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毒をもって毒を制す(2)

「ぬおおおぉ!! 許せぬッ!! 許せぬぞおおおぉぉぉ!!」


 辺境伯の雄叫びが馬車の中でこだまする。


「常に我が心の師と仰いできたお師匠様がそのように辛酸を舐めさせられているとは! 存じ上げなかった事とはいえ、厚かましくも『伺候して貰えないか』などと申し上げてしまったことが恥ずかしい!!」


 エドガーは「うるさいのう」と眉間に皺を寄せる。


「それにそこまで卑下せんでもよい、儂は生き残ったし、ある意味渡りに船じゃったわけだし。」

「いいえ、いいえ、お師匠様ッ! 私は、私が許せませぬッ!! お話を伺ったからには、きっとお孫さんが幸せに過ごせるように致しますよ! エリザベス嬢、きっとお師匠様やベアトリス嬢の無念を晴らしましょうな!!」

「グレッグよ、儂はまだ生きておるし、幸せにする云々はギル坊で間に合っとる。」


 エドガーはそうツッコミを入れつつ、はあとため息をつきながら「ほんにグレッグは暑苦しい」と呆れ顔をする。

 それから、気を取り直したようにして、辺境伯の勢いに目を白黒させているエリザベスと、向かいで苦笑いを浮かべるギルバートに「グレッグの相手は疲れるじゃろ、着いたらこやつの相手は儂に任せてゆるりとするが良い」と目の端に皺を作って笑った。


「んなッ!? 私の相手が疲れるとは?」

「そのままの意味じゃ。これ以上、儂の可愛いリジーを困らせるなら、儂はお主のところでなくとも、良いんじゃよ? 存外、この辺りは昔なじみがおるからの。軒下くらい貸してくれる知人はおろう。」

「いやいやッ! 何をおっしゃいますッ! やっと来ていただいたのにそんなツレないことを仰らないでくださいよ!!」

「じゃあ、そのうるさいお口を縫い止めた方が良いの。」


 ふんとエドガーが鼻を鳴らすと、辺境伯は殊勝な態度になり「お、お師匠様の仰せの通りに」と大人しくなる。それには流石にギルバートとエリザベスは思わず顔を見合わせて、二人して笑ってしまった。


「お祖父様、そのように仰っては辺境伯に失礼ですわ。お祖父様のこと、とても慕って下さっていらっしゃるのでしょう? ファンは大切になさいませ。」

「そうさのう。こやつの場合、ファンを通り、越してフリークというか、ストーカーというかなんじゃがのう。」

「な、なんですと!? そんな風に思っていらっしゃったのですか?」

「一昨年、手放した絵画類は、まあ、分かる。しかし、お主にはサイズも合わないであろう、儂が捨てた古着やら、ベアトリスの遺品まで収集して、スペンサーの邸を再現されて気分が良いと思うか?」


 それにはエリザベスが「え?」と驚きの声を上げ、エドガーは「リジーも邸宅に着いたら、驚くぞ? 前々から儂に見せたいものがあるから来いとは言っておったが、よもやスペンサー領の邸を再現したとは思わんかった。あれは儂でも引くわい」と毒吐く。


「スペンサー領のお邸を再現?」

「ああ、ビーの生きておった頃のな。リジーも懐かしく思うじゃろう。」


 そう言ってくしゃりと目の横に皺を寄せて、顎をしゃくるようにして「ほら、あの丘の上の邸がグロースター辺境伯邸じゃ」と話す。

 そこにあるのはブリストンの街並みに合う邸だったが、「あの裏手にもう一軒のう、見た目からしてスペンサーの邸になっている離れがある。見たら驚くぞ?」とエドガーは楽しそうに笑った。


 ◇


 小高い丘の上、辺境伯邸に着くとギルバートは感嘆の声を上げた。


「なんというか、これには驚くね、リジー。」


 玄関ホールに入ったエリザベスは立ち止まり絶句している。


「本当にスペンサーの邸をそのまま移設したかのようだわ。」

「驚くのは早いぞ? この西側の棟はほぼ完全にあの邸の西の棟を移設したような間取りになっておる。」


 辺境伯は「さすがに東側の由緒ある辺境伯邸には手を入れられなかった」と悔しそうにしたが、エドガーは「そんな事をしたら、税を納めておる領民が怒るわい」と呆れ声を上げた。


