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一条春都の料理帖  作者: 藤里 侑
日常
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第十六話 文化祭弁当

 朝になって気づいた。弁当箱が四人分もない。

 使い捨てのやつを使おうと思っていたのだが、しまった。あと一つしかない。

 さて、どうしたものか。

「まだ店は開いてないしなあ……あ」

 そういえば、昔から運動会なんかの時に使っていたでかい弁当箱があったはずだ。紙皿とか割りばしはあるし、それでいいか。紙皿とかは一回買うと結構長持ちする。量が量だからなあ。

 入れ物も決まったし、調理開始だ。

 まずはハム巻きから。ハムは半分に切り、中に入れるキュウリも半月切りにする。くるっとハムを巻いて楊枝に刺し、マヨネーズを中に絞ってキュウリを入れる――というより突き刺す。

 オクラ巻きは塩コショウで焼いて、肉の天ぷらは片栗粉をつけて揚げる。

 熱々のまま弁当には入れられないので、ちょっと冷めてから詰める。ピクルスはタッパーに入れていけばいいか。

 おにぎりはシンプルに塩と海苔。パンはサンドイッチ……といっていいのだろうか。サンドイッチ用のパンは使うが、ハムを置いてマヨネーズを絞り、海苔巻きの要領で巻く。これはアルミホイルに包んで持っていく。

「すごい豪華になっちまったな」

 食べきれるか? まあ、余ったら余ったときに考えよう。


うちの学校の文化祭は、午前中に吹奏楽部や合唱部なんかの出し物があって、午後からは有志の発表がある。そして、昼休みがいつもより長く取られるのだが、その間に、調理部のお菓子販売とか文芸部の作品配布とかがある。要するに「なんちゃって出店」みたいなのがあるのだ。で、その時間帯に俺たちの仕事もあるわけだ。

 図書館はそういった活動のスペースの動線上にあるので、まあ、ある程度の投票者は期待できる。俺としてはそこまで来なくていいのだが。

「参加者あんまり多くないといいなあ」

 肝心要の司書がカウンターにだらっとしながらそう言うのだからどうしようもない。

 眠気をこらえて午前中を乗り越え、昼休み。俺は弁当を引っ提げて図書館に来ていた。咲良はさっきから弁当ばかり見ている。準備をしろ、準備を。

「弁当はいつ食うんだ?」

「投票終わってだろ」

「えー」

 朝比奈が文句を垂れる咲良に、紫陽花が華やかな投票箱を渡した。

「働かざる者、食うべからず」

「じゃあ先生は?」

 しぶしぶそれを受け取った咲良が言うと、揃ってカウンターを振り返る。いつの間にやら先生は立ち上がっていた。

「呼び込みは任せ給え」

 なんて現金な人だ。

 ともかく、各々投票箱やら投票用紙やらを持って図書館の外に出る。ポップはすでに掲示されていて、もう何人かはそれの前に立っていた。人も増えてきて、いよいよ賑わってくる。ちょっと面倒だ。

「ポップコンテスト、投票はこちらでーす!」

 咲良は威勢よく声を上げる。それに先生も続いた。

「投票用紙もここにある。投票してくれた人にはささやかながら、景品も準備しているぞー」

 意外にも投票者は多いもので、投票締め切りの前に投票用紙がなくなった。投票箱の見た目効果もあったのだろうが、そもそも集まった作品自体も多いので、結構、文化祭に一生懸命な奴は多いのかもしれない。

「集計はまた後日だな。さて、昼飯にするか」

 先生の言葉にふと思う。

「どこで食うんですか」

「あ、そういやそうだな」

「図書館の中じゃ食べられないだろう」

 三人して話していると、先生は不敵に笑った。

「まあ、ついてきたまえ」


 先生に連れられて行った先は、中庭だった。喧騒は遠く、通り抜ける風が気持ちいい。そしてそこにはアウトドア用のテーブルとベンチが。

「持ってきていたんだよ。ここはどこの教室からも見えないし、ちょうどいいだろう?」

「すげー、ピクニックみてえ!」

 テンションが上がったらしい咲良がさっそく席に着く。

「俺ここ!」

「じゃあ、俺はここに」

 先生は咲良の斜め向かいに座った。

「……どこ座る?」

「んー……」

 朝比奈と話し合った結果、俺が咲良の隣に座り朝比奈が先生の横に座った。

 俺はさっそく弁当をテーブルにのせ、紙皿と割りばしを配った。

「お、一人一つじゃないのか」

「弁当箱が足りませんでした」

「なんか運動会みたいで楽しいなー」

 ふたを開け、おにぎりとサンドイッチの段とおかずの段に分ける。

「では、いただきます」

 肉の天ぷらは少ししっとりとしているが、ニンニク醤油の風味が濃い目でご飯が進む。

「ピクルス? 色がきれいだな……酸っぺえ!」

「ほお、甘い卵焼きか。うまいな」

「ハム巻き取ってくれ」

 オクラ巻きもおいしい。カリカリの豚肉に粘り気のあるオクラは最強だと思う。ぐるぐる巻きのサンドイッチは中からマヨネーズが垂れてくるのでちょっと食べづらいが、いい。

 ピクルスの漬かり具合もちょうどいい。三人とも食べられてよかった。

「なんだ、ここにいたのか」

 聞き覚えのある声が聞こえて顔を上げると、石上先生がいた。

「どうした石上」

 漆原先生がほおばっていたおにぎりを飲み込んで聞くと、石上先生は顔をしかめて頭をかいた。

「食堂で飯を食おうと思ったら思った以上に人が多くてな。まいったよ」

「それは災難だな」

 二人が話している間、俺は咲良と朝比奈に石上先生のことを説明していた。

「コンビニも人が多いだろうしなあ……」

「あの」

「何だ、一条君」

「よかったら、食べていきませんか」

 俺の提案に石上先生は目をしばたいた。

「いいのか?」

「はい。結構量もありますし、腹減ってる人、見過ごせないでしょ」

「あ、じゃあ朝比奈こっち来いよ。三人で座ろうぜ」

 朝比奈が咲良の隣に来て、漆原先生の隣に石上先生が座る。

「それじゃあ、ありがたく頂戴するよ」

 と、石上先生は申し訳なさそうに笑った。

 少し迷っていたみたいだが、石上先生はまず肉の天ぷらに箸をつけた。一口食べると、少し目を見開いた。

「ん、うまいな」

「そうだろう?」

「なぜお前が得意げなんだ、漆原」

「おいしいならよかったです」

 それからは今日の午後からのこととか、午前中にあったことの話をしながら食べ進めた。あんだけ山盛りだった弁当もいつの間にかすっからかんになり始めていた。

「すげえ、なくなった……」

 余らなかった。なんか、すがすがしいな。

「これは、お礼をはずまんといかんなあ」

「そうだな」

 大人二人がなにか呟いている。石上先生も何かくれるのか。

「一条、うまかった。ありがとう」

 朝比奈もなんだか満足げだ。咲良もにこにこ笑っている。

「また食べられてラッキーだったわ、ありがとな!」

「……おー」

 まあ、これだけ満足してもらえたなら作ったかいがあるというものだ。

 涼しい風が吹き、教室の喧騒が一瞬濃くなって、波が引いていくように静かになる。青い香りに誘われるように、俺はグーッと伸びをした。

 月曜日は振替休日だし、ゆっくりさせてもらうとしよう。


「ごちそうさまでした」


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