episode.04
「だからね!こうやって上目遣いして、ぐっと胸を寄せるのよ」
「…それでどうこうなる話とは思えませんが」
「淫魔の私が言うんだから間違いないわ!」
「相手はアーク様ですよ?試した事は?」
「…………………凄い怖い顔で睨まれたわ」
試したんだ。
現在、白雪の部屋には淫魔のイザナが遊びに来て2人で恋バナに花を咲かせている。
ちょうど、全く役に立たないアドバイスを受けたところだ。しかも実証済みで全く効果が無かったらしい。
「あなたと王子はもうそういうことになっているのだと思っていたわ。婚約者なんだもの」
「婚約とは文字通り約束段階でしかありませんからね。違える可能性もありますし」
バンとテーブルを叩いてイザナが立ち上がった。白雪は驚きながらも黙って様子を伺う。
これでもかとひん剥いたイザナの瞳に白雪が映った。
「違えるなんてありえないわ!!」
「え?」
あまりにも必死な形相に、どうしたのかと若干戸惑う。
「王子が嘘をつくはずがないもの!今まで女性を寄せ付けなかったのは妙な期待をさせない為だったに違いないのに、あなたの事は凄く大事にしてるって見ていたら分かるわ!」
「そ、そうでしょうか?」
色々ちょっと違う認識をしているようだが、そうだと信じているならそれでもいいかと思う。
まさか女性が苦手で、白雪に契約結婚を申し込んでいるなんて思ってもいないだろう。
「そうよ、白雪!だからね!自信を持って!あなたは可愛いわ!!」
「あ、ありがとうございます。イザナにそう言ってもらえると自信が付きます」
「そうでしょ?だからね、こうしてぐっとめいいっぱい寄せるのよ。男の人は大きいのが好きに決まってるんだから!あとはね…」
さっきアークには効かなかったと言っていた淫魔相伝のお誘い術を手取り足取り教え込まれた。
「淫魔はそもそも、人間を誘惑する生き物なんですから、アーク様には通用しないのでは?」
「……男に魔族も人間も関係ないわよ」
自信の無さそうなイザナがおかしくて白雪はクスクスと笑った。
「そうだわ!!」
突然ガシッと両手を掴まれ驚いた白雪だが、イザナは今日1番に目を輝かせていた。
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アークは自室兼執務室に籠っている。
机仕事なんて面倒なだけなのだがやらないわけにもいかない。が、流石に疲れて筆を置いた。
「白雪はどうしてる?」
「はい、今日はイザナ様と過ごされると」
白雪の身の回りの面倒を見させているデビルマンは、お茶を淹れながらアークの質問に答えた。
「イザナか…。余計な事を企まねばいいが」
普段から積極的と言うか、遠慮の無い白雪と淫魔の組み合わせはあまり良い予感がしない。
妙な事を吹き込まれて実行に移さなければいいのだが。
「そういえばあいつは、こちらが呼ばなければ部屋に来ないな」
ふと過去のどれを振り返っても、白雪がここにくるのは自分が呼び立てた時だけだとアークは気づいた。
毒で倒れてどことなりへ呼び出される事は多々あるが。
「姫さまはお気遣いの出来るお方ですから」
「………そうか?」
「アーク様はそうは思われませんか?」
考えてみればそうかもしれない。部屋に来ない事もそうだが、時折毒に侵された体を隠そうとしているのも余計ではあるが気遣いかもしれない。
いつも魔物達が泣きながら白雪が目覚めないと呼びに来るのは彼女が毒を摂取してから15分ほど経った頃だ。きっとそれぐらいになっても目覚められなかった時にだけ呼びに来ているのだろう。
「そうかもしれないな」
遠慮の無いような口振りばかりで見落としていたが、根本は遠慮の塊なのかもしれない。
白雪は淑女らしからず自ら誘うような態度をとりがちだが、それを強要された事は無い。いつもいつも「冗談です」と言わんばかりのその態度にアークは甘えている。
白雪は人間でアークは女嫌いだ。
その前提を全て取っ払ったとして、白雪と寝屋を共にするような事があれば………やはり壊してしまいそうだ。
「……………」
何を考えているんだとアークは自分を律した。そんな未来は無い。それを望まなかったから人間である白雪をこちらの世界に連れてきたのだ。
若干、人選ミスなのは否めないが、魔物を恐れない白雪は恐れられない魔物達にとっても居心地は良いらしく、彼女はあっという間に彼らの心を掴んだ。
白雪が嫌だと言わないのを良い事に彼女を利用しすぎているよな、とアークからは反省のため息が漏れた。
「おや?あれは姫さま…」
小窓から外を覗くデビルマンの独り言にアークも反応を示す。
魔物達は夜目が利く。城の外は基本的にいつも暗いのだから当たり前だ。
気になったアークも窓の外を覗いた。
「……あれはイザナじゃないな」
「はい。ミダラ様のようです」
「今日はイザナと過ごすんじゃなかったのか?」
「…そのように聞いておりましたが………」
なぜか白雪は淫魔は淫魔でもイザナでは無くミダラと一緒にいるでは無いか。ミダラは男で白雪は人間の女だ。ミダラが分別のない男だとは言わないがそれでもいい気はしなかった。
何せ淫魔とは異性の人間を巧みに誘い込みその精気を取り込む事で生命力とする生き物なのだ。
多少精気を取られたって死にはしないが、その方法が良くない。
「アーク様!?」
「悪いが少し席を外す」
アークは足早に執務室をあとにした。