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ダンスは蝶が舞うように(4)

 くるくる、くるくる――。

 ステファニーはがっしりとしたイーサンの腕に身を任せて、心地よくワルツを何曲か踊り、息が上がったところで、力強い腕で引き寄せられて距離を詰められる。

 目の前の男の若草色の瞳は好ましく、うっとりした気持ちのままでいると、「それで? こちらに嫁ぎ先を改めるつもりはあるかい?」とヴェールズ公国の大公殿下であるイーサンに尋ねられた。


「私がそんなに簡単に嫁ぎ先を改めるような軽い女に見えて?」

「こんなにダンスの相性も良いのに、まだ青臭い奴を選ぶと?」

「あら、私は『国』と結婚すると決めている女ですわ。あなたとのダンスがとても楽しかったのは事実ですけれど、それはそれ。」


 すると、イーサンは目を細めて「エリントン卿の姉上なだけあるな」と苦笑する。


「では、ヴェールズ公国がそなたの生まれ故郷のグニシアより素晴らしいものだと認めさせれば、そなたは手に入るのだろうか?」

「どうかしら? 私、グニシアには愛想がつきましたし、いい機会だから、他の国もあちこち巡ってみようと思っていましたの。」


 ただその前にギルバートにオリバーのことを押し付けて、それからブリストンに渡り、さらにエラルド公国へ向かおうと思っていた。


「旅は新しい発見が出来ますでしょう? ネーデルの方も行ってみたいですし、今は険悪ですけれど、ノーランドの蒸気で動くという機関車の仕組みも見てみたいですわ。」

「何だ、そんなことか。それなら、そんな遠くまで行かずとも、長く敷設はできてはおらぬが既に我が国にあるぞ?」

「そうなのですか?」

「ああ、ほんのひと月前、ベニダランで開発された最新式だ。ノーランドのは蒸気で動くと言ってもおもちゃのような代物だったからな。技術者で見込みのありそうな男を捕まえてきて、シリンダーと凝縮器を分けさせて、効率よくシリンダーを動かせるようにさせたのさ。」


 ヴェールズは元々鉱石がよく取れて、技術者集団の国だ。


「エラルドが薬品の国なら、こちらはものづくりの国。しかもノーランドのような付け焼き刃ではなくて、もともとドワーフが作り上げた国だと揶揄されるような国だ。その筋は『近隣諸国でも目を見張るものがある』と言われている。」


 イーサンが「それだけでもグニシアに勝っていよう」とイーサンが話せば、ステファニーは「けれど、農業自給率はイマイチでしょう?」と話した。


「確か主食の小麦はノーランドやグニシアに頼っていらっしゃる状態じゃなかったかしら?」


 すなわち小麦どころの我が家に、とステファニーが微笑めば、イーサン「それは確かに否定できないな。だがエラルド公国も似たような状態であろう?」と返事する。


「そちらも主食はグニシアの小麦だ。」

「ええ、ですが、あちらは大陸が近いんですの。エラルド公国は医薬品に一目を置かれていますから、そう貿易に困りませんわ。」


 エラルド公国はたとえノーランドやグニシアと袂を分かっても、まだ食い繋げる余地がある。けれど、ヴェールズ公国はそれとは異なり、最悪、国民を含めて多くの者が飢えることになる。


「なるほど、ステファニー嬢はなかなかに手厳しいな。」


 と、ふわりと身体が浮き、曲に合わせてリフトしてくれたのだと分かるから、ステファニーは身を委ねるようにして、イーサンのリードに合わせた。


「・・・・・・だが、人々をあっと驚かす技術があれば、どうだ?」

「人々をあっと言わせる技術?」

「ああ、もう少し逗留して、ヴェールズ観光をしていけばいい。」


 そう言ってイーサンはステファニーの話に腹を立てることもなく鷹揚に話を聞き入れて、受け答えをする。

 ステファニーはそんな点もすぐ腹を立ててしまう兄や弟、そして婚約者と違うなと目を細め、好ましくイーサンのことを振り仰いだ。


 ◇


「もう少しヴェールズに逗留する?」

「ええ、イーサンに勧められたのよ。新しい技術見学も兼ねて、他の国を見に行く前にヴェールズ観光も悪くないかなと思ってね。」

「イーサンって大公殿下のことを・・・・・・。まあ、ともあれ、その言い方だと、姉さんの中では『決定事項』なんだね?」


 ギルバートが困ったように言えば「そうね」と鼻歌でも歌い出しそうな雰囲気で、ステファニーが答える。


(こんな自由気ままな姉さんを王太子妃に繋いでおこうっていう父さんの考えの方が、土台無理な話だよな・・・・・・。)


