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ダンスは蝶が舞うように(3)

 遅い――。

 ヴェールズ公国大公であるイーサンは苛立ちを露わにした。


「そ、そろそろ戻ってくるとは思うのですが・・・・・・。」

「気にせずとも良い。」

 

 代わりにあれこれと場を繋いでくれていたラファエルとの会話も続かなくなる。ラファエルはそわそわとし始めて、ギルバートの姿を探し始める。そして、急にほっとしたような表情になるから視線の先を見れば『月光の貴公子』と評されているギルバートがこちらに向かってきていた。


「楽しまれていますか、殿下。」

「てっきりエルガー公爵がグニシアとエラルドを併合すると見ていたのだが、まさか袂を分かって、そなたを公世子として立てる腹積もりとはな。」

「私はエラルド公国の先代の第二公女の血を引いてますから。」

「と、すると、ルーカスは公女輿入れの段階でそれを見越し、そなたに王太子教育を受けさせていたというわけか。」

「さあ、どうでしょうか? そのあたりは私にも量りかねること。」


 エラルドがエドガー公爵家と懇意にしていることは、グ二シア王国内外でも有名であり、グニシア王国の王家とエラルド公国の公室の両家にとって、その動きは注目を置くべきところである。

 そして、今朝、グニシアの王都内にあるヴェールズ公国大使館から来た連絡はエルガー公爵家がタウンハウスから忽然と姿を消した内容の連絡だった。

 これがあと二、三ヶ月ほどして、多くの家もマナーハウスに帰る頃ならまだ分かる。だが、今はまだシーズンを三分の一程度残している状態なのに急な引き上げだった。


「シーズン半ばでタウンハウスを引き払うとはエルガー公爵家で何が起こっている?」

「・・・・・・おや、殿下の耳にも入りました?」

「ああ、それとアルの奴から随分な依頼が来たぞ?」


 砲台三千五百門。しかも小型船に載せられるほどの軽量化を施したものを短期で作れという。

 イーサンにしてみれば、エリザベスとは婚約式と玄関先、それから今と数度挨拶を交わしただけの関係で、とても淑女然とした振る舞いの彼女がそんなことを口にしたとは信じられずに訝しんでいた。


「エリザベス嬢は『救国の乙女』かと思っていたが、アルの奴が言うような『戦場の乙女(ヴァルキリー)』なのだろうか? それとも、アルにそう見えるように、そなたの思惑を彼女に言わせたのか?」


 それに対してギルバートは目を細めると「私の思惑通りに話がいっていれば、今頃、エリントンのマナーハウスで、二人、部屋に篭って過ごしていますよ? 僕も彼女も平和主義ですから」とうち笑う。


「彼女の願いは『安寧に生きること』。」

「では、そなたの父の思惑か?」

「いいえ、砲台の件は彼女の考えです。ただ、彼女は平和主義ですが、誰よりも『安寧に生きることは難しい』と理解しているだけです。」


 生まれてから十八年。祖父の庇護を受けて辛うじて生き残ってきたものの、いつだって命の危険に晒されてきた。


「彼女の生存権は、彼女の親戚や肉親によって、常に危険に晒されて来ましたから。」


 他の令嬢たちが花や、蝶やと心砕いている頃には、伯父夫婦に母親を毒殺され、唯一の頼みの祖父が倒れて軟禁されていたし、自分との婚約の話が上がった折には、実の父親である国王陛下に「王位継承権を持つ者は二人も必要ない」と言い切られている。


「彼女が対岸に住む貴国の領民も助けたことに、思惑や点数稼ぎのような気持ちはありませんよ。ただ、『安寧』を奪われた人の気持ちが分かり、それに寄り添っただけなんです。」


 そういう人には同じ目線に立って慰め、助けようとしただけ。


「私はそんな彼女の願いを叶えたい。それ以上の事は望んでいません。」


 エラルド公国の公世子として立ったところで、ちょっかいを出されなければ、どことも争う気もないし、エリザベスのことを守れさえすればそれだけで構わない。


「ですが、雪が解けたら、ノーランドとスパニアは北と南から同時に攻めて参りましょう。その手始めに彼らは内からグニシアとエラルドを仲違いさせることにしたようですし。」

「ルーカスはそれゆえグニシアから引いた?」

「ええ、グニシア王国の国王陛下にとって、エリザベスの存在と同じように、エルガー家やボイル家の台頭は好ましいものではないでしょうし、エルガー公爵家としてはエラルド公国を拠点にした方が色々と動きやすい。それに陛下はそうとは知らずに父の逆鱗に触れてしまったようですし。」


