これは量が少ないのか。

「……足りなくねーか?」

 俺の問いに百瀬は「全然!」と首を横に振る。

 おそらくこいつの前にあったのはカレーで、しかも一番小さいサイズだろう。

 ずいぶん省エネだなと思いながら、俺は焼きそばパンを取り出す。

「手作り?」

「ああ」

「へー、すげえな!」

 細めの麺に、ぱさっとしたパン。ソースの風味は程よく、もやしもしゃきっとしていておいしい。パンは噛むと少しずつ甘みが出てくる。これが焼きそばのしょっぱさとよく合うんだ。紅しょうがの酸味がいいアクセントになっている。

 これこれ、これが食べたかったんだ。

 あっという間に一つ目ペロリ。ちょっとしんなりしたコロッケを一つ食べ、二つ目に手を付けたところで咲良が来た。食堂のコロッケ、ジャガイモオンリーなんだよな。

「あー、焼きそばパン」

「お前はまたかつ丼か」

 二つ目には少し工夫をしてある。マヨネーズを仕込んでいるのだ。焼きそばとマヨネーズはとてもよく合う。まったりとした口当たりで満足感が増すのだ。

 あ、豚肉発見。小さいけど、焼きそばパンにはちょうどいい。むしろこれぐらいがベストだともいえる。

「あれ? 百瀬はもうデザート?」

「え」

 咲良の言葉に視線を前に向ける。百瀬の手にはタッパーが握られていた。

「おう! デザートは別腹なんだ」

 中にはクッキーが入っているらしい。見た感じは普通のクッキーだが、百瀬がふたを開けると、紅茶の香りがかすかに香った。

「いつもはココアとかなにも入れない普通のとかばっかり作ってんだけど、どうしても紅茶のクッキーが食べたくなってなー」

 と、百瀬は一つ、クッキーを口に入れると嬉しそうに笑った。

「うまー」

「え、百瀬お菓子作れんの?」

 咲良が驚いたような感心したような声でそう聞いた。

「おー、作れるぞ。といっても簡単なのだけどな」

 ああ、だからお菓子の本を選んだのか。納得。

「きょうだい多いし、買うより安いし。ちゃんと保存すれば長持ちするしな! なにより、好きなものを好きなだけ作って食えるのがいい!」

 それは大いにわかる。食べたいものを作って、好きなだけ食べられるのは、最高の贅沢だよな。俺は思わず頷く。

 ……あ、そうだ。今度はナポリタンパンでも作るか。一緒にコロッケを挟んでもいいかもしれない。そしたらボリューム倍増、満足感もあるだろう。

 でも、今日は焼きそばパンがうまい。わざわざ朝から作ってよかった。


「ごちそうさまでした」


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