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episode.10



白雪は息を潜めて辺りを警戒していた。


眠りについた部屋と起きた部屋が違ったら、誰だって警戒するに決まっている。


ここはどこかと記憶を辿っても心当たりは無い上に、信じられないのは外に陽が登り始めているという事だ。


ここは人界だ。何がどうなったか、人界に連れてこられた。


アークが白雪をここへ連れてきた可能性はあるだろうか?でもそんな事をする理由がわからない。


誰か別のものに連れられたと考えた方が可能性は高いけれど、では誰が何のために…。


コツンコツンと響いていた足音が白雪が閉じ込められている部屋の前で止まると、ノックも無しに扉が開けられた。


「やあ、お早いお目覚めだね。白雪」


「おはようございます。アルマ王子」


白雪はやって来た人物にこれでもかと嫌味の笑みを浮かべた。


ムーンビラ王国、アルマ第一王子


白雪の捜索を放棄した、言い換えると、国民を見殺しにした大馬鹿者の顔と名前は、白雪が眠りにつく以前からもちろん知り得ていた。


「目覚めたと知って、ずっと探していたよ。手紙、届かなかったかい?」


何が目覚めたと知って探していた、だ。手のひら返しもいいところである。


「はい。赤い封書は珍しいなと思って拝見しました」


「君の目に届くように目立つ色にしたんだ。手紙を見たのにこちらに顔を出してくれなかったのは、やはり魔界の王に囚われていたからかな」


「その様子ではあの方が私をこちらへ連れて来たのでは無いようですね」


「ああそうだよ、私が力を尽くして君を助け出したんだ」


その言葉を聞いて、白雪は満面の笑みを浮かべた。その笑顔を向けられたアルマは満更でも無い表情だ。


白雪はそんな阿呆王子に向かって告げる。


「そうでしたか。余計な事をして頂いてありがとうございます」


ピキッとその場の空気とアルマの表情が凍りついた。


「余計…だと……?」


「はい」


この状況を見たら、笑みを浮かべている白雪の方が異常に見えるだろう。一国の王子に悪態をついてもなお、その笑みを崩す事はない。


「あなたは町娘の女性をお望みだと伺いましたが、今更私に何の用でしょう?」


アルマはギリギリと奥歯を噛みながら、白雪の問いに答えた。


「彼女の事は確かに望んだけれど、やはり君の前に立つと美しさに欠ける。優れたものを欲するのは当たり前だろう?」


話せば話すほど、虫唾が走るようだった。


「私は容姿に関して褒められる事はよくありましたし、自分でも悪くはないと正当に評価しているつもりですが、これ程までに嬉しくない言葉もあるのだと初めて知りました」


「なに?」


「話しは戻りますが、頂いた手紙にはお返事を差し上げたのですが、届かなかったでしょうか?あなたのキスは不要だ、と」


「あれは魔物達に脅されてそう書かされたのだろう?」


それがただの妄想や憶測でも、自分の考えが正しいと信じて疑わない。この人はそういう人間なのだろう。


「私は私の意思であちらで暮らしていましたよ。あなたといるより余程幸せです」


「なんだと!?」


「ところで私はどうやって、ここに連れられたのでしょうか。大方、召喚魔法だと思いますが、魔族に協力者でも?まあ良いです。私を元の場所へ戻していただけますか?」


白雪の発言にアルマは怒りで体を震わせていた。


「貴様!!先程から無礼だぞ!私が気を利かせて救ってやったと言うのに!」


「ですからそれが、余計なお世話だったと言っているのです。」


「お前……………自分の立場をよく考えろ。反省してこの私に謝罪するまで、この部屋から一歩も出さんからな」


大きな音を立てて閉められた扉は、外からガチャリと鍵をかけられる音がした。


「自分勝手で困った人ですね」


白雪はそれでも慌てる様子もなく、呆れ混じりのため息をつくと胸元に隠し持っていた小瓶を取り出す。


「さすがに、死者をいつまでも匿っては置かないでしょう。埋められる前に、アーク様が見つけてくださればいいのですが」


久しぶりに浴びる朝日は暗闇に慣れた白雪にはとても眩しく感じる。


果たして、彼は私を探しに来てくれるだろうか。


来なければ来ないでそれまでだ。あそこに自分の居場所がないのならば生きていたいとも思わない。


アークがいなければいずれ消滅していた命だ。


「おやすみなさい、アーク様」


白雪は静かに眠りについた。







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