episode.11
「アーク様!姫さまが…!」
白雪が部屋にいないとミダラから報告が来たのは、あの部屋を離れて30分もたたない頃だった。
「ハメられた」
白雪を寝かせていたベットの周りには召喚魔法の形跡が僅かに残されていた。
コソコソと部屋を覗きにやってきた魔物は、アークにこの部屋を用意したと伝えに来たあの魔物だった。
それをアークが逃すはずもなく捕らえると、人間から金で雇われたとすぐに白状した。
こうなってくると夜会で騒ぎを起こしたメデューサも怪しくなってくる。
魔界の王城、地下の懲罰房に入れていたメデューサもアークを前に嘘を語る事は無かった。
「人界の…アルマっていう王子があの娘を探してた。私もあの子は邪魔だったし、協力しようかって打診したら結構な額をくれてね。魔法陣まで誘導してくれればいいって話しだったけど、生かしてとは言われなかったからねぇ」
との事だった。
アルマ………。白雪の捜索を放棄した人界の王子。
今更白雪に何の用があるのか。
「アーク様!!」
白雪の居場所はおおよそ把握出来たが、さてどうしたものかと自室で苛立っていると、白雪につけていたデビルが慌てた様子でやって来た。
「アっ、アーク…様……ヒィ…ヒィ………」
「………なんだ、少し落ち着け」
自分も少し落ち着かねばならないが、それよりもこのデビルがあまりにも息を切らしていて、このまま倒れそうな勢いだった。
「姫さまの、お部屋から、こ、このようなものが……」
カタカタと僅かに震える手元には真っ赤に染められた真紅の封書が握られていた。
中身を見て思わず顔を歪める
【見目麗しい白雪姫、目覚めたとの噂を耳にし嬉しく思う。近いうちに君をそこから救い出してみせるから、その時はどうか私に君の愛を授けてほしい】
気色の悪い戯言だ。アークはぐしゃりと封書を握りつぶした。
なぜこんな事になっていると黙っていたのか。俺はそんなに信用のない男かと白雪に対しても怒りが湧いた。
「………」
信用も何もあったものか。自分はずっと白雪を利用して来たのだ。彼女の気持ちに答えようともせず。
そんな男を頼るはずがあるか。
それとも、これすらも白雪が俺を思って余計な手間をかけさせまいとした結果だというのか。
どちらにせよ、俺は白雪に自分の分の荷物も背負わせておきながら白雪の荷物は彼女に持たせたままだったという事だ。
こんなに情けない話しは他にない。
「アーク様…」
アークが立ち上がると、デビルが心配そうに見上げる。
「人界に行く」
「姫さまを、連れ戻しに行かれるのですね!」
彼女を救いに行く事は間違いないが、連れて戻ってくるかは分からなかった。
あちらが良いと白雪が言ったなら、置いてこようかと考えながらも、果たしてそうなったら俺は心置きなく彼女をそこに残せるだろうかとも思う。
女は嫌いだ。そう思っていたはずだ。
だが白雪は俺が「嫌っていた女」の枠からとうの昔に外れていたのだ。
あの人界の王子とやらがどこまで手荒な男かは分からないが、無事である事を祈りながら、アークは人界へと飛び立った。
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人界、ムーンラビア王宮の半地下
白雪が幽閉された部屋の前は慌ただしく人が出入りしていた。
医者、魔女、侍女、薬屋………そしてアルマ。
呼吸の無い白雪と、それでも手を施そうとするあらゆるもの達。
ベットの下には小さな小瓶が残されていた。
「毒を煽って自死……か…?」
アルマは言葉を失っていた。人が死ぬところを初めて見たのだ。ただ眠っているだけのようにしか見えないでは無いか。
「申し訳ありませんが、医学の力ではもう……」
「何の毒か分からないのか!?それが分かればなんとかなるかもしれないだろう!」
「これはおそらく、人界のものでは……」
「………!魔界から…持ってきていたのか!?」
この娘はそこまでして、人界にはいたくないと言うのか。だがなぜだ。この娘は人間だろう。
理解できないアルマはビッショリと全身に汗をかいている。
「アルマ殿…」
震えるアルマに老婆が声をかける。老婆は魔女だ。かつて死罪となった呪いの魔女の師であった事があると聞く。
「この娘には、私の弟子の呪いがかけられているはずです。この娘は以前、毒を盛られて眠りについた。その時に別の呪いもかけられた。【白雪は、王子のキスで、目を覚ます】」
「!?」
「私も詳細は分かりかねますが、弟子の言う事が正しいのであれば、あなたも王子。毒で眠ったのであれば、可能性はあるのでは無いかと」
「おお……おおっ!!」
老婆と侮ってはいけないなとアルマはその瞳に輝きを取り戻した。
自分は王子で、白雪には呪いがかけられている。
「白雪は私のキスで目覚めるかもしれない!」
死んでしまうには惜しい娘だ。自分が命を救ったとあらば、この娘も考え直し自分を慕うかもしれない。
そんな未来が脳裏に浮かんで、アルマは眠る白雪の肩を掴んだ。
王子のキスで目が覚める。ロマンチックで良いでは無いかと「ぐへへ」と笑みを浮かべ、そして口付けた。
「…………………」
「…………………」
「………目覚め、ない…??」
だが、いくら待てども白雪が再びその瞳を開ける事はない。
「め、目覚めぬでは無いか!たっ、足りないのか!?ならばもう一度!!!」
アルマが再び白雪に顔を寄せ、あと僅かで唇が触れるというところで、部屋にただならぬ気配が過った。
一瞬で氷の世界にでもきたかのように、部屋が冷たく体も硬直した。
「そこまでにしろ。それ以上、その娘を辱めるな」
冷たい冷たい魔界の王子が、この場の全て、空気さえも支配していた。