 覆水は盆に還らない。ましてやステファニーの性格じゃ、自分ごときが手綱を引くのは無理な話だ。


「それで父さんにはなんて説明すれば良いんです?」

「見聞を広めたい、でいいんじゃない? 可愛い子には旅をさせよって言うし。」

「それで父さんが納得すると? 僕がこっ酷く叱られるに決まってるじゃないですか。」

「そうかもね。だけど、一人矢面に立てるのも可哀想だと思ってね、イーサンに一筆認めて、お兄様経由で届けてもらうことにはしたわよ? あちらにはお父様達の居所の情報が入ってくるだろうから。」

「・・・・・・兄さんまで巻き込むつもりなんですか?」


 ひどく不憫そうにギルバートが「あまり虐めすぎると兄さんが禿げるよ?」と言うのと同時に、ステファニーも「虐めすぎると禿げそうよね?」と息ぴったりで話す。


「分かっているなら、兄さんは勘弁してあげてくださいよ・・・・・・。」

「じゃあ、ギルの胃に穴が空くかもだけど、それでも良かったの?」

「良くないですけど。そういう事じゃなくって、自重してくださいって話です。」

「えー、私がヴェールズ観光するのは『決定事項』だって言っているのにぃ。」


 話が平行線になり掛けたところで、イーサンが「そなたの姉上のことは心配するな。きちんとエラルド公国に送り届けよう」と微笑む。


「だが、エルガー公爵や、バイロン伯爵に、そなたの姉上が人質に取られたように思われても困るのでな。砲台三千五百問の他に、エラルド公国に技術者を派遣するのでどうだ?」

「技術者の派遣ですか?」

「ああ、ノーランドの侵攻を食い止めるには、それを食い止めるだけの技術力が必要になろう? エラルド公国の化学力と我が国のものづくりの力があれば、ノーランドや大陸からの侵攻を食い止めやすくなるのではないか?」

「それは仰る通りですが・・・・・・。」


 まだ色良い返事をしないギルバートに痺れを切らしたかのようにして、ステファニーはイーサンの腕を取って「少しはイーサンを見習いなさいな」と引っ付く。


「姉さん?!」


 ギルバートはこてんと首を傾げて、一国の大公に甘えるようにするステファニーの様子に、頭が痛そうな顔をする。


「そう怒らないでよ。私、彼のことが気に入ったの。ほら、王者の貫禄もあるし、かっこいいし。ね? もう少しイーサンの国を楽しみたいのよ! それにきっと父さんも好きだと思うわよ? 新しい技術の話。」


 うふふと笑うステファニーの隣で、イーサンが目を泳がせる。


「リジー、姉さんがこのノリなんだ。リジーが心砕く必要はなさそうだよ。」

「あら、リジーが浮かない顔してるのって、もしかして私たちを心配して?」

「・・・・・・そりゃあ、そうでしょう? 僕でさえ、実家の命運を心配しているというのに。当の姉さんはもう少しヴェールズ観光したいとか呑気なことを言い出すんだから、やってられませんよ。」


 ギルバートが呆れ声をあげたものの、ステファニーはそんな弟をそっちのけにして、エリザベスの手を取ると「リジー、そんなに心配しなくても大丈夫よ?」と握った。


「・・・・・・そうなんですか?」

「ええ、お父様も、お兄様も、ギルも。何とかしてしまうのが、うちの男衆だから。」

「そうなのか?」


 ステファニーとギルバートの姉弟を見ていると事の深刻さが伝わってこないものの、エリザベスの憂い顔にイーサンは首を傾げた。


「確かに今までは乗り切ってきましたよ? 母さんや姉さんに無理ばかり言われても、自分の能力の範囲でカバー出来ることでしたから。」

「でしょう?」

「でも、今回ばっかりはそう簡単に問屋が卸さないですよ。正直、エルガー公爵家取り潰しも有りうる事態だというのに。」

「あら、でも、ギルは公世子だし、私がイーサンのところに嫁げば、あとはお兄様がネーデルの総督にでも収まればいいんじゃない? お父様の考えにはそれもあったでしょう?」


