主力艦隊は海賊船です(1)
荒くれ者のホーキンス。
エリザベスがその名を思い出したのは、部屋でアンにお茶を振舞ってもらっていた時だった。
「・・・・・・やだ、どうして忘れてたんだろう。」
ホーキンスと言ったら、王都でも有名な海賊の頭の名前だ。大陸に向かう王侯貴族の船ばかり狙うというので、このカーラル湾界隈で話題になっている。
『噂に名高いホーキンスとは良いですね。ぜひお会いしたいものです。』
『ギルバート様、いくら何でもホーキンスは・・・・・・。』
『良いじゃないですか、彼なら船の操縦は確かでしょう?』
ああ、だから、あの時、フランは困ったような顔になり、後ろに控えていたトムは肩を震わせて笑っていたんだ。
(・・・・・・でも、海賊なら船の操縦は確かでしょうし、そんじょそこらの海軍よりも強いから、仲間に引き入れるのには丁度いいわ。)
ヴェールズ公国の海軍が見張る航海域を好き勝手に荒らしている彼らが、そのままスパニアの海軍を翻弄してくれるのであれば、それはとても効果的だ。
(本当にそう望んでるかどうかは怪しいけれど、彼らの望みは、たしか『公正なる貿易』だったはず。一部の王侯貴族に優遇されている船団への当て付けで私掠行為に走っていると新聞に書いてあったっけ。)
王侯貴族らが求める甘味や香辛料、豪奢な美術品や歴史の遺物や金塊。そうしたものを運んでいる最中に限ってホーキンス率いる海賊船団に奪われて、品物は行方不明になる。恐らく市中で闇取引されているのだろう。
(彼らの行いは『王侯貴族にとっては悪』でも、庶民には悪くない話。)
ある種、義賊のような見られ方をしていて、このブリストンだと子供たちに人気のある海賊船の船長だ。
(でも、仮にギルがお金を詰んで味方してくれって言っても、彼らは話に乗ってくれるような人達かしら・・・・・・。)
エリザベスが物思いに耽り、思案していると、アンが怪訝そうな顔になる。
「お嬢様、百面相をなさっていかがなさいました?」
その問いにエリザベスはハッとすると「え、ああ、うん、少し思い出したことがあって」と誤魔化した。
「思い出したこと?」
「そう、ちょっとね。」
常識人のアンのことだ。ギルバートが海賊とツルもうとしているなどと知ったら、きっと顔を引き攣らせるだろう。けれど、それと同時に今夜は船酔いでダウンしているフィリップがこの話を聞いたなら、「きっと先日みたいに『エリザベス嬢ぉぉぉ』と泣きついてくるかも」と思えてくすりと笑った。
「何です? 気になるじゃあありませんか?」
アンはエリザベスの思わせぶりな笑みにますます訝しんでくる。エリザベスはにこりとすると「秘密」と答えて、甘く独特の香りのするお茶を口に含んだ。
「そういえば今日のお茶、いつものとは違うのね。」
「お気に召しませんか?」
「ううん、美味しいわ。苦味もないし、口当たりもいいわ。」
「それはようございました。」
「何のお茶かしら、カモミールは分かるけれど、他にも入っていそう。」
「お疲れに良いお茶と、ギルバート様に伺っております。」
「ギルから?」
「はい。」
すると、エリザベスは嬉しそうにして「そう」とお茶を口にする。そして、ふと「貿易で買い付けするなら、こういうお茶とか、香辛料とか、軽いものがいいわね。その上で高値で取引できるものがいいのだけれど」と話した。
「・・・・・・貿易ですか?」
「ええ、私の貯蓄、手元に残ったでしょう?」
デビュタントや婚約時のあれこれのために。そう思って、ドレスを売って作ったお金のうち、アンは伯母にバレないようにへそ食ってくれていた。
しかし、実際にはそのあたりの費用は公爵家が払ってくれていて、エリザベスの貯蓄は丸っと残っている。
「ええ、ございますけれど、何にお使いになられるんですか?」
「ちょっと、投資しようかと思って。」
「投資?」
「ええ。第一王妃らの派閥を囲い込むにしても、関心を引くようなものが必要でしょう?」
