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ダンスは蝶が舞うように(2)

 ヴェールズ公国の大公殿下を招いて、エラルド公国大使館で開かれた夜会は突貫で行った割には豪奢だった。

 ギルバートは仮ながら公世子として宴を取り仕切り、エリザベスはその横に付いて、ステファニーと共に来賓の相手をすることになった。


「リジー、大丈夫? ずっと挨拶しっ放しだから大変だったでしょう?」


 ステファニーとてヴェールズ公国の来賓と面識が無いはずなのに、踏んでいる場数が違うからか、持ち前の明るさと少し硬い言い回しながらヴェールズ語を巧みに操り話している彼女はとても頼りになる。


「ええ、挨拶をする側は一瞬の緊張で終わるけれど、される側はこんなに疲れるんですね。今度から、もう少しユーモアを交えて挨拶することにします。」


 すると、ステファニーはふふっと笑い「みんな『救国の乙女』がどんなだか見に来た感じよね」と話す。


 ギルバートが付かず離れずの位置で見張ってくれている事もあって遠巻きにされているものの、馴れ馴れしく挨拶してくるものも確かに何人かいて、その度にステファニーが冷ややかに応対したりギルバートが間に入ってくれたりして躱す羽目にあった。


「ギル、首尾は上々?」

「ああ、事前にラファエルに言って選りすぐってはあるからな。」


 北方よりは南部、特にスペンサー男爵領と接していたり、一昨年、氾濫した川の流域を治めていたりする諸侯を中心に招き、合わせてエルガー公爵家、ボイル公爵家が手を取ったことを示すためにグニシア王国の大使も招待したのだと言う。


「グニシア王国での『エリントン子爵の婚約者』としての功績や、リジーの『スペンサー男爵家のご令嬢』としての功績はきっと今日の招待客が広めてくれるさ。」

「あと、リジーの可愛さとギルのゾッコンぶりもね。」


 ふふふっと愉快そうに話すステファニーは「私は料理でも摘んでくるわ」と言うと、「あとはお二人でごゆっくり」と去っていく。ギルバートは肩を竦めて「本当、姉さんは嵐みたいな人だな」と苦笑した。


「レディ、お相手頂けますか?」


 そっと手を取り、ギルバートが貴公子らしくダンスに誘ってくれるから、エリザベスは少しはにかみながら頷く。


「もちろん、喜んで。」


 それからは本当に夢のような時間だった。

 一曲目こそぎこちなかったものの、続けて踊れば、緊張も解けてきてステップも複雑になる。


「だいぶダンスに慣れてきたみたいだね。」

「お邸で猛特訓したもの。」


 基本的なステップを踏み間違えないようになるまでに、それはもう大変な特訓だったと話せば、ギルバートはくすくすと笑って「じゃあ、応用編もやってみようか?」と笑った。


「応用編?」

「そうだよ、はい、一、二、三。」


 と、エリザベスの腰を支えるようにして、ごく簡単なリフトする。そして、その場でくるくると二回転したあたりでストンと下ろすと、何事も無かったようにしてステップを踏む。


「今の何、ふわってなったんだけど?」

「少し抱えただけだよ。」


 そう言いながらも、ギルバートは上手くエリザベスがふらつかないようにリードしてくれる。


「それで蝶のように舞っている感想はどうだい?」

「蝶のように舞えているかは怪しいけれど、最高の気分。」


 ホストが踊り続けなんてこと、普通の夜会なら有り得ない事態だ。けれど、あまりにエリザベスが楽しそうに笑うから、ギルバートは胸がいっぱいになって相好を崩した。


「リジー、こっち。」


 曲終わりのタイミングで、周囲の目を気にする様子もなく、エリザベスを引っ張るようにして、ダンスホールを抜けテラスへと出る。


「ちょっと、ギル、どこへ行くの? ホストなのに。」

「大丈夫だよ、その辺りはきっとラファエルが上手くやってくれるから。」


 ギルバートは「オリバーが逃げ出した時のフォローはいつもしていたから分かるんだ」と笑って、エリザベスの手を引いたまま、ロココ調の見事な装飾が施されている回廊を抜けていく。

 

