主力艦隊は海賊船です(2)
五年前。スペンサー男爵ことエドガー=スペンサーの元では、娘のベアトリスと、さらに孫娘のエリザベスが暮らしていた。
そして、その少し前、オリバーの王太子への立太子が決まったタイミングで、エドガーは一代限りの男爵位から、その爵位を世襲させてもらえることになった。
「キース坊ちゃま、いいえ、キースは、エリザベス様が生まれるより前に邸を出られて、王都にお住いになっていらしたんですが、爵位の世襲の話を聞き付けると定期的に顔を出すようになりました。」
元々、キースを毛嫌いしていたベアトリスは、ルーカスの指示で学生時代の記憶を蓋された弊害だろう。キースのことを幼い時の記憶のまま「兄さん」と慕い、その妻のパトリシアのことも受け入れたのだと言う。
「私たちはキースの人となりを存じておりましたから、ベアトリスお嬢様に『危険だ』とはお伝えしたのですが、自分に優しくしてくれていた頃のキースの記憶しかなかったベアトリス様は・・・・・・。」
「毒を盛られた、と?」
「はい。それでも最初は微量だったのでしょう。初めはご本人も『風邪か何かだろう』と仰っていたのですが、何度かキースやパトリシアの見舞いを受けて、その度に悪化していくご自身の体調に思うことがあったようで、エドガー様も体調を崩し始めた頃には衰弱なさったご様子ながらルーカス様にお手紙をお書きになり、私にその手紙を出すように指示と、エリザベス様へ渡すようにあの指輪を託されたのです。」
やがてベアトリスが亡くなると、キースやパトリシアはそれを理由にリチャード達を排斥し、エリザベスを軟禁、虐待するようになった。
「その話はトムからも聞いた。酷い状態だったらしいね。」
「はい・・・・・・。」
あとから分かったのは、母の死にショックを受けたエリザベスを、病の持ち主扱いして閉じ込め、毒入りの食事を食べるように強要し、食べないと知ると食事そのものの回数を減らしてひもじい思いをさせていたことと、何かにつけてエリザベスへと容赦ない体罰をしていたことの事実だった。
「サムが届けていた僅かな水で生き長らえていたようですが、食事を口にしないお嬢様に痺れを切らしたのでしょう。パトリシアやそのお付きのメイドたちに鞭打たれたのか、背中や足には無数の傷があり、しかも、治りきらないところを、血が滲んでも構わずに打たれていたようなので・・・・・・。」
コックス子爵邸に匿われた時には、あまりの痛ましさに夫人が倒れてしまうほどの状態で、三ヶ月程は面会謝絶の状態で治療に専念させたらしい。
「睡眠薬もその頃から?」
「はい、今でこそ、常用するほどまで、酷くありませんが・・・・・・。」
過度なストレスは、その時のトラウマを呼び起こす。
それゆえ、婚約式で具合を悪くした時も、薬を飲ませて休ませたのだと言う。
「あの頃のお嬢様は、ご自身も殺されるのではと、ひどく脅えてお過ごしでした。」
食べることも、眠ることも拒絶するエリザベスを、何とか薬で眠らせて、それでも発作的に「自分が生きているのが悪い。他の人には迷惑は掛けられない、申し訳ない」と自傷行為に走ろうとする彼女をベッドに縛り付けざるを得なかった時もあると話す。
そして、そこまで話すとアンは言葉を詰まらせて、咽び泣き、「どうかお嬢様をお助け下さいませ」とギルバートに懇願した。
「お嬢様はただ『愛されたい』と願っただけなんです。親の愛を受けたいと。それに何の咎がございましょう?」
生まれてきたこと自体が『罪』などと、『どうしたら赦されるか』などと、そんな問いに苛まれているエリザベスを助けてやって欲しい。
「お嬢様は聡く、心優しい方です。私が息子を亡くした時も『アンには自分がいる』と、まだ小さいながらに励ましてくださっておりましたのに。」