「そうはおっしゃいますが、東側にはエドガー様のご書斎がございましたでしょう?」

「儂の寝泊まりしている部屋の横に、無理やり再現しておったじゃろうが。」

「はい、ですが、やはり西陽の射し込む部屋ではなく、朝陽の射し込む部屋の方がお師匠様らしくあると思いまして。」


 エドガーは辺境伯の自慢げに話す様子に、「こやつ、これで本当に領地が治まっているのか?」と胡乱気な目付きになる。


「・・・・・・まあ、良い。説教はあっちでやることにしよう。ひとまず二人はそちらのサロンでゆっくりするといい、リチャードに言って、人を手配させよう。」


 そう言ってエドガーは邸の再現具合についてまだ説明し足りなそうな辺境伯を捕まえて、「これ以上は馬に蹴られるぞ」と引き摺るようにして去っていく。

 そんな師弟コントを繰り広げる二人の後ろ姿が東の棟に続く渡り廊下に消えると、エリザベスは「ふふふ」と声を漏らして「お祖父様、こちらに来て、ぐっと若返られたみたい」と笑った。


「確かにあちらのお邸にいらした時より、随分と生き生きとしていらっしゃるな。」

「ええ、本当に。」


 そう話すエリザベスはまだ少し祖父離れし難いのか玄関ホールに佇む。

 ギルバートが「エドガー様と離れるのは淋しいかい?」と訊ねれば、エリザベスは「ほんの少し」とうち笑い、ようやく踏ん切りがついたのかドアの開け放たれたサロンの入口へと向かった。


「わあ・・・・・・ッ!」


 サロンの中を見るとエリザベスは感嘆の声を上げて、小走りに中に入る。


 壁紙の色も、カーペットの模様も。

 そこにはスペンサー男爵領で見たサロンと同じ光景が広がっていて、ギルバートもこれには些か苦笑してしまった。


(ここまで再現度が高いと、どんなに好かれていても、確かに引いてしまう気持ちも分かるな。)


 人の出入りの多い玄関ホールについて格式が上の家門の雰囲気をリスペクトして真似する邸はあっても逆はなかなかない。


(まさかサロンもここまでの再現度とは・・・・・・。)


 エリザベスは嬉しそうにキョロキョロとしているものの、ギルバートはエドガーが眉根を寄せた意味が分かった。

 幸い再現をしているのが社交界で人付き合いの狭いグロースター辺境伯だから、社交界で話題になっておおごとにはなっていないものの、これを見たら他の人はいくらエドガーやエリザベスが「オリジナルは男爵家の方だ」と言ったとしても「成り上がりの男爵家が辺境伯家の真似をしているのだ」と取るだろう。


(ああ、もしかして・・・・・・。)


 あの「エリザベスはどこに対しても色目を使う」と根も葉もない情報を乗せていたゴシップ誌が、ヴェールズ公国の大公殿下や、グレイ侯爵だけではなくて、不思議とグロースター辺境伯の名前まで上げてきたのは、こうした事が漏れ伝わっていたからかもしれない。


「・・・・・・玄関ホールも、この部屋の作りも。若干、窓の位置が違うような気もするけれど、本当にそっくりだね?」

「ええ、使っている素材はこちらの方がずっと良さそう。こんなに慕ってくれて、お祖父様もお礼を申し上げればいいのに。」


 社交界に疎い彼女は、まだギルバートの考えたようなゴシップ的な考えにまで至っていないのだろう。腰を下ろした長椅子の座面の手触りを確かめるようにすると、屈託なく「本当にお祖父様に一筋でいらっしゃるようだわ」と無邪気に笑う。


「あそこに掛けられている絵はお祖父様が手放した絵のうちの一つだったのよ。あちらの花瓶も確かそう・・・・・・。」

 

 エリザベスは辺りを見回して「このソファーなんかも、同じ家具屋にでも発注して作らせたものかしら?」と驚いていた。


「お祖父様のとても高値で売れたと聞いていたけれど。辺境伯は一体、いくら散財なさったのかしら?」


 そして、エドガーと同じようにして「こうなってくると、領民への課税額が心配だわ」と話す。

 ギルバートは思わずクスッと笑うと「エドガー様にこちらに来て頂く代金と考えたなら、きっとお安いのではないかな?」と返した。


「そう?」

「ああ、あの水害の壊滅的な被害を三年余りで持ち直した『奇跡の領主』、それが君のお祖父様のもう一つの通り名だよ?」


 最初は確かに金策のため、借金や寄付の依頼の行脚をしたものの、その後はエリザベスや家事使用人達の尽力もあって、エドガーは領民への減税を施しつつ、比較的、短い期間でスペンサー男爵領の復興を成し遂げた。