 ベアトリスとエリザベスの母子への干渉。それを何よりも避けていたのは父の方だと言うのに。


「賽は投げられた、というわけか。」

「ええ、しかも争い事が起きる方へと。」


 動乱の世が始まると示唆すれば、大公殿下はふと「では、グニシアの王太子の件はどうなる?」と尋ねた。


「第一王妃の手前、そなたはあの王太子を助けに出るとアルは見ていたようだが、助けには動かないのか?」

「助けに行きますよ? 母はオリーをうちの末っ子だと思っていますから、見捨てることはできません。けれど、それは今じゃない。」


 そして「少しお灸を据えた方が良さそうですし」と苦笑する。


「そうか。では、この後はどう動くつもりだ?」


 パーティー会場でする話には似つかわしくない内容に、端で聞いていたラファエルが目を白黒させている。ギルバートはそんなラファエルの様子に「この場を頼んでいいかい?」と話すと、イーサンを貴賓席の方へと誘導する。しかし、イーサンは「いや、その話は後にしよう」と遮った。


「先日、そなたの姉君と踊り損なったのでな。」

「姉はかなりのじゃじゃ馬ですよ?」

「じゃじゃ馬馴らしくらい出来ずに大公なんてやっていられない。」


 随分と楽しみにしていたのだろう。ギルバートはステファニーをダンスに誘いに行ったイーサンの姿に苦笑する。


(『蓼食う虫も好き好き』と言うべきか・・・・・・。)


 蜂蜜色の目を見開き、けれど、それが当然と言わんばかりにダンスホールへエスコートされていくステファニーの姿に肩を竦めた。


「え? ええ?!」

「姉さんには冬を飛び越えて、一足先に春が来たみたいだね。」

「いや、でも、ステファニー様は・・・・・・。」

「別に良いんじゃないか? 王妃でなくて、大公妃でも。少し嫁ぐ国が違うだけだろう?」


 そう言いながら、頼みの綱のステファニーがダンスに誘われてしまって、人には気付かれないように気をつけているが、困惑しているだろうエリザベスを助けに向かう。


「いや、ですが・・・・・・。」

「姉さんも満更じゃなさそうだったし、何もかもが父さんの思い通りになるとは思われたくないしね。」


 ギルバートは「姉さんが嫁ぎ先を変えてくれたら、父さんへの良い意趣返しになる」と笑った。


 ◇


 ええっと、これはどうしたらいいんだろう?


 その燃えるような色合いの赤毛をオールバックにし、甘い笑みを浮かべて現れた大公殿下は流れるような所作で、隣でフォローしてくれていたステファニーをダンスに誘う。

 ステファニーは「少し外すわね」と嬉しそうにすると、これまた流れるような所作で申し出を受け入れてフロアの真ん中へと出ていく。問題はその後で、周りにいたご令嬢一同があんぐりとして、二人を見送ったあと、にわかにざわめき出した事だ。


「大公殿下からダンスにお誘いになるだなんて・・・・・・。」


 公世子となったギルバートの想い人であるエリザベスに向かっていた意識は一気にステファニーに向かい、「お二人はどんなご関係ですの?」「いつお知り合いになったの?」と次々に尋ねられる。エリザベスは口元を扇で隠して、何と答えたら良いかと思案した。


「リジー。」


 不意に声をかけられて振り返ると、優しく微笑むギルバートがすぐ傍に立っている。途端にザッという衣擦れの音と共に、周りからの矢継ぎ早の質問は止み、一斉に頭を下げていることに気がつく。


「皆様、頭を上げて、そう畏まらないでください。」


 そう言いつつも、ギルバートはさりげなくエリザベスの腰に手を回し「少し向こうで話さない?」と甘やかに誘ってくる。

 それまでステファニーに向かっていた注目が再び自分に向かってきた気配を感じると、エリザベスは扇で顔を隠したまま、「御心のままに」と答えた。


「すまないね、談笑しているところを邪魔してしまって。」


 ギルバートはその場で一番地位の高いヴェールズ公国の侯爵令嬢に断りを入れる。

 

「いえ、とんでもない事でございます。」


 抜け目ないと言うべきか、彼女がそう言えばその場はそれ以上、エリザベスを追求出来ずにただただ羨ましそうに見つめてくるだけだ。ギルバートはごく自然にエリザベスをエスコートして人垣を抜けていく。