ふとした瞬間、ベアトリスと同じようにしてエリザベスも消えてしまうのではないかと不安になる。
命綱なしで綱渡りをしているようなもの――。
ギルバートはエリザベスの状態を的確に表したエイダを「やはり彼女の傍に置きたい」と思いながら、アンには「大丈夫だ」と告げた。
「僕だって、リジーには幸せになってもらうつもりなんだ。リジーは自分に罪があるようなことを言っていたけれど。僕もそうは思っていない。だけど、リジーは頑固だろう?」
くすりと笑えば、アンも不器用に笑い「そうなんですよ」と相槌を打つ。
「お嬢様は、頑固で、分からず屋で・・・・・・。」
でも、大切だとアンの眼差しが語っているから、ギルバートは「無鉄砲」と続ける。
「だが、どれも僕を魅了して止まないんだ。」
そう言って惚気れば、アンは泣き笑いしながら「お熱いことですね」と答えた。
「リジーは僕の予想の斜め上を狙ってくるからな。この間も一泡食ってしまったし。」
「まあ、そうでしたの?」
「ああ、ボイル家の小公爵相手に、大砲を三千五百門も発注したからね。」
ドレスか何かを強請ったのかと思っていたのだろう、アンは先程までの涙も笑みも引っ込めて目を丸くする。
「思わず大人しくしておいて欲しいって言ってしまったけれど、考えてみれば、エドガー=スペンサーの秘蔵っ子だ。大人しくするはずがない。」
「大砲を三千五百門・・・・・・。」
まだ惚けているアンはそう繰り返した後、ハッとして「貿易」と口にした。
「貿易?」
「はい、お嬢様は何かに『投資』なさろうとしていらっしゃいます。お茶か、香辛料か、そういう類のものを。」
何を藪から棒に、と思ったものの、ギルバートも「いや、リジーなら言い出しかねないかも」と思い直して、「他には何か言っていた?」と訊ねてみる。
「『第一王妃らの派閥を囲い込むにしても、関心を引くようなものが必要でしょう?』とおっしゃっておいででした。ステファニーお嬢様で言うなら、ドレスのようなものを、と。」
それを聞くとギルバートは有心したようで、「なるほどリジーが考えそうな事だね」と納得する。
「フランク王国は長く砂糖の利権を得ている。それと同じように他の国と差別化して貿易するなら確かに東方のお茶か、胡椒などの香辛料だろう。」
スパニアが敵対するとなれば、必然的にスパニア経由で手にしているの商品は手に入りにくくなり、お茶も香辛料も値段が吊り上がろう。
(だが、その前に独自の入手方法を見つけておけば・・・・・・。)
第一王妃どころか、国中の者がエリザベスに靡く。
「全く、先に相談してって言っているのに。」
それにはアンが弁明するようにして「先程、思い付かれたのかもしれませんわ」と話す。ギルバートは「そうだといいんだけど」と言いながら、「今度は薬草の他に、香辛料の図鑑を確認しなくてはな」と山積みにした本を叩いた。
◇
その頃、フランシスはトムとロバートを捕まえて、使用人部屋でエールを片手に管を巻いていた。
「・・・・・・ったく、ジョンの奴と今更仲良くしろって言うのか?」
「まあまあ。フラン、そう怒るなよ。」
「怒りたくもなるさ。あいつが海賊になったせいで、俺はレクシームで燻ってたのはあいつのせいなんだからな。」
トムはロバートに「ジョン=ホーキンスって、こいつの母方の従弟なんだよ」と話して、「それにお前は陸よりも海が性に合っているだろう?」と笑う。
「こいつの操舵はなかなかに凄いんだ。」
トムが作ったフィッシュアンドチップスを口にしながら、フランシスは面白くなさそうに毒吐いた。
「褒められても嬉しくない。海はあまりいい思い出がないんだ。プリムスから外洋に出て、何度、死にかけたことか。」
「それでも、一周して帰ってきたんだろ?」
「一周?」