「ダメ押しが僕が立案した食糧支援の法案が通ったことだったようだけれど、調べれば調べるほど、スペンサー領の領地経営能力は素晴らしいと思ったよ。」


 ギルバートがそう誉めそやすと、エリザベスは自慢げに「お祖父様の買い付けた蒸気ポンプのおかげで、排水が早く進んで工期が短くなったのよ」と微笑む。


「私ね、あれを見た日、とても誇らしかったのを覚えているわ。」


 どんな豪奢なドレスを見るよりも、泥だらけな中で動く蒸気ポンプを見た衝撃には敵わないの、とエリザベスはニコニコとして話す。


「日の光を浴びてね、水面がきらきらとして、白い湯気で動くポンプで水がざあって排水されて。みんなで泥だらけで喜んだわ。」


 服が汚れるのも、お腹が空いているのも忘れて、ただひたすらにみんなで喜んだ。


「そうか、道理でリジーがプレゼントに靡かないわけだ。」


 ギルバートはそう言って「君が喜ぶには、もっと素敵なものを送らないといけないみたいだね」と目を細めて笑う。


「あ、違うのよ? ギルのプレゼントは嬉しいの。」


 慌ててエリザベスが弁明すれば「それじゃあ、もっとプレゼントをしよう」と言い出すから、ますますエリザベスは困った顔をした。


「お帰りなさいませ、ギルバート様、お嬢様。あら? お嬢様、何かお困り事ですか?」

「「アン・・・・・・ッ?!」」


 ギルバートとエリザベスが驚いて声を上げると、アンは嬉しそうに「お二人ともご無事そうで何よりでございます」と微笑む。

 エリザベスはその場ですくっと立ち上がると、吸い込まれるようにしてアンに抱きついた。


「・・・・・・アン、ただいま。」

「お帰りなさいませ、お嬢様。ですが、こちらは辺境伯邸ですよ?」


 しかし、アンの指摘にも関わらず、エリザベスはぎゅうっと抱きついたまま、むずがる子供のように首を横に振る。


「もう、嫌ですよう、そんな子供みたいに。」


 そうは言いつつも、嬉しそうにするアンの様子にギルバートも表情を弛める。


「お二人共、お疲れでしょう。夕食まで間がありますから、お部屋でゆっくりなさっては? 間取りも似せて作られてありますから、二階にはお嬢様のお部屋風の客室もありますよ?」

「二階も似てるの?」

「ええ、びっくりの再現度です。驚きますよ?」

「・・・・・・私の部屋風のもあるの? 嫌だわ、本当にどうやって調べたのかしら?」


 アンは「それがまだ教えていただけてなくて」と答えたものの、「ともあれお二人を二階にご案内することについて、辺境伯のご許諾はエドガー様が既に取ってございます。ご案内致しますわ」と、勝手知ったる邸のようにして案内し始める。