「関心ですか?」
「そう、ステフお義姉様のドレスが夜会の度にお茶会の話題になるように。」
それから、またふふっと笑みを漏らして目を細めると「本当、人間万事、塞翁が馬だわね」と目を細めた。
「私たち、去年の今頃はどうやってデビュタントに相応しい姿で行けるかを悩んでいたのに。それが今じゃ、こんな所にいて、どうやって流行を生み出そうかとか、どこに投資しようかなんて話をしているんだから。」
「・・・・・・人生は悲しいことがあった分だけ、嬉しいことが起こるものと申し上げましたでしょう? 今までの事を思えば、お嬢様は国一番に幸せ者になって頂かなくてはなりません。」
「それは大袈裟だわ。もう少し平穏な人生でも充分よ。」
エリザベスがそう言って肩を竦めれば、アンも肩を竦めて「それでは釣り合いが取れませんよ?」と笑い、「さあ、お嬢様。明日もお早いのでしょう?」と手を休めることなくベッドを整える。エリザベスはお茶の残りを飲み干すと、ナイトガウンを脱いだ。
「そうね、明日は辺境伯夫人のお誘いのお茶会だもの、遅れるわけにはいかないわね。」
「ええ、そうですよ。それに長旅でお疲れなんですから。しっかりお休みにならないと。」
そう言ってベッドに押し込まれるようにして寝かしつけられると、布団を肩のあたりまで掛けられる。
「それでは、良い夢を。」
「・・・・・・ええ、アンも。お休みなさい。」
眠れるかどうかは分からないけれど。
そう思っていたのに、エリザベスは長年使っていたベッドに良く似たベッドだったからか、横になると天井の光景に安堵して微睡み始めた。
(思ったより疲れていたみたい・・・・・・。)
まぶたがとても重い。目を伏せると、エリザベスはすっと眠りに落ちていった。
◇
「リジーは眠ったのかい?」
「はい。先程、確認してまいりましたが、静かに寝息を立ててらっしゃいました。」
「そう。そのまま、朝までぐっすり眠ってくれれば良いんだけれど。」
エリザベスの部屋の隣の客室で、ギルバートは山積みにした本に目を通しながら、アンからの報告を聞くと少しほっとしたような表情になった。
「しばらく、眠る前にあのお茶をリジーに出してあげて。」
「あのお茶をですか?」
「ああ、リラックス効果のあるお茶だから。」
カモミール、リンデンバウム、ペパーミント。
エイダのもとを離れる際、「リジーに水出しか、お湯に浸して飲ませな」と渡してくれたお茶の中身を、念の為チェックした結果、その三種類がブレンドされたお茶だった。
(カモミールは消炎鎮痛の作用もあるけれど・・・・・・。)
発つ前に「ちょっといいかい?」と押し付けられるようにして渡されたお茶の配合を知ると、エイダが言っていた「危うい」の意味を考えさせられる。
「危うい、ですか?」
「ああ、旅の途中でね、そう言われたんだ。」
すると、アンは「お嬢様の幼少期のこと、少しお話しても?」と言う。ギルバートも頷くと、近くの椅子に腰掛けるように促した。
「僕もちょうど話したいことがあったんだ。身分など気にせずに腰掛けて欲しい。」
恐縮しているアンに、ギルバートは遠慮するなと言い、ヴェールズ公国であったエイダについて話し始める。
「ギルバート様が薪作りですか?」
「ああ、泊まっていくなら労働力を提供しろって言われてね。」
くつくつと笑って言うと「あんな風に言われた事がなかったから、新鮮だった」と笑い、「きっとエドガー様やアンとも気が合うと思うよ」と話す。
「でね、そんな彼女に言われたんだ。リジーは『危うい』って。」
そして、ギルバートは笑みを消すと、エイダとのやり取りを回想する。アンは静かにその話に耳を澄ませた。
◇
「ギル、ちょっといいかい。」
一人、いる所を呼び止められたギルは、薪作りに精を出しているところだった。
「だいぶ様になってきたじゃあないか、初めの日は斧を薪に挟めて、遊んでるのかと思ったけれど。」
