表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ホームにて

作者: ミィ

ホームにて

 名古屋まで行く、母は娘の結婚式に、ひっそりと出たかったのである。しかし、母は混み合った、地下鉄の中、リュックサックから財布を抜き取られたのである。一文無しだ。困った、本当に困った。

 母はまず考えた。これを警察沙汰にすると晴れの門出に間に合わない、しかも大問題だ。

 娘は友人たちと共に集まり、ちょっとした結婚式だと言う。ウェディングドレス姿が見たい。ホームでは、汽笛が鳴っている。追いかけ追いかけ行く。しかし駅員さんに言うのはまずい。大問題になる。時間がない。

 母はまず身に着けていたアクセサリーを、何気にベンチに座った隣の方に事情を話し売ることにした。一つ売れ、一つ売れ、しかし合計で二千円程度だった。

 母は娘のウェディングドレス姿を見たかった。必死になり、時計を売った。しかし五百円。ホームにある大きな時計を見るしか無い。

 売るものが無くなったのは夕方五時、さてどうしよう、手元には四千五百円しか無い。今度は荷物に入っている、ちょっとした服を売る事にした。しかしこれが大変、サイズ、色と。今度はひと苦労を心構えした。

 事情を話しても、同情だけだった。

 ホームには汽車の通過する音しか母には聞えなかった。ラッシュの時間である。しかし天は見放さなかった。たまたま隣に座ったマダムが、耳を傾けてくれ、ボストンバッグごと、三万円で、買ってくれた。ありがたかった。よし、これで何とかなるかも……。しかし、まだ足りない。母は、仕方が無い、着ている、ちょっとミンクのコートを売る事にした。季節は二月だ。母は化粧室へ行き、綺麗に畳んで又、ホームへ行きベンチに座った。寒い。これが最後だ。これが、困難だった。ラッシュ時で人が混み、事情を話すどころでは無く、ベンチに座る人はいない。

 しかし、寒さを堪え母は必死だった。

 夜八時になりようやくホームが落ち着いた頃ふと、紳士が不思議な恰好、冬なのに、コートを着てない姿が目に入ったのだろうか。

 その方は話を聞いて下さり、ポケットから二十万円を出して下さった。母は名刺を頂き借りる事にした。

『これで大丈夫……』

 寒そうにしていると今度はホームレス風の人が近づいて来て、寒いだろうと、臭いのする自分のジャンバーを、そっと着せてくれた。感謝だった。母はそのユウジさんという名の人の話に耳を傾けた。どうせ宿はない。朝一の汽車で行く事にした。朝になり、桑園駅発、札幌方面行き六時五分、こうして、沢山の方々に助けられ出発出来る事になった。間に合うだろうか……。ひっそりでいい、ひっそりでいい。車内の空気があのユウジさんから頂いたジャンバーの臭いで、白い目で見られたが、そんな事は気にしてはいられない。名古屋まで、急げば間に合う。

 娘の結婚式は夕方、六時、友人婚だ。

 向かう事は娘からの事前の約束だった。

 ひっそりとするなら、しばらく会っていない疎遠の息子の顔も見れるとの事だった。胸が熱くなる。高まる思いでいっぱいだ。


 母はこうして、一般的にはみすぼらしい老婆であるが、無事、名古屋の式場へ着き、一番後ろの席に、ひっそりと座ったが、さすが、娘である。母の顔を、覚えていてくれていたのである。娘が抱きついて来た。

 見守ることができ、何も言わず、涙をこらえながら、娘の幸せを祈り、母は帰る事にした。心に残す事は無い、胸いっぱいになり満たされた。娘には、事前に花屋さんから、手元に送られる様に、”ブーケ”を用意していた。それを、手にしていた事も心に大きく残った。


 ー今となれば笑い話だ。娘は三人の子宝に恵まれ、旦那様は、とってもいいパパだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 読ませて頂きました。 親子の絆を感じる話だなと思いました。
2020/08/13 22:02 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