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episode.02



「初めてはアーク様の寝台が良いとお願いしたのに…」


「そんな事はしない」


白雪を抱えて、白雪に与えた部屋に戻ってきたアークは、細身で小さなその体を壊さぬようにベットに下ろした。


アークは白雪を見下ろすように馬乗り状態だと言うのに、白雪はまだ体に力が入らないようで手足はだらんと力無くなんの抵抗も見られない。


アークがその鋭く美しい金の双眸で白雪の唇を捉えると、白雪はゆっくり目を閉じる。


いつもより深く長いキスは白雪の特効薬だ。体から毒素が嘘のように消えていく。


僅かに瞳を潤ませた白雪はアークを見上げ、アークは熱の灯らない冷めた瞳で白雪を見下ろした。


正確に言えば、奥の奥で蠢くそれに火を灯さぬように極めて厳しく自分を律している。


そうでもしなければ、こんなにも脆い少女を壊してしまいそうだった。


「今夜はこのまま一緒に眠るのはいかがですか?」


「体の調子はどうだ」


「はい、もうすっかり良くなりましたのでアーク様のお相手も万全です」


「あまり無茶をするなと言っただろう」


アークは寝台から降りると、白雪も体を起こした。


誘いを断られたのだが、さほど気にする様子が無いのはアークがいつもこの調子なのを知っているからだ。


「ちょっと無茶でしたけど、個人的には一石二鳥です。チイも救えましたし、こうしてアーク様と過ごせましたから」


「俺の身にもなってくれ」


「だから私の事は好きにして良いと言っているのに」


「最初に言ったはずだ。妃は見せかけてだけで良いと」


そう、あの日アークは白雪を目覚めさせた時こう言った。

「お前を俺の妃に迎えたい。周囲からそう見えるように振る舞ってくれればそれでいい」と。


「そう見えるように振る舞っているつもりですよ?」


「ああ、それで十分だと言っているんだ」


白雪を目覚めさせたアークは白雪に契約的結婚を申し込んでいた。白雪はそれを承諾し魔界へやって来た。


承諾しなければあの時点で白雪の命は尽きていた。


「ではお気になさらないでください。これは私が勝手に、アーク様を口説いているだけです」


白雪は微笑み、アークは目を逸らす。


白雪の笑みは万人を魅了する。女性嫌いのアークでさえ、欲情を抑えるのに必死になる程のものだ。


「………俺は、女は嫌いだ」


「はい、知っていますよ。だからこうして私に契約結婚を申し込んだ。人間の女ならば魔族である自分と一定の距離を保つだろうと」


そうだ。白雪の言う通りだ。


過度の接触や干渉を嫌って、白雪にたどり着いた。


「だが、お前はどうだ。ほとんど毎日のように……」


「キスは疲れを癒しますよ」


白雪はアークとのキスを目当てに毒を喰らっている訳ではなく、知的好奇心に忠実に生きるが故に見つけた毒を体に取り入れている。


体感するのが一番手っ取り早くて知識欲が満たされるからだ。


弱い毒ならば数分で消化しきってしまうが、強いものなら2、3日かかる。


放っておいてくれても良いのだが、アークは優しい。


「お前は人間だろう。俺たちのような者が恐ろしくないのか」


「はい、残念ながら。期待に応えられなかったようで残念です」


折角都合のいい人間を手に入れたと思ったのに、アークにとって白雪の存在は大きな、大きすぎる誤算だった。


魔物を全く恐れず、あまつさえ自分に「今日も素敵です」などと言ってくる。


今も全く残念そうには見えないのが癪だ。


「俺は魔族でお前は人間だ。こんなにも違う事が多いのに、本当の夫婦になれると思ってるのか?」


「なれませんか?魔族と人間が愛し合う事が禁忌だとは聞いた事がありません」


「前例が無い」


「では私達がその道の先駆者ですね」


何を言っても無駄だとアークは悟った。


「………自分の体は大事にしてくれ。死なれるのは困る」


「はい、大丈夫です。これでも人間の中では丈夫な方ですよ?毒を食っても死にませんから。」


「死にかける事はあるだろう」


「でも死んだらアーク様とイチャイチャ出来ないので」


ニコッと微笑む白雪にアークは眉間を押さえた。


「お前は、ある意味ではお前の命を救ったのが俺だから、俺が好きだと勘違いしているだけだ」


「その可能性は無いとは言えませんが、アーク様のお顔はイケメンですので、一目惚れという可能性の方が高いです」


「………ああそうだな、俺は顔がいい」


だから女が寄ってきて、時には無理矢理襲われそうになった事もあって嫌気が差した。


「奇遇ですね。私もそう言われる事は多々ありました」


そうだろう。かつて人界一と謳われていた少女だ。女嫌いのアークでさえ時折見惚れる程だ。魔界を合わせても一番だろう。


話の収拾が付かなくなってきた所でアークは腰を上げた。


「しっかり休め」


「はい」と返事をした白雪はその逞しい背中を最後まで見送った。




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