「姉さんが、ごめんね? あの人、基本、フリーダムだから。」


 フロアの中心で楽しそうに踊っているステファニーは、エリザベスが童話で見たお姫様のようにキラキラとした笑顔で大公殿下と踊っている。


「今日はリジーのそばにいてっていったのに。」

「大丈夫。ギルが助けてくれたから、あれこれ答えに窮する前に逃げ出せたわ。でも、その・・・・・・あれっていいの?」

「ここはグニシアではないし、二人ともいい大人だ。オリーとの事は確かにまだ片付いてないけれど、元々『候補』なだけだからね。大公殿下に横からかっ攫われても法的に訴えようがないかな?」


 家長である父の許しだけあれば、それで。


 ギルバートは「父さんはグニシアの王妃に姉さんを据える気だったろうけど、いい気味だ」

と機嫌をよくする。


「ギル、もしかして、まだ公爵様のこと、怒っていたの?」

「うーん、怒ってるのとは違うかな。ただ、今まで適わなかった父さんを出し抜いたような気分で、それにはちょっとわくわくしてる。」


 レールを敷かれた上を歩まねばならないと思いつつも、少し脱線できそうな事態が嬉しいのだと悪戯を思い付いた少年のようにして笑うから、エリザベスはふふっと笑った。


「笑い事ではないですよ。そんなことになったら、エラルド公国としては大問題です。」


 後ろから苦言を呈してきたのはラファエルで、「オリバー様が国王に、ステファニー様がグニシアで王妃になると思えばこそ、エラルドとグニシアの国交が円滑になるのではありませんか?」と話すから、ギルバートはちらりとそちらを一瞥して「その考えは父さんがエラルドに身を引いた今、考えから外した方がいいよ?」と話した。


「ラフィ、グニシアでは既に一波乱も二波乱も起こっている。僕が公世子を引き受けた理由は聞かせただろう?」

「・・・・・・グニシア国王が公爵様の逆鱗に触れた件ですか?」

「ああ、そうだよ。姉さんがこっちにやってきたのは、グニシアにいたら命の危険があるだと思うよ。」


 とはいえ、全員で引き払うわけにもいかず、王都に一番近いエリントンの邸にブライアンが滞在しているとステファニーからは聞かされたと話せば、ラファエルは顔を強ばらせた。


「一番危ない橋を渡っているのは兄さんだよ。さっさと大公殿下とグロースター辺境伯、それからエラルド本国との連携を取らなければまずいことになる。」


 エリザベスが呆然として立ち竦むと、ギルバートは宥めるようにして肩を抱き、「ボイル家はきっとオリーではなく、リジーを擁立しようとする。ただ、それは今すぐではない。リジーが直接アルと取引しているからね。彼らが動くとすればスパニアを退けたあとだ」と話す。


「スパニア・・・・・・?」

「ああ、君の作戦でスパニアの艦隊を退けたなら、君はヴェールズだけでなく、グニシア、エラルド、そしてネーデルにとって『救国の乙女』になる。そして、そうなったら、ボイル家は大手を振って君を『グニシアの女王』に推挙するだろう。」


 それにはラファエルが眉根を寄せて「それは・・・・・・」と言葉を濁す。


「ああ、そうだ。だから、それまでに僕は彼女を『エラルドの公世子妃』として国内外に認めさせなければならない。あくまでも『スパニアを退けたのはエラルド公国の公世子妃』だと伝わるようにね。」

「何かお考えはあるのですか?」

「まあ、一応はある。ただ、懸念すべきはノーランドのヴェールズ侵攻だ。」

「ノーランドがヴェールズに?」

「ああ、アルバートがこっちについたからね。ノーランドへの武器供給が滞るはずだ。そうなればノーランドはヴェールズにも宣戦布告してくるだろう。」


 幸いにしてノーランドとヴェールズを遮る山々は真夏にならないと雪が解けないことで、ノーランドが攻めて来るとすれば、グニシアからの街道沿いからになるだろうことだった。


「大公殿下とは、今日中にその辺りを詰めたいんだ。殿下が姉さんと踊っている間に、一席、場を用意して欲しい。」


 ラファエルは深く頭を垂れると、静かにその場を後にする。一方、事態を知って青ざめたエリザベスをギルバートは抱き寄せると「大丈夫だ、ちゃんと考えがあるから」と慰めた。

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