「泊まる際に薪を保管庫の棚いっぱいに作って欲しいとおっしゃったのはエイダでしょう? もう一段なんですよ。みんなが起きてくる前には片付きます。」
「発つ日の日の出から薪作りだなんて、随分と律儀な子だね。」
エイダはそう言って笑うと手頃な切り株のところで出来た薪を括っていく。
「あ、僕がやりますよ?」
「良いんだよ。ちょっと話したい事があってね。気にせずに続きをやんな。」
「話したい事ですか?」
「ああ、リジーのことで、ちょっとね。」
その顔がやけに真剣だったから、ギルバートは頷き、そこからは二人、阿吽の呼吸で薪を片付けた。
「よし、これで良いだろう。」
最後のひと束を棚に片付けて、一息吐く。ギルバートが袖で汗を拭っていると、エイダは「あんたのことだから、リジーのこと、いい加減な気持ちじゃないんだろうけれど」と話し始めた。
「あんた、あの子の古傷のこと知っているかい?」
「・・・・・・古傷?」
「ああ、あれは鞭で打たれた痕だろうね。」
悪い事をした子供を小突いたり、お尻を叩いたり。たとえばサムのような悪戯の過ぎるやんちゃ坊主なら、時にそうした仕打ちを受ける時もある。
けれど、エリザベスの身体に残っているそれから推察されたのは、そういう類のものではなく、躾と称して虐待するような類のものだとエイダは話した。
「心当たりはあるかい?」
ギルバートは怖い顔をして、ただ短く「心当たりはある」とだけ答える。エイダはそこから先は突っ込んで訊ねることはなく、「そうかい」と答えた。
「あの子は『危うい子』だよ、ギル。」
「危うい子?」
「ああ、常に命綱なしで綱渡りをしているようなものだと思えばいい。」
今はギルバートの事を心の支えに生きているが、もしも、それが無くなったなら、きっとエリザベスは何もかもに絶望してしまうだろう。
「へっぴり腰で薪割りしているギルじゃ、心配だけれどね。しっかり守ってお上げ。」
そして、エイダはエプロンのポケットから取り出して、ギルバートに「餞別だよ」と薬袋を渡す。開けてみると中には小分けにされたお茶袋が入っていて、エイダは「一回分ずつに分けてある」と話した。
「それを寝る前に飲ませてお上げ。」
「これは・・・・・・?」
「今のリジーに必要なものさ。普通のお茶と同じで水出しするか、お湯で煎じればいい。」
「煎じ薬?」
「いや、そんな大層なもんじゃない。でも、気休めくらいにはなるだろう。」
お守りみたいなもんだよ、と言うと、「さあさ、朝食にしようかね」と部屋の中に戻っていく。
◇
「その時にもらったのが先程のお茶です。念の為、一包みバラして、中を確認したら、どれもリラックス効果の期待できるハーブでした。」
アンは頷き「そうでしたか」と応え、「お眠りになる前に飲んでいただくようにいたします」と話す。
そして、「お嬢様の古傷の件ですが」と言うと「お話せねばと思っていたのも、その事なのです」と神妙な面持ちで話す。
「あの傷をつけたのは、現スペンサー男爵の一家ですか?」
黙って頷く。
「より正確に言えば、現スペンサー男爵夫人パトリシアと、その息のかかった家事使用人たちの仕業です。」
五年前、エドガーとベアトリスが毒に倒れ、アンとサムがその看病をしている間に、リチャード、トム、ベンは地下牢に捕らわれ、エリザベスは軟禁されたのだと言う。
「私はずっとお仕えしていたベアトリス様が亡くなり、現スペンサー男爵に『妹が死んだのは貴様のせいだ』と罵られて、懲罰室に閉じ込められてしまいましてね。サムが異変に気付いてエリザベス様の保護に動き出しましたが、その頃には・・・・・・。」
「リジーは感情を失っていた、と。」
「はい、かなり酷い目にあっていたようで。サムが助けに動いた時には、やせ細った人形のようだったと。」
ぐすッと鼻を鳴らしたアンは「私は、あの時、お嬢様をお守りできませんでした」と辛そうな声で話した。




