episode.07
白雪は微笑む。万人を虜にする悪魔の微笑みだ。
皆がアークの隣で微笑む白雪をチラチラと見ては、あれが人間の妃かと噂している。
中には好意的で無い視線が混じっている事には白雪も気づいていた。
「……悪いな」
「構いませんよ」
「お前がそういう性格で助かった」
「おや?では間違えました。ああ、あの心無い視線に私は酷く傷ついています。今夜一緒に眠ってくれたら、癒されるかもしれません」
「無茶言うな。今夜お前を守るからそれで勘弁してくれ」
ふふふ、と白雪が笑う。
「今夜お前を守る…素敵です、アーク様」
アークは周囲にバレないようにため息を吐く。その間にも白雪はテーブルに並べられた人界では絶対にお目にかかれないであろう奇妙な食べ物に目を奪われていた。
「おぉ!夢見樹の新芽があんなに!こういう場所でなければぜひ試してみたかったです」
「…あれが何か知っているのか?」
「なんでも、食べると発情してどんな容姿の異性でも魅力的に見えてしまうとか!人間の私にもその効果が出るのか気になっていました」
「効果が出たらどうするつもりなんだ」
「心配無用ですよ。そんな時のために、素敵なダーリンがいますから」
無邪気に、それでいて計算的な笑みを浮かべた白雪はアークの左腕を掴む。
いつもならばそんな白雪を冷ややかな目で見るアークも、今日ばかりは穏やかな目で見下ろす。
それはそれは仲睦まじい2人である。
「あの、私がいる事も忘れないで欲しいのだけれど」
後方から白雪達に恨めしい目を向けているのは一緒に夜会に来たイザナとミダラだ。
今日の役目は白雪とアークのボディーガードという事らしいが、イザナは己の武器である豊満なそれをギリギリまで露出していて誰かを誘う気満々である。
「忘れていませんよ。ねえ、アーク様」
「ああ」
「忘れていないならそれはそれで問題よ。そんなに見せつけて」
「堂々としていろと言っていたのはイザナではありませんか」
「………ええ、そうね。そうだったわ。」
折れたのはイザナだった。満足げに笑う白雪を周囲は見逃さずその表情に人間だという事も忘れて見惚れている。
言ってしまえば、人間であれば誰でもよかったアークが白雪を選び連れてきたのは、人間に見捨てられた彼女を利用するのが都合が良かったという理由だけでなく、この有無を言わせず認めざるを得ない容姿だった事もある。
人間を妃にと言えば、反感を持つものも多いのは安易に予想がついたが、相手がこの白雪であれば人間であるという根本をも覆してしまう。
今夜、白雪の存在は公になり、アークが人間の女性を妃にとろうとしているのは明白になった。
アークにとっては都合は悪くないのだが、この事で白雪に被害が出ないかと危惧している。
白雪は人間だ。
毒に耐性があるという人間としては特異な体質ではあるがそれだけだ。
何か悪い事に巻き込まれなければいいが、とアークは周囲に目を光らせている。
「アーク様…一言ご挨拶を頂ければ」
パーティーを取り仕切る魔物が遠慮がちに声をかけてきたところで、白雪はアークから手を離した。
「ああ、分かった。すぐに戻るから、ここにいるように」
「はい」
「頼むぞ」
「「仰せのままに」」
3人でアークを見送る。さすがは王子様だ。こう言った場所に赴けば、声明を強請られる。
普段は暗黒で静かな魔界とは思えない煌びやかな会場に、アークはよく似合う。誰も放っておくはずがないのだ。
そんな姿に見惚れていると白雪は声をかけられた。
「お初にお目にかかります、白雪様」
上品だがべったりとへばりつくような口調で、その姿を見て何者かはすぐに分かった。
「はい、初めまして。」
「目を合わせちゃダメよ白雪!」
慌てたイザナの声が白雪の耳に届く頃には、白雪の瞳はメデューサを映し、メデューサの瞳には白雪が映る。
「ふっふっふっ!あっはっはっはっはっ!!」
「おおっ!」
メデューサは高笑い、白雪は徐々に自由が効かなくなっていく己の体に嬉々たる表情で驚いていた。
「多少肝が据わっているようだけれど、そんな余裕な表情でいられるのも残り僅かよ。いずれ全身が岩のように固くなって動けなくなるわ!」
「そのようですね。こういったことは初めての体験で感動しています」
「何を当たり前の事を言っているのよ。あなたは人間なんだから当たり前じゃない!人間がアーク様の妃だなんて似合わないわ!ほら、こんなに脆くて寿命も短くてすぐにダメになってしまうじゃない」
会場が、混沌と化す。
「これではアーク様の折角のご挨拶が台無しですね」
そんな事を言っている間にも手足はもう動かなくなっている。この調子でいずれ全身が動かなくなるのだろう。
心臓も止まってしまうのだろうかと考えていると、イザナが体を支えてくれた。
「白雪!大丈夫!?ど、どうしよう!しっかりして、大丈夫よ!」
その慌てぶりに白雪は少し申し訳ない気持ちになる。ミダラはアークを呼びに行ったのか姿は見えなかった。
「はい、私は大丈夫ですよ。」
「大丈夫!大丈夫に決まっているわ!私がどんな手を使ってもあなたをーーー」
意識がぼんやりしてくる。耳も遠くなって視界も狭くぼやけて、最後は目が回るような感覚で白雪は意識を手放した。