 五年前、ベアトリスの事があったルーカスは王家であるデーン家、とりわけ、国王陛下とは距離をとった。

 そして、経済的にグニシアに依存しすぎないように、エラルドや海峡を渡って対岸のネーデルとの親交を深めた。


「ネーデルの価値は年々上がっているわ。銀行の立ち上げと工業への先行出資。お父様が実験的に始めたことが、プラスに転じてきていたでしょう?」

「・・・・・・銀行? なんだそれは?」


 横から聞いていたイーサンが興味深そうに訊ねれば、ステファニーは「お父様が貸金屋に持ちかけた事業の一つよ」と答えた。


「金の預かりや引き出し、法人どうしでの多額の決済をするのに『銀行券』なるものを作って、それで『信用取引』とやらをやればいいって言い出したの。」


 預かり証同士で取引をすれば、誰かに横から金を奪われるリスクも、大量の金貨を持ち運びするのを減らして高額な取引ができる。それゆえ貿易関連の企業や団体からは入れ食い状態なのだと話す。


「やり取りは『預かり証』だから、旅先にもそれ一枚もっていって、同じ貸金屋と取引のある窓口で換金して貰えるの。しかも、貨幣の種類が違っても『金』で換算しているから両替えもスムーズなの。変動リスクは若干あるけれどね。」

「ほお。便利だな。」

「ええ、しかも、ネーデルは地続きで大陸の各国との交流もあるから。」

「・・・・・・外貨獲得にはちょうど良いというわけですね。」


 ステファニーがエリザベスに頷いて見せると、イーサンは「ルーカスの思いつきそうな案だな。そうやってネーデルを裏で操るってわけか」と苦笑する。


「そうとも言うわね。」


 そして、各々の窓口でやり取りさせて頂いた内容は「台帳」として管理され、貸金屋同士で共有されて、不当な貸し借りは出来ないように抑制、また、船会社など、リスクのある団体に対しては「配当」の考えも採用したり、「保険」の考えを採用したりしているのだと話す。


「・・・・・・まだ、実験的だと僕は思いますけれどね。」


 ギルバートはそう言い差し「ただ、そのことも、スパニアがネーデルを狙う理由になっているのは確かです」と話す。


「正教会は大義名分。欲しいのは世界経済ってわけか。エリザベス嬢の艦隊の話が一気に現実味を帯びてくるな。」

「ええ、そして、それを狙っているのはノーランド王国も同じ。こちらに殿下をご案内したのは、対ノーランド王国、つまりダンケル家による侵攻をどうやって食い止めるかについて、お知恵をお借りしたかったからです。ノーランドは貴国への侵攻も視野に入れていますよね?」

「ああ、手始めはレクシームあたりを山越えして襲ってくるか、密偵でも使ってグニシア側から侵攻してくるかだな。」

「それで言うとレクシームが接するグレイ侯爵領は『外様』であり、我らにとっては敵方。春を待たずとも、秘密裏にグニシアを介して侵攻してくる可能性が高いかと思われます。」

「では、後者の確率が高いと見るか。」

「はい、おっしゃる通りです。」


 トムとフランシスのおかげで、あの辺りを根城にしていた盗賊団やならずものは片付いただろうが、それも束の間、レクシームは治安がかなり悪くなるだろう。


「緊急プランが発動したなら、父も、兄も、ノーランド王国近くの土地は、領民に放棄させて、徐々に南への避難を促しているでしょう。」

「田畑を耕している領民に『土地を諦めよ』とは酷な事を。」

「ええ、ですが、背に腹は変えられません。『有事の際は、主要な機能はエリントンの屋敷に移し籠城をせよ』としていますから、兄さんが主導して動いていると踏んでいます。」


 と、脇からステファニーがウンウンと首を縦に振り「それがお母様の言っていたプランAね? それでプランBは? 私もお母様みたいに言ってみたいのよね、『次は緊急プランBで』って」と訊ねてくる。しかし、ギルバートは思い切り顔顰めてみせた。


「『プランB』もあるのか?」

「あるように見えます?」

「いいや、見えない。」


 それからくっと喉を鳴らして笑う。


「なるほど、そうしてエルガー公爵家の男衆は知恵を捻り出さないとならないわけか。」

「笑っていられるのは今のうちですよ、殿下。姉さんは殿下にも同じことを要求しますよ?」

「ちょっと、イーサンに変なことを吹き込まないで。」

「じゃあ、僕に言うように無茶を言わないですか?」

「いいえ、それは自信が無いけれど。」


 すると、イーサンはハハッと声を上げ「無いなら、どうやらプランBとやらを今から作るしかなさそうだな?」と笑った。

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