「ああ、世界をちょっとばかしな。だが、ありゃ若気の至りって奴さ。」
ホーキンスと二人、スパニアの船を荒らして私掠の限りを尽くし、世界一周して、意気揚々として帰ってきたところ、辺境伯とエドガーの二人にこてんぱんにやられて捕まったのだという。
「あれ以来、俺は船乗りに疲れちまったから、エドガー様にくっついて、ジョンとはそれきりだったのに。またここに来てジョンと手を組めと言われるとは思わなかったよ。」
一方のホーキンスは辺境伯の下で数年働いた後、やはり「海に戻る」と言ってプリムスを離れ、今度は「公平な貿易」とやらをスローガンにバカをやっているらしい。
「おかげで、ヴェールズの海軍のヤツらには目の敵にされてさ。」
エドガーのおかげで身分証は真っ当なものになったとはいえ、地元近くまでくれば、フランシスとジョンの悪名は知られに知られているから、関係ないふりをして山奥のレクシームに身を置く羽目になったのだという。
「単に出世しなかっただけだろう? 従弟のせいにすんなよ。」
「うっさい。素行の悪かったお前にまで、なんで説教されなきゃならないんだ。」
「あー、本当、フランは酒癖悪いんだよなあ。」
けれど、そういう割にはトムはケラケラと笑い、楽しそうにエールを飲んではロバートに酒を注ぐ。
「で? ロバートだっけ? あんたも災難だなあ。」
ちびちびと黙って飲んでいるロバートに「何だってフランに捕まったんだ?」と話を振れば、ロバートはほろ酔いなのか、頬を赤くして「フランシスさんからは学ぶことが色々あるので」とニコリとした。
「トム、お前んところのサムとは、ロバートは出来が違うんだ。」
ふふんと満足そうにするフランシスの様子にトムは「あいつは俺の息子じゃなくて、ベンの息子な」と釘を刺す。
「それに俺が『自分が育てた』と認めてるのはお嬢様のほうだ。サムのやつはおまけ。うん、だから、問題ない。」
「いや、問題あるだろ。おまわりさーん、ここに変態がいまーす。」
「おい、こら。」
そんな軽口を叩きながら、フランシスはエールを飲み干していく。トムは「で? ドレイク元長官はこの後どう見るんで?」と続きを促した。
「んー?」
「ジョン=ホーキンスとまた船に乗って、ひと暴れか?」
「・・・・・・そうだなあ、そうなんだろうなあ。」
そして「スパニアが持ってて、エラルドが持ってないものがあれば、そう言うだろう」とぼやく。
「スパニアが持ってて、エラルドが持ってないもの?」
「ああ。ロバート、俺達のご主人様はエリザベス嬢のためなら、宗教戦争だろうが、国家間レベルの戦争だろうが、全てを蹴散らさん覚悟をしている方だろう?」
「ええ、まあ・・・・・・。」
「しかも、早ければ来年の夏には事態が動く。両者とも準備期間としては恐ろしく短いんだ。」
冬の間は武力抗争はないだろう。だが、それに先駆けて、経済的な抗争は動き出す可能性が高い。
「一筋縄ではこの冬は越せないということですか?」
「ああ、そうだ。それに俺とジョンの奴が駆り出されるとなれば・・・・・・。」
私掠行為をしろと言われるのだろう。それも辺境伯とエドガー=スペンサー、エラルド公国の公世子というパトロン付きで。
「そういや、トムはどうするんだ?」
「どうだろうな、そればっかりはお嬢様次第。」
「エリザベス嬢次第?」
「フラン、お嬢様はエドガー様の秘蔵っ子なのを忘れてないか? ギルバート様が私掠しろって言うなら、うちのお嬢様は『私掠するついでに必要なものを買い付けて来い』ぐらいは言うと思っておいた方がいいぞ。」
「買い付け・・・・・・?」
「ああ、そういうお嬢様なんだよ、うちのお嬢様は。」
そう言ってにんまりとしたトムの言葉が、よもや現実になるなど、その時のフランシスは知る由もなかった。




