episode.06
白雪はこの日、いつに増して着飾っていた。
「どこの世界にもこう言ったものはあるのですね。イザナは準備しなくて良いのですか?」
「するけどあなたが先よ」
今夜白雪はアークの婚約者として夜会に招かれている。これまで白雪はこういった社交場には顔を出さずに、と言うか、白雪が人間である事を気遣ったアークが顔を出さずに済むように裏で手を回していたのだが、あまりにも姿を見せないのでその存在が嘘なのではないかと噂になってしまったらしい。
そこで今回ばかりは白雪を夜会に同席させるという事のようで、それを伝えられた時のアークの顔は心底嫌そうだった。
「あまり心配はしてないけど、堂々としてるのよ?」
「人間だとナメられますか?」
「それもそうだけど、それよりもあなたはアーク様の隣に立つ者だから、きっと狙われるわ」
やれやれと白雪は肩をすくめた。
「噂は耳にしていましたし、本人からもそのような話を聞いた事はありましたが、人気者も辛いものですね」
アークは王子と言う立場に、その顔の良さも助太刀して、それはそれは大層おモテになると言う事のようだ。
確かに素敵な顔立ちです、と白雪はアークに思い馳せた。
「私も近くにいるようにするけれど、あまりアーク様から離れないようにするのよ。外部の者達は躾のなってないのも多くて本当イヤになるわ」
「イザナがいてくれるのであれば私としても心強いです」
今夜の夜会で白雪の味方は少ないだろう。アークの婚約者でその中身は人間ときている。
気に入らない者がいて当然である。
「メデューサは特に、アーク様の事しつこく狙ってたから絶対仕掛けてくるわ」
「それは怖い」
「大丈夫よ。あなたの方が可愛いわ」
何が大丈夫かは分からなかったが、白雪は微笑んでおく事にした。
避けてばかりもいられない道だ。まだ、その関係はまがいものだとしても、白雪はこの命を救ってもらった恩を返さねばならない。
「よし、完璧ね!大丈夫?窮屈じゃない?」
「はい。問題ありません」
「じゃ、アーク様呼んでくるわね」
「え?」
ちょっと!と反論する間も無くイザナはパタパタと行ってしまい、その姿を追った右手が虚しく空に取り残された。
施された装飾品はどれも輝かしいが、あくまで白雪が主役であると飾り立てている。
しばらくソワソワしていると、部屋の扉がノックされ「俺だ」と短い意思表示に、白雪は普段と変わらない微笑みを浮かべた。
「おはようございます、アーク様。今日は一段と素敵です」
「ああ、そうか。もう夜だぞ」
白雪が緊張しているのではないかと心配していたアークはいつもと変わらない様子の白雪を見て僅かに安堵した。
「夜に女性の部屋を訪ねてくるとはイヤラシイですね」
「………」
キラキラと揺れる髪飾りやピアスが白雪の白い肌を強調して良く似合っていた。
アークはそっと白雪の左手をとった。
「? 残念ですが服が乱れては良くありませんので、イヤらしい事をお望みでしたら夜会の後でたんまりと…」
「違う」
白雪がいつもの調子で言葉を紡いでいる間に、白雪の左手薬指にはシルバーの小ぶりなリングが通されていた。
「!」
「俺とお前は婚約者だからな」
よく見るとアークの薬指にも同じデザインのリングが通されている。
「魔界でもこのようにするのですね」
「いや、これはお前に合わせただけだ」
白雪は視線を自分の左手からアークへと移す。いつものポーカーフェイスで何を考えているかはよく分からなかった。
「好きな人からの贈り物というのは中々良いものですね。大事にしても?」
「好きにしろ」
「そうですか。では遠慮なく」
白雪が嬉しそうに微笑むのをアークは静かに見下ろしていた。人間は伴侶と揃いの指輪を身につける事で、既婚もしくはその予定があると示すのだと言う。
魔族にそういった風習は無いのだが、こうも喜んでもらえるのであれば贈ってよかったと思う。
白雪は常々恥じらいに欠けていて、こういう場面でも素直だから分かりやすい。
対するアークは着飾った白雪に睦言の一つも言ってやれず素っ気ない返事をするばかりだった。
「今夜はあまり俺から離れないようにしていろ」
「今夜は逃がさない、と言う事ですか?」
「冗談じゃ無いんだ」
出来る事なら連れて行きたく無かったと顔に書いてある。イザナも言っていたが、今夜の夜会は白雪が思う以上に部が悪いらしい。
今夜に限った話では無いかもしれないが。
「分かりました。今夜は魅力的なお方に出逢っても大人しくしている事にします」
「魅力的な毒物に出逢っても大人しくしていろ」
「…!」
それは新手の拷問じゃ無いかと白雪はまだ訴えたのだが、アークが折れてくれる様子は無かった。
「ええ、はい、分かりました。仕方ありませんね。アーク様のお手を煩わすわけにはいきませんし」
白雪の主体はやはりアークなようだったが、残念そうに肩を落としていた。
撫で肩が更に撫で肩になって肩のショールがずり落ちている。
アークは白雪の肌に触れてしまわないように気をつけながらショールを直してやるのだった。




