episode.08
アークは人目も憚らず白雪に口付ける。
白雪は目を覚ます。王子のキスで目を覚ます。
「………おはようございます、アーク様」
意識が戻っても体に力は入らず、アークの腕の中から抜け出せないが微笑みアークを見上げている。
「すまない」
「ご挨拶の邪魔をしてしまいましたね。申し訳ありません」
「そんなことはいい」
2人は注目の的になっているが、今だけはそんな野次馬の騒ぎも気にならないほど白雪はアークの顔に見惚れていた。
そこにはいつもの冷たい眼差しもポーカーフェイスも無く、純粋に白雪の身を案じるアークがいた。
薄ら冷や汗すら見える。
アークが開口一番で謝罪したのは、今夜白雪を守ると言う約束を果たせなかったからだろうけれど、アークのこんな顔を見れたなら、それも悪くないとすら思えた。
自分だけに向けられるアークの弱い顔だ。
「なっ…なんっで………」
ミダラと他数名に取り押さえられたメデューサが驚きの声を漏らした。
先程しっかり目が合ったのに、今は薄くしか瞼は開いておらず、その視線がどこに向いているかは分からないが、意識を取り戻した白雪に驚いているのは確かだった。
メデューサだけでなく、ここにいるこの出来事を目撃した大半の魔物達がどういうことかと驚いている。
「これで一つ、ハッキリしました」
白雪は落ち着いた口調で、やはり微笑みながら続けた。
「私にはちょっとした事情がありまして、条件を満たせばこの体を蝕む毒物を消化してしまえるのですが、たった今それは、あなたのような特別な力で命を脅かされても発揮されると証明されました。私の命を脅かす害は全て毒とみなされるようですね」
「な、何を言ってるのよ…そんなの人間じゃないじゃない!」
「私は紛れもなく人間から生まれた人の子ですよ。角も無ければ翼も生えていません。」
「っ!!」
何か言いたげなメデューサだが、言葉は出て来ないまま会場の外へと引きずられて行ってしまった。
アークが白雪を抱き抱えると、魔物達はまたざわざわと騒ぎ立てる。
凄い物を見た、あれは本当に人間か、あの人間は王子妃に相応しい、実は魔物なのではないか、人間と魔物の混ざりものか……
会場には様々な憶測が飛び交っていた。
そんな事は全く気にせずアークは魔物達の横を素通りしていく。
「アーク様、最上階のお部屋を」
「ああ」
取り仕切り役らしい魔物にも端的に返事をするアークを白雪はうつらうつらとしながら見ていた。
「辛いか?」
「いえ。少し、眠いだけで、問題ありません」
上質な部屋に連れられた白雪は、純白のベットに優しく降ろされた。まだ手足に感覚がなく力が入らない。
そんな白雪をアークは見下ろし、口付ける。
普段よりも急速に求めるようなキスに翻弄されているうちに、白雪の体は随分楽になっていた。
「わざとか?」
「はい?」
「あれと目を合わせたらどうなるか、知っていただろう?」
アークの瞳には鋭く熱く、白雪を貪り食ってしまいそうな欲望の火が灯っているのに、理性でそれを押さえ込もうと怒りにシフトしている。
白雪は穏やかに答えた。
「はい、知っていました」
「こうならない可能性だってあったはずだ」
死んでいたかもしれないんだぞ、と叱られる。それほどに自分がアークにとってなくてはならない存在かと思うと嬉しいと思った。
「このくらいの賭けに勝てないようでは、あなたの隣に相応しいと周囲に認めて貰えないでしょう?」
「周りがどう言おうと、俺が決めた事だ」
「私があなたの足枷になるわけにはいきません。あなたはいずれこの世界の王になるお方ですから」
「……………また俺の事か」
「? んむっ………!」
一瞬見せた苦しむような表情に囚われて、言葉を紡ぐ間も無く塞がれる。
喰われるとはこの事だろうかと思った。与えられる熱に侵されて、胸には刃を突き刺されているかのように痛みが走る。
アークがこれまで、白雪が生きている事をこんなにも激しく確かめた事はない。
いつも冷めていて、年頃の少女にキスをするのなんて何ともないみたいな顔をして白雪に口付けるのに、今日は違った。
「そ、んなに……私の、事を………?」
呼吸さえまともにさせて貰えないながらも、白雪はアークに問う。
「ああ、そうだ」
「代わりなら、いくらでも……」
「いると思うか?お前に代わって俺の隣に立つ者が」
「っ!!」
白雪の言葉は言葉になる前に飲み込まれてしまう。
酷く胸が締め付けられた。自分の代わりはいないのだと自惚れていいだろうか。
与えられるこの熱は、アークの本心だと受け取っていいのだろうか。
「アーク…様………息が………」
酸欠で頭がくらくらする。
「脆いな。やはり壊してしまう」
「え?」
白雪を見下ろすアークの瞳にはまだはっきりと熱がこもっているのに、口調は穏やかで、アークはその身を白雪から離した。
今夜はこのまま、なんて思っていた白雪は呆気に取られていた。
「まだ足りないか?」
「足りないか」と問いながら「もう終わりだ」と言っている。それを悟った白雪はニコっと笑った。
「はい、まだ足りません」
「大丈夫そうだな」
「足りないと言っているのに」
「休んでいろ。下の様子を見てくる」
アークは踵を返し、振り返る事なく部屋を出て行った。