「ほら、こっち。きっと気に入ると思うんだ。」


 そう言って連れ出されたところには、噴水とを囲うようにして、白の秋薔薇の咲き誇っている庭が回廊脇に広がっていた。


「うわあ、綺麗・・・・・・。」


 降り注ぐ月明かりに照らされて、黒々とした葉とは対照的に白い花びらと噴水が際立って見える。


「だろう・・・・・・?」


 きっと二人とも雰囲気に飲まれたんだと思う。

 薄明かりの中で言葉を失い、互いに探るようにして近付いて、その息遣いもすぐ傍に感じながら目を閉じる。

 柔らかく触れ甘えるように食む唇で、擽ったさに口元が緩まれば、そこからは性急な口付けに変わる。


 流される――。


 回廊脇の柱に追い詰められて息が上がる。エリザベスが辛うじて残っている理性でギルバートの胸を叩けば、名残惜しむようにしてようやく唇を離してくれた。


「このまま、時が止まればいいのに。」


 ぼそりとギルバートが寂しそうに呟くから、エリザベスからキスを中断させたのにも関わらず、堪らない気持ちになって、ギルバートの胸にしがみついた。


「リジー?」


 怪訝そうに見つめてくるギルバートに、エリザベスはステファニー監修の『白百合姫の恋物語』の一節から引用して返答する。


「今夜のこと、『一夜の夢』だとおっしゃるの?」


 ギルバートは白百合姫のセリフで「夢は夢だから美しい?」と訊ねれば「ええ、そうよ」と応えた。


 "君は今夜のことを一夜の夢だと言うのかい?"

 "ええ、そうです。夢は夢だから美しいの。どうか私のこともお忘れになって。"


「私、白百合姫、失格ね。あなたに『お忘れになって』なんてとても言えないわ。」


 そんな事、少し考えただけでも、こんなに心乱れて泣きそうになる。


 "美しい人。そんなことは出来ない。僕は君に出会ってしまった。"


 月明かりに照らされて美しいのはギルバートの方で、こうしていると自分が酷く不釣り合いな心地になってくる。


 "どうか僕の『白百合姫』になって。"


 白薔薇か、白百合か、咲く花の違いはあれど、公爵は主人公のエラにそう告白する。けれど、エリザベスはギルバートにこの千々に乱れる胸の内を明かすのを躊躇った。


(私はずるい・・・・・・。)


 ギルバートの気持ちも知っているし、自分の気持ちも分かっている。けれど、それなのに全てなかったことにして、逃げ出したいとも思っている。

 大勢の人に公世子妃としてのジュエリーひと揃えを身に付けているところも見られているし、もう何もかも後戻りは出来ないことも分かっているのに。


「リジー。」


 自分の胸元に縋るように抱きついてきて、初めこそ「どんな生殺しだ」と思ったものの、無言になって、肩を小刻みに震わせているエリザベスを見たら、ギルバートは急に冷静になった。


「可愛い人。僕の『白百合姫』は君以外には有り得ないよ?」


 抱き潰してしまいたい程の狂おしさは未だ胸に渦巻いてはいるものの、思いのままに振る舞えば、華奢なエリザベスは簡単に壊れてしまいそうで優しく抱き寄せる。


「蝶のように舞えなくとも、本の通りのセリフが言えなくとも。」

「・・・・・・な、んで? 公世子妃だなんて、私、力不足だし。それに公世子なるなら、二人以上、妃をとっても不自然じゃないでしょう? エラルド公国にとって、私を公世子妃にしたら、余所者、厄介者だもの。ギルが後ろ指を刺されてしまうわ。」


 しかし、ギルバートは「僕はそうならないと思うよ? きっと僕は稀代の妃を口説き落とした先見ある大公と言われるさ」とうち笑う。そして、逃がすまいとエリザベスを抱き締めると、『白百合姫の恋物語』の公爵と同じセリフを続けた。


「『僕は君に出会ってしまった。』そうだろう?」


 感極まって目を潤ませているエリザベスの目元を拭い、ギルバートはそっとその目元にキスを落とす。


「僕は何度だって言うよ? どうか僕の白百合姫になってくれませんか、って。」

「だから、なんで・・・・・・ッ。」


 すると、ギルバートは少し困ったようにして「『好き』だからさ」と答える。


「後付けで理由は色々とくっつけられるけれどね。僕は柄にもなく、リジーに一目惚れしたんだと、今ならはっきりそう言えるよ。」


 公爵家を意識して媚びを売るわけでもなく毅然とした態度で応対し、その癖、屈託なく悪戯めいた笑みを浮かべたエリザベスに。


「僕だって本みたいに君をスマートに助け出せるヒーローになりたいのに、君って人は、毎回、僕の予想の右斜め45度くらい上を狙ってくるから困るな。」

「右斜め45度?」

「そうだよ、こっちが必死に口説いているのに。公世子になるなら、二人以上、妃がいても不自然じゃないだなんて、随分と酷い話だと思わないか?」


 眉を八の字にして「結構、傷つくんだけど?」とギルバートが切なげに言うから、エリザベスは唇を噛んだ。


「確かに僕は身の安全と引き換えに公世子という肩書きを受け入れることにしたし、権利と義務はワンセットだ。エラルド公国の公世子としての役割を果たさなきゃならない。だけど、それはそれ、これはこれだ。」