 エリザベスはそんなアンの様子を面白がって「何だか、狐に化かされているような気分だわ」と言って嬉しそうに階段へと向かっていった。


「・・・・・・まるで、水を得た魚みたいだ。」


 くすくすと笑ってギルバートが呟けば、ドアのところで待機していたアンは「ずうっと借りてきた猫でしたからね」と答える。


「やはり、リジーはスペンサーのお邸が良いのかな?」


 階段のところで「ギル、早く来て」と急かすエリザベスの様子に「ちょっと待ってよ」と声を掛ける。

 その様子にアンはくすくすと笑って「あのように気取らない姿が見られているのは、お嬢様がすっかりギルバート様に気を許されている証拠ですよ」と目を細めた。


「ねえ、ギル、早く。」


 もう一度、甘えるような声が掛かるから、ギルバートはアンに肩を竦めてみせて、階段上のエリザベスに「分かった、今行くよ」と答えて、階段へと向かう。

 急いで登ってみると、エリザベスは二階に登りきったところで待っていて、「やっと来た」と嬉しそうに笑った。


「それで? そんなに急かしてどうしたの?」

「ほら、こうしてみると、一番最初に会った時みたいじゃない?」


 二階の廊下で振り返ったエリザベスは、確かに最初に出会った時を彷彿とさせる。


「確かに・・・・・・。」


 こうして階段下から見上げるような位置になると、初めて出会った瞬間の、酷く困惑しているエリザベスの様子を思い出した。


「たしか、あの時はその辺に殿下がいて、ここら辺にレオンがいて・・・・・・。」

「そうそう、殿下が王城になんて言い出したから、ギルはそこで頭が痛そうな顔をしてたの。」

「ああー・・・・・・。」


 その時の事を思い返し、ギルバートは自然と眉間に皺を寄せて、ため息混じりに「そうだったなあ」と脱力する。

 一方、エリザベスはそんなギルバートの様子に小さく笑い、「私のヒーローは階段近くにいると、いつも難しい顔をするわね?」と目を細めた。


「・・・・・・そうかな?」

「そうよ。二回目にお会いした時はなんとか乗り切ったけれど、三回目の時は階段下で、伯父様やネイサンの仕打ちに怒っていたから、眉間に皺を寄せていたわ。」

「あれは普通の人なら誰でもそうなると思うよ?」

「でも、エリントンのお邸にいた時も私の顔を見て気まずそうにしてたし、婚約式前に伺った公爵家のタウンハウスでは大公殿下が来るから流れそうってなって、怒って眉間に皺を寄せていたじゃない?」


 そして、ふふッと可笑しそうに「同年代のお茶会に行くと、ギルは冷静沈着で、物静かな貴公子だって言われてるのに、私の前じゃちっとも冷静じゃないの」と笑うから、ギルバートは「へえ?」と片眉を上げた。


「リジーの行くお茶会って、キャロライン嬢の主催のお茶会かい?」

「ええ、そうよ。キャロルは顔が広いの。伯爵家やステフお義姉様のようなお茶会にも参加するけれど、それとも違ってね、職人ギルドの大店の娘さん達や、才能ある文筆家のパトロンやら、色々とやっているの。」

「なるほど、それで白百合姫の話は、一気に庶民層にまで流布したのか・・・・・・。」

「ええ。キャロルが知らない事と言ったら『身分を弁えた態度』くらいかも。」

「へえ?」

「いつもね、リーズナブルなのに目上の方に失礼にならないドレスとか、大陸で流行っている物語とか、本当に色んなことを教えてくれるのよ。」


 ギルバートはその話を聞きながら「なるほど、キャロライン嬢も、リジーを笑わせようと必死だったのだな」と合点する。

 心を閉ざし、笑わなくなってしまったエリザベスが、少しでも興味を引くものを――。

 恐らくそんなことを思って、ネタ探しをしているうちに収まりが付かなくなってしまった口なんだろう。


「それで? その話をしたくて、早く上がってくるように言ったのかい?」

「違うわ、こうして欲しくて呼んだのよ。」


 そう言うとエリザベスはギルバートを手招き、初めて出会った日にオリバーがしたようにして、ぎゅうっとギルバートに抱きつく。


「これがしたかった事?」

「ええ、そうよ。あ、それでね、このまま『もう大丈夫です。このまま安全な王城に向かいましょう?』って言ってみて。」

「・・・・・・それって。」


 エリザベスが再現したいことが分かって、ギルバートは破顔する。


「私のヒーローは階段近くにいると、いつも難しい顔をするの。だからね? 階段上なら問題ないかなって思って。」


 上目遣いに少し早口で話すエリザベスに、ギルバートは堪らずぎゅうっと抱き締め返す。

 そして、頬を赤く染めているエリザベスの様子にそっと優しく囁いた。


「お嬢様、もう大丈夫です。このまま安全な王城に向かいましょう?」


 甘やかすようにして言えば、上目遣いにこちらを見つめてきたエリザベスも嬉しそうに破顔する。


「謹んでそのお話、お受け致します。」


 その様子に遅れて登ってきたアンが数段下で怪訝そうに「お二人とも何をなさっているんです?」と訊ねてくる。

 エリザベスはギルバートの影から顔をひょっこり見せると「何って一番最初っからやり直してるのよ?」とにこやかに返した。

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