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ダンスは蝶が舞うように(1)

「まあ、それじゃあ、大公殿下はギルのことを私だと思われたわけ?」


 翌日、夜会に行くのに、朝から準備をする羽目になったエリザベスは、レベッカにコルセットを締められながら、ステファニーと談笑していた。

 盛装をして着飾ったステファニーは、姉弟だからだろうか、目元の涼やかな感じや、ふとした瞬間の表情が似ている。


「ええ、でも、声でバレてしまうだろうからって誤魔化して・・・・・・。」


 それからすったもんだあって、アルバートと対面し、大砲を作る取引になった訳だが、その辺りはステファニーまで巻き込むのは忍びなくて説明を割愛した。


「よく、最後までバレなかったわね。」

「本当は晩餐会にお呼ばれしていたんですけど、事情が分かっているウィンザー小伯爵にも間に入って頂き、アルバート様と話がついたこともあって、早々に大公家を失礼させていただいたんです。」

「なるほど、それで今夜の夜会で穴埋めするって話と、私に『喉を痛めていた』って、口裏を合わせろって話になるわけね。」

「ええ、そんなところです。」


 そうこうしている内にも、レベッカはエリザベスの周りをあくせくしていてあちこちのリボンを止めてドレスを着付けてくれる。エリザベスはステファニーに見立てて貰った、薄布を重ねた仕立のドレスに見蕩れていた。


(このドレス、凄く綺麗・・・・・・。)


 柔らかな透け感のあるシフォンを重ねたドレスは、いつも着付けて貰うドレスとは違って、触り心地も格別で、少しくすんだローズピンクの色合いが、肌なじみもよく、秋の雰囲気にも似つかわしく思える。


「ああ、リジーにはやっぱりヒラヒラふわふわが似合うわね♪」

「そうですかね?」

「ええ、さながら花の妖精みたいだわ。ギルもメロメロになっちゃうわね。」


 と、噂をすればなんとやらで、コンコンコンとドアがノックの音と共に「姉さん、そっちに居るんだって?」と咎めるようなギルバートの声が聞こえてきた。


「姉さん、リジーはまだ準備中だろう?」


 急き立てるようなノック音に、ステファニーは肩を竦めると「やあね」と不服そうに席を立ち、衝立越しに「ちょっとうるさくするけれど、ごめんなさいね」と話した。


「そこに居るのは分かってるんだ。大人しく出て来いって。」

「・・・・・・ん、もう。立てこもり犯みたいに言って嫌になるわ。」


 それからガチャッとドアの開く音がして、「姉さん、ほら、行くよ」という声がしてくる。しかし、ステファニーはそんな事はお構いなしのようで「嫌よ」と答えた。


「私はリジーのドレスとジュエリーを見立てに来たの。」

「姉さん、そういうのはお節介って言うんだ。レベッカに任せて出て来いってば。」

「嫌だって言ってるでしょう? 私はリジーの可愛い姿を一番に見たいの。」

「もう、きかん坊みたいなことを言ってないで出て来いって!」


 ため息混じりのギルバートの様子に、エリザベスは「もうドレスはあらかた着ているから、部屋の中に入ってきても構わないわよ」とくすくすと笑いながら声を掛ける。


「レベッカ、あとは自分で着付けられると思うから、代わりに中にご案内してあげて?」

「承知しました。」


 ステファニーは「もう、リジーったら、ギルに甘いんじゃなくって?」と少し膨れっ面をしたものの、それ以上は咎めなかった。


「姉さん、ほら、向こうで待っていようよ・・・・・・。」


 しかし、ギルバートはエリザベスの姿を見ると、まるで魔法でもかかったかのようにして、言葉を失い、立ち尽くした。


「ギル?」


 どうしたんだろう?