 エリザベスを手に入れられないなら、そもそも公世子の肩書きを受け入れてまで生き長らえる理由がない。


「僕は強欲だよ、リジー。君が考えている以上に。父さんでさえ諦めたものを手に入れたいと足掻いてるんだから。」


 さらさらと降り注ぐ月明かりの中、ギルバートは微笑むと、ようやく震えの治まったエリザベスを解放する。

 けれど、いつもと違って鳶色の瞳が、暗く闇に沈んで見えて、見つめられるとその場に縫い止められたようにして動けなくなった。


(ああ、どうして・・・・・・。)


 彼に出会ってしまったんだろう。


(これが夢ならばいいのに・・・・・・。)


 夢ならば何も気にせずにギルバートに愛されているこの幸せな気持ちのままでいられるし、どれほど自分がギルバートに溺れているのか、素直に口に出来るだろうに。


「あのね、ギル。私、ちっとも可愛くなんてないわ。他人(ひと)を妬みもするし、嫉みもする。それに、私を苦しめた人達は痛い目に合えば良いのにって常々思っているし、嫌がらせには嫌がらせでお返しするの。」


 それゆえ、サムには「お嬢は性悪」と評されてきたし、ノアにも「普通の令嬢はそういう事はしない」と言われ続けてきた。そんな自分がとても人好きされる性格だとは思えない。


「それに猫目だし、お祖父様譲りの負けん気だから、つい喧嘩を売っちゃうし。」


 だから、カッとしてサラの時には言い過ぎてしまったし、アンにも「少しは令嬢らしく愛想よくなさいませ」と言われてしまう。


「刺繍は、まあ、人並みに出来るようになったけれど、ダンスも、社交も、からっきしダメなのはさっきので分かったでしょう?」


 そこまで言うと途中で自分でも情けなくなってきて、エリザベスはむくれる。


「それでも私のこと『好き』だなんて言うギルもいるけど。私、あなたを利用してるだけかもしれないじゃない。」

「利用?」

「ええ、ギルは私に騙されてるって、きっとギルを狙っていた令嬢は言うわ。『魔性の女』。そっちの方かもしれないわ。」


 そういうとむくれたままで「夢は夢だから美しいの。でも、私は忘れてなんて言えないし、ギルが偉くなるなら第二公妃になって、面倒くさいことはあなたと未来の第一公妃に任せて、安穏と暮らせればいいと思っているのかもよ?」と言うと、ギルバートのところから離れて来た道を戻ろうとする。


「ふーん?」

「じ、自分だけ楽しよう、そう言う魂胆かもって言ってるのよ? だから、簡単に騙されちゃだめよ。」


 言っていて情けなくなってくるが、エリザベスは「あなたに上げられるのは私の恋心だけだわ」とギルバートにも聞こえるかどうかと言った声量でぽつりと言う。

 そして、情けなさに耐えられなくなるとそそくさとギルバートの元を離れようとした。


「リジー。」


 一方、ギルバートは逃げるエリザベスを捕らえて、後ろから包み込むようにすると、エリザベスのことをきつく抱き締める。


「・・・・・・何?」

「そんな可愛いこと、他で言ってはダメだよ?」


 背中から包み込まれるようにして言われるから顔は見えない。たださっきまでとは違って、ギルバートの声色は柔らかく、くすくすと笑っている気配がする。


「それに僕もうっかり忘れていたけど、そういえばあったね、『魔性の女』設定。僕はすっかり骨抜きだ。ただリジーが『性悪』だって言うなら、さっきからあそこで覗き見しているうちの姉さんは『極悪』になってしまうかな?」

「・・・・・・へ?」

「姉さん、バレてるから。ドレスの裾がちらちら見えてるんだよ。」


 と、回廊脇の柱の影から、ステファニーが顔を覗かせる。


「ああ、ちょっと、もう! リジーがもう少しでデレるかと思って見てたのに。」

「デレてたよ? 聞き逃してくれたなら良かった。」

「ええーッ?! いつ、どのタイミング?」

「それは秘密。」


 何でもないことのように頭上のギルバートとステファニーはやり取りしているものの、お気に入りのおもちゃを離さない子供のように、ギルバートはエリザベスを離さず、逃げ出そうとするのを食い止めてくる。

 エリザベスが羞恥で頬を赤く染めて、声無き悲鳴を上げて上目遣いにギルバートを見上げると、面白がるように目を細めた。


「さて、ホスト側が三人も会場にいないとなると、さすがにラファエルが怒るから戻るか。」

「ちょっと、答えになってないんだけど?」

「わざとだよ。姉さんが知ったら、今度は『改訂版・白百合姫の・・・・・・』とか言って、余計なエピソード、追加するだろう?」


 ステファニーが「ちぇっ、バレたか」と言うから、ギルバートは「な? リジー。リジーの性悪なんて可愛いものなんだよ」と笑った。

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