episode.03
陽の上らない魔界にも朝はある。
漆黒の夜が薄暗い夜になったらそれは朝だ。
目覚めた白雪がぐっと伸びをして、趣味の悪い真っ赤な封書に目を通しているとコンコンと扉がノックされる。
白雪は封書を戸棚に仕舞ってから扉を開けた。
「おはようございます、姫さま」
「おはようございます、デビちゃん」
背中の翼をパタパタと羽ばたかせてやって来たのは腰の曲がったデビルマン。白雪のお世話係のようなものだ。
「姫さま……アーク様がお呼びで」
「? 何でしょうか。分かりました、ではすぐに支度をしますね」
白雪とアークの部屋は少し離れている。続き部屋か、なんなら同室でも良いと思っている白雪にとっては少々、いや結構不服である。
着替えをしようとしていた白雪は動きをピタリと止めた。
「ネグリジェのままの方が良いでしょうか?」
デビルマンは一瞬言葉を失っていた。
「どうかお着替えを。姫さまともあろうお方がそのような姿で外に出られるのは、教育上良くありません」
「冗談です」
白雪が微笑むとデビルマンも安心したように表情を変えた。
着替えを済ませた白雪はデビルマンと共に呼び出し人の元へと向かう。
「どうせならアーク様が訪ねてくださればいいと思いませんか?」
そしたら着替えずともおもてなしが出来るのに、と白雪はむくれていた。
「これもアーク様の気遣いなのですよ」
「私を気遣うと言うなら同室、もしくは妥協して続き部屋にして欲しいものです」
「魔族にも人型の者は性別があります故、アーク様と姫さまが同室と言うのは…それはその………」
「私はいずれそうなる為にここに連れられたのでは?」
「アーク様にも事情がおありですから。ご理解ください、姫さま」
事情
女嫌いだというそれの事だろう。このデビルマンは白雪がここに来る前はアークに付いていたようで、そう言った事を知っているのだ。
そんな話をしているうちに目的地に着いた。
「アーク様、姫さまをお連れしました」
「入れ」
短い返答の後、デビルマンは「私はこれで」と言って頭を下げた。一緒に入室はしないらしい。
白雪は笑みを浮かべて一歩を踏み出す。
「おはようございます、アーク様。今日はアーク様好みの黒の下着ですよ」
「……好みを教えた事は無いはずだ」
「お嫌いでしたか?」
「……………」
白雪は微笑み、アークは目を逸らす。
こんな調子でいつも翻弄され、白雪のペースに持っていかれるのだ。
「そうだ、何やらご用があるとか?」
「ああ。だがその前に、何を隠している?」
「………さて、何のことでしょう」
白雪は微笑み、アークは今度は目を逸らさない。
魔族ですら恐れ慄く鋭い視線が白雪を責めているのだが、白雪は全く臆する様子もなく笑みを浮かべている。
白雪は意味のない事と知りながら、入室から今まで意図的に左腕を隠している。
アークはその事を言っているに違いなかった。
「質問を変えよう。昨日はどこへ行っていた?」
「昨日はもののけの森へ」
「何をしに」
「痺れいちごが実ったと聞いたので」
素直に答える白雪に、アークは自身の眉間を強く押さえた。
「毒いちごか」
それを食べたのか、と。
白雪は微笑む事でその問いに答えた。
白雪の左腕には昨日食べた毒いちごの痺れがまだ残っていて上手く動かす事が出来なかった。
心配させまいと隠していたのだが、やはり意味は無かったようだ。
「全くお前は」
「中々美味しかったですよ」
「そう言う話をしていると思うか?」
「違いましたか?」
平気だと言う事をかなり遠回しに伝えているのだが、伝わっていないのか、それとも伝わった上で心配してくれているのか。
やはりアークは優しい。
ゆっくりと白雪を威圧しないように近づいてくると、迷う事なく白雪の腰に手が回された。
「今日は積極的ですね。やはり黒の下着は好みでしたか」
「そうだな。派手なものよりは好みだ」
「女性嫌いでもそういった事への関心はあるのですね。覚えておきます」
「お前の事だから関心を持っているだけだ」
いつも上手く冗談めかして場の雰囲気を保つ白雪だが、今日は珍しく言葉を詰まらせた。
普段は何かと理由をつけて遠ざけられてばかりなのに、今日は一体どうしたのか白雪に関心があると言ったのだ。
白雪は微笑んだ。万人を虜にする悪魔の微笑みだ。
「ついにこの時がきたのですね」
「まさか。片腕で俺の相手が務まるか」
「……治して頂けないのですか?」
「ああ」
「それは何というプレイでしょう」
嬉々たる白雪からアークは一歩離れた。
「腕以外は問題なさそうだな」
「ええっ!?まさか近づいたのはその確認の為ですか?」
「今日は大人しくしていろ」
本当に白雪の毒を抜いてくれるつもりは無いようだが、それでも気遣いのある言葉を聞いて嬉しく思う。
「ご一緒していても?」
「見ていないとどこか行くだろう」
呆れつつもやはりどこか優しさを含んでいるアークの言葉に白雪はいつまでも微笑んでいた。