 まじまじと自分を見つめてくるギルバートは、小首を傾げて見ると、同じようにして小首を傾げ、それからうっとりとした表情ではにかむようにして笑みを見せる。


「どう? 私の見立てたドレスは?」


 したり顔でステファニーが問えば、弾かれたようにしてギルバートはステファニーを見て、それから思い切り目を泳がせると、一度、深呼吸してから「悪くない」と答えた。

 ステファニーはぷふっと噴き出すようにして笑い出す。


「何が『悪くない』よ? 今更、格好つけてもダメよ?」

「うるさい、いいから部屋から出るよ?」


 ギルバートはステファニーをひと睨みしながら急かす。けれど、ステファニーは余裕の笑みを浮かべて「あら、嫌よ。まだジュエリーをつけてあげていないんだから」と答えた。


「あ、でも、ギルがリジーにジュエリーをつけてあげたいって言うなら譲るわよ?」

「ええ?!」


 上擦った声で驚きの声を上げたのは、ギルバートではなくエリザベス自身だ。


「あら、リジー、嫌なの? 婚約者なんだし、良いでしょう?」


 ステファニーは愉しげに目を細める。


「ほら、ギルバートも。奥様を着飾らせるのは旦那様の権力の証でもあるのよ?」


 固まっているギルバートの背を押して、エリザベスの隣連れてくると、ステファニーは前もって用意していたジュエリーケースを押し付ける。


「いや、だけど・・・・・・。」

「だけど、何?」


 戸惑っているギルバートを余所に「リジー(妖精さん)を奪われたくないなら、誰の庇護下にあるのかきちんと示さないと。他の奴らに奪われたくないでしょ?」と小声で脅す。

 途端、ギルバートの顔付きが変わった。


「どういう意味?」

「そのまんまの意味よ。うちは伯母様のこともあるから、オリー推しだけどね。ボイル公爵家としてはリジーを王位継承者として立てるのも、一つの手段だって思っているでしょうね。」


 ギルバートが片眉をあげると、ステファニーは「こんなに可愛いんだもの、ボイル公爵家だけでなく、他の家の輩も喉から手が出るほどリジーを欲がると思うわ」と話す。そして、エリザベスには小さな小箱を渡し「アンからの預かり物よ」と言い、「あとは仲良くね」と微笑んで着付けを終えたレベッカを連れて出ていった。


「・・・・・・姉さんがごめんね。」

「いいえ、ドレスやら、ジュエリーやら、どれを選んだらいいか困っていたから助かったわ。」


 それからドレッサーに小箱を置き、ギルバートからジュエリーケースを受け取ると「花形のイヤリングでも気を使ったのに、夜会ではこれを付けて出なくちゃならないのね」と肩を竦める。


「そっちの小箱は?」

「あ、これは・・・・・・。」


 母の形見として受け取った指輪をどうしようかと思いながら取り出す。しかし、それを見て顔色が変わったのはギルバートの方だった。


「それは・・・・・・?」

「亡き母の形見らしいわ。」

「お母さんの形見?」


 それを聞くとギルバートは指輪を手に取り、じっくりと眺める。金の地金の部分には細かく百合の文様があしらわれていて、よく見ると見覚えのある模様が石を留めている台座の裏に彫られてある。


「ええ『その指輪はきっとエリザベスを護ってくれる』と、母が今際の際で言っていたとアンが教えてくれたの。」


 ギルバートはその話を聞きつつ、ステファニーが押し付けてきたジュエリーケースの中を確認し、そこに同じ色合いの石を留めたネックレスとイヤリングを見ると眉間に皺を寄せた。


「どうかした?」

「ああ、これを君のお母さんに渡しておいたのは、多分、父さんだなと思って。リジーが何かあった際、うちを頼れるようにって。」


 その言葉にエリザベスはキョトンとした表情でギルバートを見つめる。


「君のお母さんは自分に何かあったら、僕の父さんを頼れって言いたかったんだと思う。」


 そう言って、ギルバートは婚約式と同じようにしてエリザベスの指に指輪をはめて、「後ろを向いて」と言ってネックレスの留め金を止めてくれる。


「本当、父さんはいつから君を『白百合姫』にしたかったんだろうな・・・・・・。」


 ギルバートはイヤリングもつけてくれると言ったものの、気恥しさにエリザベスは「それは自分で付けられるわ」と答えて、鏡を見ながらイヤリングを付ける。

 一方、ギルバートは父に成人祝いに贈られたシグネットリングを外すとエリザベスに差し出した。


「その指輪の裏には、これに彫られているのと同じ獅子のマークが掘られてある。」

「それは・・・・・・?」

「エラルド公国の公世子が持つことが許されるシグネットリングだよ。」

「エラルド公国の公世子の?」

「ああ、そしてリジーが身に付けているジュエリーは、アルバ王国時代からエルガー公爵家に伝わる『白百合姫』のためのジュエリーだ。」

「アルバ王国ってエルガー公爵家の初代の?」

「ああ、そうだよ。」


 エルガー家は遡るとアルバ王国の本家が、一方、エラルド公国はその傍流が治めてきた国なのだという。


「だから、母さんの輿入れ先に、当時は子爵家に過ぎなかった父が選ばれたし、公女の輿入れ先として釣り合いが取れるように公爵家に引き上げられた。」


 長い歴史の中で本家と傍流の力関係は逆転し、しかも、エラルド公国を治めてきた傍流は後継者不足に陥っていた。


「元々、第一王妃に男子が生まれたらグニシア王室とエラルド公室の和平の象徴として公世子に立つ約束がされていたらしい。」


 そして、第一王妃の元に息子が生まれなければ、同じようにしてエルガー公爵家から公世子となる子を養子に出す話になっていたのだという。


「え、じゃあ・・・・・・。」

「ああ、オリバーが本当に第一王妃の息子なら、このシグネットリングはオリバーの手元にいっていた。けれど、エラルド公国の方もちょっとごたついていてね。僕が代わりにこのシグネットリングを受けることになったんだ。」


 それが齢三つの頃の出来事――。

 本来なら第一王妃が公世子と承認した時点でギルバートはエラルド公国の大公家に引き渡され、そこで帝王学などの勉強をさせられるはずだった。


「だけど、それを決めたのは父さんの独断だったからね。母さんが大反対しまくって。」


 腹を痛めて子供を大人の都合で簡単に手放せるかと、勝手に取引をしていた父や、エラルド公国の大公殿下を叱り飛ばし、第一王妃に「公世子とするかどうかはギルバートに選ばせる」としたらしい。


「公世子の教育ならオリバーの王太子教育とほぼ一緒だ、一人受けさせるのも二人受けさせるのも一緒だと言ってね。」

「それで、王太子殿下のお目付け役に?」

「・・・・・・そういう事。」


 一方、ルーカスもオリバーを手放し、心病んでいくベアトリスの様子に思うところがあったのだろう。

 普段のルーカスなら政治的な判断を優先させるのに、その時は激怒するジェニファーの申し出を受け入れ、「成人したギルバート本人に決めさせよう」と問題を先送りにして、ギルバートを手元に残したのだという。


「母さんからその話を聞かされたのは、ちょうどオリバーの補佐として王城に上がる頃だった。それから今まで何とか逃げ回っていたんだけどね。結局、僕はこのシグネットリングを自ら嵌めてしまったんだよ。」


 エリザベスを守るために、使えそうなものは、全て使うと心に決めたから――。


 ギルバートはそう独白すると、申し訳なさそうな表情になり、ただ黙って話を聞いてくれているエリザベスに一歩距離を詰めて、肩を引き寄せた。


「・・・・・・リジーに説明しなくちゃってダメだって分かってはいたんだ。」


 けれど、そう決意したことを口にしたら、エリザベスに反対されるのが目に見えていたのもあって、ギルバートは事の仔細を話せなかった。


「君が言うように、君から離れた方がいいとも思った。このまま君を傍に置き続ければ、きっと父さんの思惑に君まで巻き込まれてしまうからね。」


 だけど、それもエリザベスと別れ難くて、とても出来そうになかった。


「問題を先送りにしたところで、解消しないことも分かっているんだ。僕はきっと父さんの敷いたレールの上を進まざるを得ない。この先、君を手放せずに進めば、君を危険に晒すことも分かっている。だけど、僕は君の傍にあり続けたいんだよ・・・・・・。」


 愚かな事に――。

 分かっていても進まざるを得ない状態に陥っている。


「・・・・・・何も言わずに決めてしまったこと、どうか許して欲しい。」


 それ以上の言葉は上手く紡げずに、ギルバートはエリザベスを抱き寄せた腕の力を強くする。

 一方、エリザベスはギルバートの背におずおずと腕を回すと、ギルバートがそうするのと同じようにして彼を抱き締め返した。


「ギル、『レールに乗せられていても、走らなきゃ、トロッコは進まないんです』って。」

「走らなきゃ、トロッコは進まない?」

「ええ、あと大事なのは『互いが互いを好いているかどうか』と、『一緒に歩んで行ける相手かどうか』だったかしら? アンの受け売りなんだけど。」


 エリザベスはそう言うと、上目遣いにギルバートを見上げて「私の方こそ、ごめんなさい」と囁いた。


「あなたに『君から離れた方がいいとも思った』って言われて、こんなに胸が痛むだなんて思わなかったわ。ダメね? 覚悟が出来てなかったのは私の方。」


 眉間に皺を寄せて眉を八の字にし、苦しそうに「私もあなたの傍にあり続けたいの」と吐露すると「どうかあなたの『白百合姫』でいさせてね?」と続ける。


「その名に恥じないような『プリンセス・リリィ』になるから。」


 たとえ血を分けた父に逆らったとしても――。


 エリザベスが泣きそうになるのを何とかこらえて笑って見せれば、ギルバートも深く頷く。


「ああ、でも、ギル。一つだけ許して欲しいことがあるの。」

「・・・・・・何だい?」

「私、蝶のようには舞えないわ。」


 少し困ったようにして笑うエリザベスの様子に、ギルバートは目を細めると、「僕の靴の上に足を乗せて踊るかい?」と笑った。

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